第41話 絶対強者
「……しかし、王国のやつらはのんきなものですな」
大広間でのパーティーの様子を思い出しながら、帝国の魔法使い、『漆黒』のノヴァクはあからさまにほくそ笑んだ。
城の一室。客室として帝国に提供された場所には、2人の人物がいた。
1人はパーティーの会場で、騒いでいたノヴァク。
そして、もう1人はローブを被った小柄な人物。
ただ2人の様子は、先ほどとは全く違っていた。
ノヴァクは先ほどまでの態度とは打って変わって、慎重に言葉を重ねる。
まるで目の前の人物が、絶対的な存在であるかのように。
「そうねえ、まさかこんなにも楽に行くとは。王国が力を失っているとは本当だったのね」
場に似合わない高い笑い声が響き、ローブが投げ捨てられた。
――姿を現したのは、少女。
薄紅色の髪に小柄な体躯。顔立ちは整っている――が、不吉なほどに眼が赤い。
外見だけを見れば、可憐なお嬢様と言った姿である。
しかし、
「ええ、万事抜かりなく……主よ」
ノヴァクが深々と頭を下げる。
本来、あり得ないことである。
『漆黒の魔法使い』ノヴァクは第5位階に到達した一流の魔法使い。
世間的に高名な人物がここまで跪いているのだから。
そもそも魔法使いはプライドが高い。
ましてやただの少女に頭を下げることなんて絶対にありえない。
だが、老人は冷や汗をかきながら平伏していた。
それはすなわち、その少女が圧倒的なほどに格上であるという事実。
「まあでも、こんなに上手くいくとは思わなかったわ。感謝しないとね、ジェネシスとやらには」
少女がにんまりと笑った。
◆
――ジェネシス。
その名はすでに帝国の情報通の間では、それなりに知られていた。
少女が室内で準備を整えながら、言う。
「――ジェネシス。リヨンの街で闇ギルドを叩き潰した男。そのおかげで、王国は目下のところ混乱中。そうとなれば、帝国の動向にまで気が回らない、と」
「えぇ」
歌い上げるかのような軽い声。
たしかにその通りだった。
ジェネシスの起こした混乱。その混乱に乗じて王国に侵攻するというのが、帝国の思惑だった。
「後は魔法の準備だけ。そうね。時間は、そうはかからないわ」
「しかし、もう限界です!」
老人は慎重に意見を述べた。
「王国も会議が進まないと日に日に疑いの目が強くなっていて……! もう会議自体が終わってしまいます!! これ以上の引き延ばしは――」
が、
「ああ、それなら手を打っておいたから」
少女はあっさりと言い放った。
「なんですと?」
「1人よさそうなスケープゴートを見つけたの。あんた、ウルトス=ランドールって知ってる? ジェネシス事件の時に巻き込まれたガキで、ランドール公爵家だけは無事だったらしいんだけど」
「え、えぇ。名前くらいは」
老人は頭の中で重い浮かべた。
ウルトス=ランドール。特段、優秀でもない。むしろ無能な方と噂されているが……。
「そのガキをダシにしちゃおっかなって思ってね。ジェネシス事件の時に生き残ったガキが、まさかジェネシスの仲間だった、なんて噂が立ったらどう思う? ジェネシスの関係者を血眼になって探している王国は動かざるを得ない」
「なるほど、先ほどから王国の中央騎士団が殺気立っていたのは……」
男は理解した。
つまり、その少年を囮にし王国側に混乱をもたらすという手なのだろう。
それをこの女性は何のためらいも無く、裏で実行していた。
老人は恐怖していた。
目的を達成するまでに手段を選ばぬ悪意。
ここまでやるのか、と。
が、しかし。
「とはいえ、そんな噂話すぐにバレてしまうのでは? 王国もそこまで愚かでは無いと思いますが……」
「別に良いけど」
少女はどうでもよさそうに答えた。
「まあ適当な噂でも、そんな噂話があったら動かざるを得ないでしょ。王国側は確実に混乱。そして、時間は後1日も持たせられれば十分」
「まさか……!」
「ええ」
少女が凄惨な笑みを浮かべた。
「――あと一日あれば完成するわ。私の魔法が」
「しかし、本当によろしいのですか? もしやその少年が、仮に本当にジェネシスの仲間だった場合……!」
はあ、と少女はため息をついた。
「救いようのないぼんくらね。だからいつまで経っても第5位階程度のしょぼい魔法しか使えないのよ」
――第5位階程度のしょぼい魔法。
世間の魔法使いが聞いたら、笑われるような暴言。どう考えても、冷やかしとしか思えない言葉。
だが、男を小馬鹿にしたように笑う少女は本気だった。
第5位階程度。
表の世界であれば、一生職に困らないであろうレベルの魔法を児戯とせせら笑う。
「だいたい、そんなガキがジェネシスの仲間なわけがないでしょう? 私が見る限り、ジェネシスとやらはそれなりにやるわ。おそらく、30代から40代くらいの戦士系統じゃない?」
「なぜ、そうだと?」
「あの『絶影』が傘下に降ったんでしょ。どうせ、ああいう輩は直接対決して負かされたとかじゃないと動かないんじゃない? あの『絶影』と直接戦って、なおかつ手懐ける。『絶影』自体もプライドの高い男だから年上とかじゃないかしら。だから、戦士系統かつ年上」
「な、なるほど」
「そんな男が無能なだけのガキを仲間にするわけがないでしょ」
リラックスした様子の少女が椅子に座る。
不吉なまでに赤い双眸が、ノヴァクを捉えた。
「だいたい、仮にジェネシスが釣れたとして――アンタが私が負けるとでも思ってるの??」
ピシリ、と部屋の中を重苦しい空気が満たす。
ノヴァクは、己の受け答えが目の前の人物の不興を買ってしまったことを一瞬で理解した。
「魔力を用いた身体強化だの、アーティファクトレベルのどこにでもある魔法なんぞに頼る雑魚が。私に?」
「い、いえ……そんなことは……滅相も!!」
平伏し、祈る。
「まっ、いいわ。後一日あればすべて終わるしね。ほらほら出て行きなさい」
「……心得ました」
追い払うような仕草。
少女の仕草を見て、ノヴァクはすぐにでも部屋から出て行くことを決めた。
扉の前で思い出したように告げる。
「そういえば、リッチが一体いなくなっていたようで――」
「ふうん、あっそ」
リッチ。
上級の魔物が消えたというのに、少女の余裕は揺るがない。
であれば、おそらく何の問題も無いのだろう。
「では、失礼します」
部屋を出たノヴァクは、息を整えていた。
寒気を覚える。
あまりにも異質な魔力。莫大な魔力量。
真性の怪物。
あれこそが、帝国最強の死霊魔法使い。
このときばかりは、ノヴァクは心から安堵していた。
なぜなら、彼女が今から起こそうとしているのは―――
◆
どうやらしもべのリッチがいなくなったらしい。
が、それを聞いた少女はあっさりとしていた。
というか、そんなことはどうでもいい。
すでに魔法は最終段階に入りつつある。
「ま、アンデットならこれからいくらでも調達できるもの」
準備はできている。
少女は空を見上げた。外には光る満月。
「魔力の供給も十分ね」
にんまりと笑みを浮かべた少女が立ち上がる。
「さて、始めましょうか。究極の魔法、神の領域」
彼女の声がこだまし、
「第8位階死霊魔法――『フォーリング・ダウン/楽園堕とし』」
部屋は深紅の魔力に包まれた。
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魂の毎日投稿です。
今月中に……終わるのか……?(遠い目)
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