第34話 男心は難しい
「よし」
というわけで店へと移動。
目の前には、長い壁が続いている。
壁は高く、用心しているのが一目でわかる。壁の向こうには、お世話になっている城の尖塔がわずかに見えた。
魔道具――つまり、マジックアイテムを売っているのは、王国の魔法使いが所属するギルド。
その建物の中である。
壁に沿って歩き、門の前に立つ。門の左右には武装した人の姿が見えたが――きっと子供2人だからだろう。特に止められることなく門の中に入る。
道なりに進むと、目の前にはエントランスホールが広がっていた。吹きぬけの高い天井からは、巨大なシャンデリアが煌々と輝いている。
ふわりと香る高級そうな木材の匂い。
店の主人もこちらを一瞥するだけで何も言わない。
きっと買い物をしに来たとは思われていないのだろう。
そして、店の中はショーケースに入った高級感あふれるアイテムで溢れていた。
見覚えのある風景で、ちょっと安心。
この世界では初めて来たばかりだが、ゲーム内では何度も来ていたゲームの外観通りである。
「どうかな?」
そう言いながら振り返る。
ジーク君は目を見開いていた。
「……すごい」
◆
「本当にすごいよ! あの護符(アミュレット)は炎・水・風などの主要属性の魔法攻撃を軽減するもので……」
完全に、テンションが上がっているジーク君。
読みは当たったようだ。魔道具を見て、すらすら感想が出てくる。
故郷の村ではこんな店もないし、父の姿に憧れていたジーク君は、本物の魔道具を見れて感激しているようだった。
「他にもあっちの大剣は――」
ジーク君が、眼を輝かせながら、厳重に置かれている漆黒の大剣を指さす。
「『腐敗の魔剣バール』。ある竜の特殊な魔力を帯びた大剣で、その傷はポーションを使っても癒えにくいんだって。しかも、その竜っていうのが数年前、王国を騒がせた邪竜なんだけど、なんと難度Sクラスなのに誰も討伐した人間が名乗り出なかったらしいんだよね」
「へえ~」
それは珍しい。
チラリと見た大剣からは、禍々しいオーラを感じる。
俺はゲームの設定を思い出していた。
基本的に竜種というのは強者で、だいたい最下級の竜でもSランク辺りにはなる。
まあ『ラスアカ』というゲームは恐ろしいもので、主人公補正の塊であるジーク君をはじめとする主人公たちは中盤くらいであっさりSランクまで駆け上がってしまうのだが……。
だが、忘れてはいけない。
それはあくまでもゲームという世界の中で、恵まれまくった主人公たちがあっさりSランクになってしまうと言うことであって、俺のような一般人からしたら、Sランク級の魔物というのは災害のようなものである。
だから、その竜種を討伐して栄誉も欲しくないというのは、とんでもなく高潔な人物と言うことになる。
もしくは変人か。
……いいなあ。
正直、ボディガードとして近くにいてほしいくらいだ。
エンリケに変わって、そういう達人がいて欲しいものである。
だって、あいつ。
「坊ちゃんすげえぜ!」しか言わないんだもん。
そしてそんなことを考えていると、ジーク君がつぶやいた。
「そうだよね。だからボクも、陰ながら人を救う、そういう人になれたらって思っていたんだけど……」
ジーク君が物憂げに首を振る。
「実は、ボク……魔力が無くてさ」
「え? あ、あぁ……」
「魔力が無いから、夢に決まっているのにね」
自嘲したような笑みで、
「いいんだ、正直もう諦めてもいいかなって」
寂しそうに言った。
「それは……なんというか」
そして始まる、突然の告白タイム。
……言葉に詰まる。
どうしよう。
ただでさえ、ジーク君が女装をしているという事態をやっと飲み込めたばかりなのに、さらに重い話が来てしまった。
まあたしかに、流れとしては原作のままである。
この世界では魔力が無い人間は、ほぼいない。
魔力が無いというのは、言ってみれば特異体質に近いのである。
例えば、魔道具1つとってもそうだ。
別に魔法を習得していなくても、魔力が少しでもあれば、魔道具を使って戦えたりする場合もある。
が、魔力がないというのは、そもそもスタートラインに立てないというのと同じなのだ。
まあ、【月】のグレゴリオのように魔力が大してなくても、ヘラヘラ笑って楽しく嫌がらせを考えているようなポジティブシンキングなやつもいるが、そもそもジーク君は裏方に徹したいタイプでも無い。
尊敬する父に憧れているけど、絶対にたどり着けない。
だからこそ、それが「魔力が無い」という劣等感につながっているのだろう。
だが。
俺は迷った末に、ジーク君に軽く告げた。
「まあ、別にそうでもないと思うけどね」
「えっ」
あっさりと言い放った俺に対し、ジーク君が思わず声を上げる。
「一体……それはどういう?」
「う~ん、そうだな」
俺はすでに知っている。
いつか、ジーク君が鍛錬の末に、魔力が使えるようになることを。
それが実を結び、最終的に特殊な域外魔法の使い手になることを。
なんなら序盤の貧弱さはどこえやら、いつの間にか主人公補正の塊として敵をバッタバッタとなぎ倒していくことを。
だから――
「何となくだけどさ、ジーク君の思いは実を結ぶと思うよ」
「……何それ」
呆然としていたジーク君が少し遅れて、困ったように笑った。
「この前会った貴族の子も同じようなこと言ってたなあ……イーリスっていう子。まあむしろ、その子には叱られちゃったんだけどね」
「お?」
そして意外な人物の名前が出てきた。
イーリス。メインヒロインの1人。
なんだ、ちょっと安心した。
原作だと、こうやってなよなよしているジーク君を叱り飛ばすのは、リヨンのイベントで村に来てくれたイーリスの役目だったりする。
女装をしていて、色々と血迷っているように見えたジーク君だったが一応ちゃんと、フラグを積み重ねているらしい。
「なんだ、ジーク君やるじゃん」
将来のハーレム主人公を脇を小突いておく。
若干、柔らかいものの存在を肘に感じた……が、なんだろう?
新発見だ。
意外とジーク君は、体が柔らかかったらしい。
「きゃっ! な、何、急に……」
「いやあ、ジーク君も良い出会いが会ったと思ってね」
小突かれて端から見ても顔が赤くなるジーク君。
びっくりしたようで、こっちと少し距離を取っている。
お? 図星だったか????
これはイーリスと、もうお互い意識し合っているのでは???
そう思った俺は、
「え? じゃあイーリスのことを意識しちゃったりして?」
と笑顔で聞いてみたのだが――
が、しかし。
当のジーク君は、「はあ……」と半ばあきれたようにため息をつくと、
「もういい!」
と言って、別の魔道具を見に店の奥の方に行ってしまった。
「え?」
突如として取り残された俺。
……えぇ。
今の完璧な男同士の友情に、一体なんの問題があったのか??
「ジーク君、難しすぎるだろ……」
原作主人公のあまりの気難しさに絶望した俺の声が、むなしく店内に響いた。
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ジーク君
→※美少女です
ウルトス
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