第32話 スカート?????????
辺りは真っ暗だった。
それなのに、満月だけがいやに明るく光っている。
その空の下。
王都でうごめくのは、アンデット――不死者の群れだった。
それは、「死」そのもの。
死者の魔法使い・リッチを始め、首のない騎士・デュラハンなど強大な魔物たちが跋扈する。
辺りは悲鳴に包まれていた。
逃げ惑う人々に、応戦する戦士たち。
そして、その混乱のさなか、魔物の群れの中では、1人の女が平然とたたずんでいた。
女の指揮により、魔物たちが行進する。
女は、立ちはだかるジークたちに向けて薄く笑った。
――今日を持って、王国は終わりを告げる、と。
◆
「最悪」
翌日。
俺は非常に、ひじょ~に、嫌な気分で目覚めた。
昨日の夜に、特定の人物のことを思い出してしまったからだろう。
あれは間違いなく、ゲームの作中で登場したシーンである。
帝国最強の死霊魔法使い。
あのイベントは間違いなく、『ラスアカ』屈指の凶悪さを誇るイベントであった。
王都一帯に高レベルのアンデットを解き放ち、そのまま物量で押しつぶす。
死霊魔法使いの凶悪さとエグさを体現するかのような策である。
あんな狂人に関わっては命がいくつあっても足りない。
あんな絶望的な戦い、主人公勢でも無ければついて行けないだろう。
「……うん。本当に数年後遭遇しそうになったら、王都からは死んでも離れよう。最悪、学業は一旦休止で領地に引きこもっても良いし……」
と己に誓う。
それくらい、危ない相手だからである。
相手は例えるなら、狂気のマッドサイエンティストタイプだ。悪辣な策士といってもいいだろう。
……まあいいや。
ともあれ、変えるためにカーテンを開けた。
日の光が入ってくる。
ここは至れり尽くせりだった。
天気も綺麗だし、会議も後2日ほどで終わる。
嫌な想像はさておき、現実を見てみる。
現状、ジーク君との仲良くなる、という『ジャッジメント計画』の当初の目的はすでに達成した。
昨日、途中泣かれてしまったけど、あれはきっと感激の涙だろう。
後は野となれ山となれ。
もはや俺は、モブとしての成功を確信しきっていた。
と、その時。
そんな感じで午前中の爽やかな雰囲気を楽しんでいると、ふと扉を叩く音が聞こえた。
「はいはーい」
もはや、けがの診察なども無くなってきたので気軽に答える。
リエラかな?
扉の前まで行く。
すると、遠慮したような声が聞こえてきた。
「あの……ウルトス、いる?」
どうやら訪ねてきたのはジーク君らしい。
しかし、昨日とはだいぶ声のトーンが違う。
なんとなく緊張しているような……。
どうかしたのだろうか??
「その、ごめん。昨日はちょっと色々と混乱していて」
「ああ、大丈夫だよ」
「その、お礼と言ってはなんだけど、今日一緒に外に出かけるとかはどうかなって……も、もちろん……! そんな変なところじゃなくて、その辺で買い物とか……どうかなって」
なぜか尻すぼみに小さくなっていくジーク君の声。
が、しかし、俺は納得していた。
あれだな。
昨日、全力で人前で号泣してしまい、ちょっと恥ずかしいのだろう。
「なんだ、そんなこと気にしなくていいのに」
そう言いながら、扉を開ける。
なんたって、未来の主人公様なのだから――
ん???
ふと違和感に気がついた。
扉を開けた目の前には、ジーク君がいる。
しかし、どこかいつもと雰囲気が違う。
「……っ!」
どこか緊張した様子のジーク君を、上から眺めていく。
髪型は昨日よりも整えられており、オシャレをしてきたようである。
頭から眺めていく。
そして、服。
……ああ、そういうことか。
ここまで来てやっと違和感の正体に気がついた。
スカートだ。
昨日までズボンをはいていたジーク君は、スカートをはいていた。
そのせいで、いつもよりおとなしめな雰囲気を醸し出していたのだろう。
そうかそうか、スカートかぁ。
スカート。
……スカート?
