第37話 ジーク君の魅力を引き出そう!!!



 人と人は、なぜすれ違ってしまうのか。

 ああ、それは人間の悲しき性。 



 ……なんて。


 先ほどメイドと一緒に崖を乗り越えようと思ったら、気がついた時には、崖上から笑顔で突き飛ばされていた俺は、諦めて部屋の中で着席していた。


「いやでもありがとう、助かったよ。さすがウルトス君だな」

「そうです、ウルトス様はこういう方なのです!」

 

 意気消沈する俺とは裏腹に、目の前では、なぜか意気投合したリエラとレインによる楽しそうな会話が繰り広げられている。


「ね。ウルトス様?」


 リエラが微笑みながら、お茶をついでくれる。

 ナイスアシストですよね? みたいなドヤ顔を披露するリエラ。


 はっはっはっは。そうかな?

 こっちは息の合わなさに絶望していたのだが、コミュニケーションって難しい。


「アリガトー」


 俺は遠い目をして紅茶を受け取った。

 ……暖まるなあ。






「そういえば、リッチの件は大丈夫だったかい?」


 そう言って、レインが表情を曇らせた。


 ……いたなあ、リッチ。 

 思い出す。弱すぎて……というのもあるし、お宅の息子が訳がわかないことを始めたから、すっかり忘れたよ。


 そう。お宅の息子が女装を始めましてね。


 が、しかし。 

 主要キャラの秘密の趣味を、面と向かって言い合いできるほどこっちの心臓は強くない。


 なので、


「はい、なんとか。そういえば、リッチが出たにしては、みんな騒いでいないんですね」

「あ、あぁ」


 キョトンとした顔で、世間話に持ち込む。

 これぞモブの余裕というものである。


 すると、


「……すまない。実はあの件は王国でも、ごく一部の人間しか知らないんだ……つまり、色々と状況が複雑でね……我々の判断で勝手だが、情報を遮断させてもらった」


 レインが悔しそうにこちらに頭を下げてくる。

 ……へえ。


「何かあったんですか?」

「……まあ、こんなことを本来言うべきではないんだけどね。実は帝国が怪しい動きをしている。そもそも今回の会議は、甘すぎるというか。普通じゃ考えられないくらい、王国にとって条件が良すぎるんだ」


 ほうほう。ああ、なるほど。


 そして、真剣な様子のレインを見て、俺はわかってしまった。


「それに、会議の進行もやけに遅い。甘い条件を提示したのに、動いていないんだ。やりたいことがあるのであれば、そろそろ動き出すはずなのだが…いや、むしろ何か大事なことにために、あえてそうしている……? 何か見落としているような……すでに何か仕掛けられているような……」

 

 独りでぶつぶつ言っていたレインは、そこまで言うと、ハッと顔を伏せた。


「あ、いやいや、すまない。ウルトス君の前だとどうしてもちょっと言い過ぎてしまうな。まあつまり、色々と状況が読めないからリッチの件は伏せさせてもらっているんだ」

「あ、いえ大丈夫ですよ」


 笑顔で答える。

 。多分、こういうことだ。


 普通、リッチが街中で出たら警戒されるはず。


 ただ、今回のリッチはあまりにも弱すぎた。

 レインも「けっ! あんなクソ雑魚リッチに構ってられるかよ!!」と思っているのだろう。


「帝国が怪しくて情報を遮断した~」とか言っているけど、まあそれは建前というもの。


 本心は「お前なんぞに構ってられるか!!」というところだろう。


 ……わかるよ。

 たしかに、そもそも会議に参加するとか言っていたクソガキ(俺)が、会議に参加しなくなったかと思えば、余計な雑魚に襲われて、それを公表しなくちゃいけないというのは、そりゃいくら『ラスアカ』で「良心的な人物」と言われたレインだって腹も立つだろう。

 

 逆の立場になってみよう。

 俺だったら絶対に嫌だ。


 仕事を増やすんじゃねえ!!! くらい思われていても不思議ではない。

 ……早めに謝っといた方がいいな。


 となれば善は急げ。


「すみません。レインさん」

「……何がだい??」

「弱くて、ごめんなさい。すべてはリッチに襲われた自分が悪いです」

「はぁっ!?」


 結局、


「君が悪い訳ないだろう! なぜ……そんなことを……そこまで自分を責めなくても」


 と、なぜか苦しそうなレインに励まされた。


 ……いや、どっちなんだよ、この人。



 



