第35話 初級魔法の指輪(リング・オブ・エレメンタリーマジック



 結局、あの後、俺はジーク君に平謝りをする羽目になった。


「もう、ホントに……!」


 ぷんすか怒るジーク君。

 ……もうダメだ。


 怒っている顔ですら美形すぎる。 

 1週間前までやさぐれてた美少年が、今では完全に女の子に見えてきた。


 完全に末期である。


「ゴメンって」


 とりあえず謝りながら今後、ジーク君については気軽にからかわないように誓った。

 こう見えても、親への憧れあり、挫折ありの繊細な時期なのだろう。


 ……たぶん。


「まあ、いいよ」


 ようやく機嫌を直してくれたらしいジーク君が言った。

 物色も終わり、そろそろ帰ろうする。


「じゃあ、もう出ようか。特に買いたいものも無いでしょ?」


 ――が、しかし、


「あ、いや」


 そのとき、ふと俺は思った。

 むしろ、これはチャンスでは無いか、と。


 冷静に考えてみる。

 まず原作のジーク君の時系列はこうである。


1. 名も無き盗賊Aにボコボコにされる

2. 不屈の闘志で諦めずに、変な修行に精を出す

3. 一般人なら死ぬところをなんとメンタルで乗り越え、魔力をゲット(それでも通常よりは少なめ)

4. なんやかんやで憧れの学園入学へ~fin~


 もちろん現状のジーク君は、ジェネシスにボコボコにされて、変な修行に手を出せていない。


 ただし、その代わりに、原作では村から出てこなかったジーク君が、外まで出てきているのである。

 もちろん、こんな時期に帝国との会議なんて本編では無かったし、元の流れからしたらあり得ない。


 ジーク君の顔をまじまじと見つめる。


「な、何、そんな急に見てきて……」

「…………チャンスだ」

「へ?」


 ……やはりこれはチャンスである。

 

「ちょっと待ってて」


 そう言い残して、店内を歩く。

 必ずあるはずだ、あのアイテムが。


 狙いは、高級なマジックアイテムではなく、もっと安いアイテム。


 そして、俺は店の手前の方に箱を見つけた。

 箱の中は乱雑にものが入っていて、どうやら安いマジックアイテムが在庫整理のように置かれているらしい。


「……ウルトス?」

「あった」


 中から目当てのものを取り出す。

 手のひらに乗っていたのは、銀の指輪だった。

 

「なにそれ?」とジーク君が首をひねる。


 たしかに、『ラスアカ』でも地味なマジックアイテムだったし、魔剣とか聖剣みたいなわかりやすい効果でも無い。


 しかし、俺は確信していた。

 ――これこそが、ジーク君の成長にプラスになるアイテムである、と。


「あった……『初級魔法の指輪(リング・オブ・エレメンタリーマジック)』」





 ――『初級魔法の指輪(リング・オブ・エレメンタリーマジック)』


 それは、『ラスアカ』におけるマジックアイテムの一種である。

 第1位階から第2位階ほどの初級魔法を使用できる、という一見強そうな効果を持つのだが、ゲーム内での評判は死ぬほど悪かった。


 なぜか?

 そもそものコスパが悪いからである。


 なんとこの指輪は、1回限りしか使えない。


 魔力さえあれば特に魔法を知らない人間でも、特定の初級魔法を使えるようになるのだが、このマジックアイテムは普通に初級魔法を唱えるのに比べ、必要とする魔力の量が多く、しかも一回使いっきり。


 また使いたければ、もう一回指輪を買いましょう、となる。

 

 だから、当時の俺を含め、多くのユーザーはこう思った。 

 ――あ、もう普通にその魔法覚えた方が早いわ、と。


 というわけで、このマジックアイテム――『初級魔法の指輪』はお世話になるにしても、序盤も序盤。

 目当ての魔法を覚えるまでの一時的しのぎ用のアイテムとして使われたのである。


 指輪には、風属性のモチーフの刻印がなされていたので、風属性の魔法が使えるはずである。




「これ、あげるよ。風属性の第2位階魔法が使えるって」

「えっ」


 予想していなかったのか、ジーク君の口から間の抜けた声が聞こえた。


「ほら、プレゼントだよ。命を救ってくれたしさ」


 ジーク君を見つめながら、俺はほくそ笑んでいた。


 そして、俺の計画はこうだ。


 せっかくジーク君が外に出てきたのだから、この機会を逃す手はない。

 幸い、このマジックアイテムは1回使いっきりで、魔力さえ流し込んでおけば、初級魔法を誰でも扱えるという代物である。


 原作とはすこしずれているが、ここで1回魔法を体験してもらっておけば、将来的に魔法が使えるようになったときに、よりジーク君の成長がスムーズになるだろう。


 これ機会にジーク君には世界を羽ばたいていただく。


 まさに災い転じて福となす。

 不測の事態でも、先の先まで読み切る。これがモブとしての力量である。


「そ、そんな悪いよ……そもそも魔力が無いから、使えないだろうし」

「大丈夫、大丈夫。魔力1回切りでいいなら、俺が補充しておいてあげるから」


 そう。

 基本的にマジックアイテムは本人が魔力を込めて、起動させるものだ。その上、特別な武器やマジックアイテムだと単に魔力を込めるだけだと無理で、使用者との相性が問われる場合もある。


 ……まあ、そもそも本当に使いたいときに、自分で魔力を込められないと意味がないし。


 ただ、今回のような場合は、ちゃっかり恩を売るという意味でも、俺が魔力を込めておくべきだろう。


「……じゃあ、ボクも……魔法を使えるってこと?」

「もちろん」


 さて。気に入ってもらえたようなので――


「どこがいい?」

「え」


 俺は爽やかに、ジーク君の手を取った。


「指輪、はめるでしょ?」



――――――――――――――――――――――


お疲れ様です。

2024年の抱負は1日おきに『クズレス』を投稿していくことと、3章を今月中に叩き潰すことです。


はたして有言実行できるのか、それとも2024年の抱負は1月中に破れさってしまうのか……(遠い目)

今年もよろしくお願いします。



そして、『クズレス・オブリージュ』1巻発売中です!

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