第38話 ――その服装、誰にも見せたくないんだ
「ねぇ……ウルトスってば」
間違いなく、俺はこの世界に来て一番頭を抱えていた。
原作主人公を原作よりも先に華々しく社交界デビューさせるつもりだったのに、なぜかジーク君は気合いを入れて女装をしてきてしまった。
おわかりだろうか?
ハッハッハ……ちなみに俺は意味がわからない。
「ね、ねぇ、急にどうしたのさ」
硬直した俺の前でジーク君が手を振る。
それとともに香ってくる甘い匂い。
俺が原作を知らなかったら、騙されていただろう。そのレベルの美少女。
が、だまされてはならない。やつは男だ。
「……ウルトス? 顔真っ青なんだけど、体調悪かったりする?」
「全然元気だよ、未だかつて無いくらい頭が回転してるかなー」
「そ、そう?」
主に君のせいだけどね??? とは言えず、固まったまま返事をする。
目の前で、「変じゃないかな?」と言いつつ、服装をチェックするジーク君を横目に、とりあえず状況を整理する。
まず、『ラスアカ』の貴族の大多数は足の引っ張り合いを得意とするカスどもである。その中で、何やかんやでジーク君が活躍し、爵位ももらってイケイケになっていくのだが……もちろん既存の貴族層(クズトス含む)がそんなことを許すはずもなく、あの手この手で色々と陰謀を画策するのだ。
そして、そんな中で、過去ジーク君が女装をしていたとしよう。
どう考えても格好のスキャンダル。自らスキャンダルを晒し回っているようなものである。
「あ、ダメだわ」
冷や汗がとまらない。
そもそも、それが原因でシナリオが原作通りに進まなくなったらどうする????
この瞬間、俺は理解した。
またしてもパーティーが一歩間違えたら悲惨なことになってしまうのを。
「ジーク君」
すぐさまジーク君の手を取る。
「な、何!?」
「会場に今すぐ行こう」
「別にもうちょっとゆっくりしても……」
「いや、パーティーってめちゃくちゃ怖いから。今まで参加したパーティー全部ろくなことになってないから。乱暴な劇団員とか来たことあるしね」
「えぇ……」
困惑気味なジーク君を引っ張ってゆく。
そう。
ジーク君のこの姿を見られてはならない。
……早めに対策を打つ必要があるな。
ちなみにジーク君に、今すぐその服を脱ぐ予定は無いか。1人で脱ぐのが大変だったら手伝うから、と耳打ちしたが、「へっへっへっへっへっ変態!!」と顔を真っ赤にしてなじられた。
……この世界はおかしい。
なぜ、正装している俺が女装する側に変態呼ばわりされなきゃいけないのでしょうか。
今のところ、「へっへっへっへっへっ変態!!」と言われるべきはジーク君だと思うんですけど?????
◆
「え、ほ、本当にこんな場所で良いの?」
数分後、俺たちは、城の中のホールにいた。
巨大なホールはちょうどエラステアの中心である城のさらに中心部にある。周りと見ると、ちらちら人が来始めていて様々な人が話をしていた。
が、そんな中で俺はジーク君とともに、一番目立たない壁側にいた。
目の前には観葉植物があり、ちょうどどこから見てもわかりにくく、死角になるような場所である。
「ここがいいんだ」
「ウルトスを指名してきた人には会わないで良いの? このままだと、挨拶も何もできないような……お父さんが言うには、すごいやり手なしちょ――」
「状況が変わったんだ」
もはやエスコートもクソもない。
ジーク君の話を打ち切り、様子を伺う。とりあえず、人目も無くここは安心できそうだ。
「よくわからないけど……じゃあ何か取りに行ってくるね」
不審気味なジーク君だったが、一応納得してくれたらしい。
やれやれ、と首を振ったジーク君が、料理を取りに行こうとする。
が、その瞬間。
俺はジーク君ごと後ろの壁に手を置いた。逃がさないように。
いわゆる「壁ドン」という体勢である。
……何が悲しくて男同士で、こんなことやらなきゃいけないんだか。
とはいえ、これもすべてはラスアカ世界のため。
ジーク君に顔を近づける。
「は? え?」
至近距離でかち合う視線。
そして、途端に挙動不審になるジーク君。
「ちっ、近いってウルトス」
違うよ、ジーク君。
そんなこと問題じゃないんだ。
俺は誓った。絶対に逃がしてならない、と。
「――今日はどこにも行かさないから」
「はぁ? な、何を言って」
ジーク君の頬が紅潮し始める。
いや、考えてほしい。
このままジーク君が颯爽と社交界に降り立ったとしよう。この美形っぷり、確実にいろいろな人に話しかけられる。