 まあ、というわけで、


「……じゃ、じゃあ、話を戻しますけど、明日、そのパーティーに出ればいいんですよね?」

「ああ、それだけでいいんだ。ありがたいよ。実はウルトス君に来てほしい、と上から指名を受けていてね」


 理由はわからないんだけどね、と首をひねるレイン。


「まさか、こんなに色々な方がいらっしゃっているのに、自分なんかに声を掛けてもらえるとは……」

「ウルトス様が素晴らしいからだと思いますよ」


 と、リエラ。

 またまたー。


「いやいや、その通りだ。本当にウルトス君はすばらしいよ。その歳で、そうまで振る舞えるものじゃ無い。もしかしたら、君の名が売れるチャンスかもしれないな」


 そう言って、満足そうにレインが頷く。


 よくぞ面倒な話を持ってきてくれましたね、という気持ちを込めてチクリと嫌みを言ってみたのだが、レインは、謎のお世辞を投げてくる。

 ……リエラ……はともかくとして、レインまでクズトスなんかに気を遣わなくてもいいのに。


 が、まあ、行くだけ行ってもいいだろう。


 そう。なら。


 これだけ規模の大きいパーティーでは、頑張って行ったんだけど不幸にも出会えない、という事態も起こるに違いない。

 というか、そうに決まっている。


 いや~、申し訳ない。

 残念だ、本当は是非お会いしたかったんだけどな~。王国の上層部の皆さん。


 そうと決まれば、パーティ会場では壁の花として息を潜めていよう。


「はい。では、行かせていただきます」

「おぉ……!!」


 「会う」とは一言も言っていないが、俺の参戦に目を輝かせるレイン。


 ただ、ここで目立つのだけは避けたい――


 ん?


 そのとき、不意に脳内にあるひらめきが宿った。

 天才的なひらめき。


 気がつけば、俺はレインめがけてこう言っていた。


「そのパーティーって、ジーク君も連れて行けますか?」と。






「ジークも……?」


 不思議そうな顔をするレイン。


「ええ」


 が、しかし、俺はこれしかないと確信していた。

 

 ここで目立つのは避けたい。

 となると一番良いのは、顔のいいやつを連れてくることである。横に自分よりも目立つやつを用意することで、こちらの存在感を消す。

 

 しかも、ちょうどうってつけの人物がいた。

 

