第36話 もちろん意味はわかってるよ(わかっていない)


 ジーク君に対する賄賂――ではなく、心のこもったプレゼントを渡そうと、俺はそのまま指輪をはめようとしていた。


「え、え、え……」

 

 すると、なぜか壊れたラジオのように「え」を連呼し始めるジーク君。


「……は、はめるの?」


 迫真の顔で、当然のことを聞いてくる。

 何をそんな、今更当たり前のことを……。


「いや、だってもうはめた方が良くない?」


 せっかくプレゼントしたのに無くして欲しくはないし、そう言いつつ、冷静に考える。


 ジーク君は右利きだ。

 指輪をはめるなら、武器をもつ右手ではない方がいいだろう。

 

 と言うことは、左手。


 指輪を見る。

 大きさ的には、小指か薬指辺りがちょうど良さそうである。


 ただ、小指は意外と物を握りしめるのに重要と聞いたことがある。

 将来的には最悪、右手に何かを持っていて、左手で剣を振るう場合もあるかもしれない。


 となれば、ここは一択――

 いまだに、あわあわしているジーク君に話しかける。


「左手の、薬指でいいよね? 指輪」

「……は?」


 もはやジーク君は「こいつ何を言っているんだ」と言いたそうな顔でこちらを見てくる。


「やっぱり将来の状況を色々と考えると、左手の薬指が一番良いと思うんだ」

「ウルトス……そ、それ意味わかって言ってる? 色々問題あると思うんだけど……その身分とか……いろいろ」


 意味?

 あぁ。たしか、左手の薬指は婚約の証だっけ?


 まあ、ただ、それは男女間での話だろう。


 俺とジーク君は……格好はともかく、中身は熱い男同士の友情で結ばれているのである。

 だから――


「もちろん、。問題ない」

「……ッ!」


 途端に黙り込んでしまうジーク君。

 というか、顔ももうすでに真っ赤である。何かを言おうとして、必死に口をパクパクさせている。


 良くないな……風邪か?


「体調悪かったりする?」

「な、何でも無い。え、いや、その……嬉しいけど、い、今はまだ、薬指にははめるほどの覚悟はないというか……ちょっと急すぎるというか……」


 ジーク君は、そう言い残すと、


「そ、外の空気吸ってくるから……!」


 と、驚きの早さで店を出てしまった。


「え」


 ……1人店内に残された俺。


 なんで、プレゼントあげる側が置いていかれているのだろうか。

 しかも「薬指にははめられない」とかいう謎の指の指定まであったし……。


 こだわりがあったの????

 もしかして中指なら許された???

 

 よくわからないが、


「……まあ、とりあえず、これください」


 なぜか店員から微妙に温かな視線を感じつつ、俺はこうして指輪を購入した。






「まあ別に、無理に指にはめなくてもいいから」

「……うん」


 ちなみに、外に出たところで、大きく深呼吸をするジーク君に、


「ボク以外にはさ……こういうことしたりしてないんだよね?」


 と困ったような表情で聞かれた。


「あぁ、こんなことするのは初めてだけど」


 すんなり答える。


「まあ……それなら、一応……問題なくも……ない……かも。いやいや、本来こういうのは、もう少しお互いをよく知ってからであるべきであって……」


 なにやら、もにょもにょ小声で答えがらもジーク君は無事プレゼントを受け取ってくれた。



 ……いやあ納得してくれたようで良かった。


 まあ安心してほしい。 


 もちろん、だ。

 さすがに俺だって、女装した男――例えば、エンリケとか――に指輪を贈ったことなど無いのだから。 








 そうこうしているうちに、帰り道。

 ジーク君はホテルのほうへと戻っていき、俺が、もはや実家くらいの信頼を置いている城に帰ろうとしたとき。


 ふと、与えられた部屋の前にさしかかると、とある声が聞こえた。


「そうか、ウルトス君はいなかったか……」

「はい、すみません。朝からどこからにでかけていたようでして……」


 少し開いた扉からのぞき込む。


 部屋の中にはレインとリエラがいた。


 なるほど。

 状況的には、俺を訪ねてきたレインにリエラが応対しているところらしい。


「いや、実はウルトス君に用があってね」

「どうかされたのでしょうか?」

「実は会議も大詰めで明日には、両国の祝賀会が開催されるんだ」


 ほうほう。

 まあ、たしかに会議終わりを見越してパーティとかもあり得るのだろう。


 精が出ますねー。


「そこで、王国中央の貴族からどうしてもウルトス君にも参加してほしいと指名を受けていてね」


 ……急にこっちに話が降ってきた。

 そして、きな臭い。見事に面倒ごとの香りしかしない。


 やっかいだな。

 顔会わせをしておきたい、とかだろうか?


 悪いが、「無し」だ。

 

 そもそも、俺は『パーティー』というものにトラウマしかない。

 この前のリヨンの『パーティー』だって、とある人物のせいで、ろくなパーティーでは無かった。


 というわけで、王国上層部の方々には非常に心苦しいが、ここはモブらしく体調の悪化とさせていただこう。


「……あ」


 が、運が悪いことに、レインの背中越しに、向かい側に座っていたリエラと隙間から目が合ってしまった。


 リエラの空気が一気に変わる。


「……ウッ!」


 待て待て待て待て待て。

 ストップ。


 確実に「ウルトス様」と言いかけようとしているメイドに、静かに、とジェスチャーを送る。


 ……いや、まずい。

 絶対に、リエラは俺が参加すると思っているのだろう。


 しかしそのまま、俺はゆっくりと首を振った。

 頼むから、知らないふりをしていてくれ、という思いを込めて。


 大丈夫。

 リエラはこう見えても俺への忠誠心の厚い、良いメイドである。


「……わかりました」


 リエラがかっと目を見開き、大きく頷く。


 俺とリエラの熱い絆。

 そう、きっとこの瞬間、主人とメイドの気持ちはきっと通じ合って――


「仕方ない。残念だがー」

「レイン様、ご安心を。ウルトス様が、パーティーの主役である自分が参加しないなんてあり得ないと、あちらで首を振っていらっしゃいます!!」






 ……リエラ君???



――――――――――――――――――――――――



ウルトス

→たぶんそのうち刺される


ジーク君

→(主にウルトスのせいで)、テンションが急降下中。




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