そうしたらジーク君は名前を名乗るだろう。
……そこから先は考えたくもない。
本格的にジーク君が始動するのは、原作開始は数年後だが、数年後どうなることか。
あれ、あの人、昔エラステアで女装してた人じゃん!扱い。
そう。
だからこそ、ここでジーク君を誰かに会わすわけにはいかない。
なんでこいつ、こんな顔が赤いんだ? と思いつつつ、ジーク君にゆっくりと言い聞かせる。
「――その服装、誰にも見せたくないんだ」
「え、あ、えぇ」
「飲み物も食事も全部取ってきてあげるから、今日はずっとここにいて」
そう言いながらジーク君の眼をじっと見つめる。
「……う、うん。そこまで言うなら……別にいいけど」
気まずいのか、夢中でジーク君が視線をそらす。
よし、勝った。
そう。
これしかない。今日はジーク君を囲い込んで、誰にも会わさない。
というわけで俺は人目を避け、死んだ顔をしながら食事やら飲み物を取りに行くことになった。
ちなみに後ろから、
「これが……お父さんの言ってた、男の子の……独占欲……???」
と、熱に浮かされたようなジーク君の声が聞こえてきた。
何 を 言 っ て い る ん だ こ い つ は。
◆
まあまあ色々と予想外のことがあったが、パーティーは問題なく続き、状況も落ち着いてきた。
「そういえばさ、なんか話をしてよ」
「……えぇ」
1つ予想外だったのは、ジーク君が酔い始めたことだ。
どうやらジーク君は雰囲気で酔ってしまうタイプらしい。
おかしい。ブドウジュースを片手に持たしているはずなのに、顔がずっと赤い。
こいつ……こっちが苦労しているとも知らずに……。
「え~、ウルトスが面白い話をしてくれないんなら、この服みんなに見せちゃおうかな~?」
そう言って、ぐだぐだこちらに絡み始めるジーク君。
……う、うぜえ。
なんということでしょう。一週間ほど前まではあれほどツンツンしていた孤高の美少年は、もはや借りてきた猫のように、リラックスしてこっちに絡んできている。
そしてなんだか距離も近い。
……非常に腹が立つがぐっとこらえる。
頑張れ、自分。これは試練だ、モブには必要な犠牲なのだ。
たぶん。
「じゃ、じゃあそうだな」
仕方ないので、話題をひねり出す。
そういえば、言い忘れていたが、とっておきの方法があった。
「じゃあ修行の方法でも……」
「修行って?」
「実は、誰でも魔力を得られるって噂の修行があってね」
と、原作でジーク君がやっていた修行について話す。
俺が告げた瞬間、カルラ先生が黙ってしまったアレだ。
あまり頭の良い方法ではないが、とりあえず、ジーク君に知識をたたき込む。
まあ、つまり(死ぬ確率が高い)筋トレのようなものである。
1. 魔力がない人が魔力を使おうとする
2. 血反吐を吐いて体がボロボロになる。
3. 回復したらもう一度やる
こうすれば理論的には、死ぬ(確率がほとんどだ)が、魔力がない人間でも魔力を開花させるという技術。できてもちょっとずつだけど。
そしてジーク君といえば、誰よりも父に憧れ魔力を欲した少年だ。
もちろん乗ってこないわけがない――
が、
「そっか。そんな危険そうな方法があるんだね」
「……え?」
おかしい。
俺の横で食事をちまちま食べるジーク君は、「怖いね」などといたって普通の感想を述べている。
……あれ?
「ジークさん」
「なに急に」
「え、気にならないの? やってみたい……とか」
「……いや、う~ん。さすがにちょっとそこまではいいかな」
――??????
「実は最近、憧れていた人が新しくできて……」
あっけからん、と何やら不穏なことを言い放つジーク君。
ちょっと良くない気がするので、ストッ――
「その人を見て思ったんだ。強さの意味をずっと間違えていたのかなって」
……ジーク君んんんんんn!?!?
――――――――――――――――――――――――――――
ジーク君
→ウルトスの攻撃によりそろそろ心臓の鼓動がヤバい
ウルトス
→自分で書いていてなんだけどムカついてきた。なんなんですか、こいつのイケメンムーブは!!!!!
そして、『クズレス』第一巻発売中!
著者の夏休みを生け贄に、たぶんカクヨムコン8受賞作品でもトップクラスのスピードで書籍化しました!!!(もう宣伝文句が思い浮かばないので小ネタに走る)
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