 ジーク君。

 白髪の中性的なイケメンという最上級の素材。


 なんなら彼は最終的に成り上がって行くのだし、幼少期からこういう場所でジーク君の名を売るのは決して悪くないはずだ……まあ今日は諸事情により女装をしていたが。


 俺は自信満々に告げた。


「僕はジーク君と一緒に行きたいんです、ぜひね」

「……じ、ジークは招かれていないが……エスコートするってことかい?」


 唖然としたようにレインが言う。


 なんでそんなに驚いた顔をするのか。

 まあでも、


「エスコートと言えば、エスコートですね。あ、ただ、ちょっと服装は変えた方が良いかもしれません」


 そうやって釘を刺しておく。


「ジーク君の服を今日見たんですけど、まだまだ、ですね」


 俺は首を振った。


 あえて正面から女装はNGとは言わない。

 そもそもレインが女装を推進しているとしたら、ここで正面から女装について言及するのは愚策。


 すなわち――


「まだまだ……とは?」

「つまり、もう少しジーク君本来の良さを引き出す格好ができると思うんですよ」

「な、なるほど。もっと本来のジークらしく……ということか。たしかに……それは親として自分もそう思っていたが……」

「そう、ジーク君はもっと輝けるはずです」


 そう。

 すべては計画通り。


 つまり、ジーク君本来の良さ = さっさとイケメンとして着飾ってくれ、という意味だ。


 レインは「ジークの魅力を……もっと引き出す服装」と何やら1人ごとを言って考え込んでいた。


 よしよし、これで大丈夫。

 勝利を確信した俺はにっこりと微笑んだ。


「ジーク君にも言っておいてください。楽しみにしていますってね」








 そして翌日の夜――


 正装に身を包んだ俺は、城の中のパーティー会場へと向かっていた。


 リエラだけは、「……エスコート、?」となぜか殺気を振りまいていたが……。


 まあ、いい。

 サクッと終わらせよう。


「ウルトス・ランドールです」

「ウルトス様ですね? お待ちの方は先にいらっしゃってます」


 名前を告げ、ホールの前の待合室のような場所に入る。


 ……完璧だ。

 俺は満足していた。


 ここにジーク君を呼んでしまえば、後は放っておいてもジーク君が世界を救ってくれるだろう。

 まさしく英雄譚の始まりにふさわしいパーティーである。


 この土壇場での頭脳の回転。

 天才的な計画、そして軌道修正力。


 うんうん。最初は色々と苦労したけど、今回は完璧だ。

 我ながら怖くなってしまうほど冴えている。 

 

 クズレス・オブリージュ、ここにあり。

 そう。銀髪イケメンを犠牲に、俺はモブへと成り上がれるのだから。


 そして、待合室を開けるとそこには、美少年の姿が―


「……あれ」


 が、おかしい。

 待ち合わせ場所には何人かいたが、ジーク君の姿は見えない。


 強いて言えば、ドレス姿の少女か。

 後ろを向いているが、後ろ姿からすでに美少女感を感じる。


 ジーク君はまだいないようだ。

 早く着きすぎてしまったか……?


「……」


 知らない美少女がこっちの方に近づいてきたので、さらっと会釈だけして流す。


 申し訳ないけど、今からジーク君が来るから美少女と遊んでいる暇はないんだよ。


 しかし、美少女は自然と俺の横に来て、さも定位置のようにそこにいる。

 ……なんだこいつ。


「……ねえ」


 美少女が気安く話しかけてくるが、素知らぬふり。

 彼女には申し訳ないが、俺は今からジーク君を囮……ではなく社交界でビューさせてあげるという立派な役があるのだ。


 が、


「……ねえってば」


 と、美少女はなおもこっちに話しかけてくる。

 

 しつこいなこの子。

 と思ったが、そういえば、どこかで聞いたことのあるような声である。

 

「はい?」


 もう一度落ち着いて、正面から眺めた。

 目の前の少女は、文句なしに美少女だった。


 少し切れ長な眼。髪は少し短めだが、白い特徴的な髪が神秘的な様子を醸し出している。

 その下には、エレガントなドレス。


 ああ。やっとわかった。

 ちょっと似ている。

 

 まるで、そう。

 例えるならな……。


「……今日の服装はどう……かな?」

「…………え?」


 美少女が俺に問いかけてくる。


「……そのお父さんはすごい張り切ってたんだけど……こんな格好、自信無くて」


 ちらちらと居心地悪そうに美少女が言う。


 お父さん??????

 こんな格好????


「は?」


 いや、待てまさか。

 いやいやいや、今日、社交デビューするはずの単なる村人男子が、女装して現れるわけがない。


 どう考えても、そんなイカれたチョイスをするわけがない。

 ない……よね??? 普通 


 ……だ、ダメだ。

 落ち着け自分。これはジーク君じゃないジーク君じゃないジーク君じゃ――


「ねえ、聞いてる?」


 そして、目の前の美少女がぶっきらぼうに告げた。

 




「……ウルトス」


 終わった。




――――――――――――――――――――――――



エスコート=人に付き添っていくこと。また、その人。主に男性が女性を送り届けるときや、儀礼的護衛についていう。



一日おきに投稿するって言った週から守れなくてすみません。

風邪をこじらせていました。今年の風邪、めちゃくちゃキツいです。皆さんもお気を付けください。

(文字数はいつもの2倍あるので許してもらえるだろうという姑息な考え)




後、クズレス・オブリージュ第1巻大好評発売中です!!

しかもなんと、電子版だと楽しく書かせていただいた大量に書くことになったSS3本付き!!!!!


……ちなみに普通はだいたい1本らしいです。(遠い目)

店舗特典でもめちゃくちゃ書いたので計10本くらい書いたんじゃないかな。ハハ……







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