すかぁと?
「ごめん、準備まだだから、ちょっと待ってもらっていい?」
「うん、もちろん……」
バアン! と大きな音がした。
俺が思いっきり扉を閉めた音である。
「落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け」
部屋に戻り、荒い呼吸を沈めるために一旦深呼吸をする。
「何が起こっている……??」
かつてないほどの寒気。
正直、リッチよりも怖い。
俺は目の前で起こっていた事実が信じられずにいた。
昨日まで普通に仲良くなった男友達(原作主人公)が急にスカートなるものを履き始めたという事実に。
それから、パァン! と短く、リズミカルな音が数回、部屋中に鳴り響いた。
「だ、大丈夫!?」
急な破裂音に驚いたらしく、ジーク君の声が扉の向こう側から聞こえる。
「大丈夫だよ、ちょっと自分の頬を思いっきりひっぱたきたくなってね」
「そ、それ大丈夫なの……?」
「……う、うん。もうちょっとだけ調査が必要かもしれないから待ってて」
「調査?」
反応無し。
魔力で強化し己の頬を張り飛ばしてみたが、一切目が覚めない。
ということは、この状況は夢ではない。
続けざまに、集中。
「……ッ!」
完全に戦闘態勢へと移行した俺は、念のため魔力で反応を探った。
部屋の中。外。
そして半径100mほど。
……特に変な感じはしない。
変な魔法で攻撃を仕掛けられている、というわけでもなさそうだ。
よろよろと窓の方へと行き、街中を眺める。
震える指で道行く男性を、1人1人確認していく。
結果、変わった様子は特になし。
道行く男性が全員スカートをはいていると言うこともない。
これで、「ある日突然、男性がスカートをはく世界に異世界転移してしまった説」も消えた。
「ふぅ……」
俺は呆然として空を眺めた。すがすがしい空気。
しかし、俺は混乱の真っ最中だった。
ジーク君がスカート。
スカートをはく男主人公。
「いやいやいやいやいやいや」
……おかしいおかしい。絶対におかしい。
いやたしかにジーク君は美形だ。
ゲーム上のシナリオで、女装を披露したこともあったさ。
が、しかし。
こんな幼少期に突然、女装を披露するものなのだろうか?????
なんの脈絡も無く???
ジーク君はジェネシスにメンタルだけでは無く、性癖も壊されてしまったのだろうか?????
疑問が頭の中を駆け巡る。
「も、もし、迷惑だったら全然いいから!」
「いやいや大丈夫! 大丈夫だから!! ちょっと混乱してるだけ!!!」
こちらの違和感に気がついたのか、ジーク君がおずおずと声を上げた。
もう訳がわからない。
少し時間が経ち、混乱しながらも一応準備をし、扉を開ける。
「ごめん待たせたね」
「い、いや。ボクも早かったし……」
再びの再会。
「気のせいじゃないのか……」
「?」
もちろん、ジーク君はスカートをそのまま装備していた。
なぜだ??
……もしかして、昨日泣きすぎて、今日普通に会うのが気まずくなって、お笑いに走ってしまったのだろうか??
もしかしたらツッコミ待ちなのかもしれない。
俺『ジーク君ったらもう女装なんかしちゃってぇ!!!笑』
ジ『ハッハッハ! どうだいこのサプライズは??』
みたいな。
「……ボク、変だったかな?」
「え、いや」
心細そうに言うジーク君。
ただ、本人は全然そんなテンションではなさそうである。
再度上から眺めて見る。
いつもより整えられた髪。
不安そうに眼をさまよわせる瞳。
スカートをはき慣れていないのだろう。もじもじと居心地が悪そうにしている。
断言してもいい。
いつものがさつな少年っぽい服装を完全にやめたジーク君は、完全にそのポテンシャルを開花させつつあった。一見するとただの美少女にしか見えない。
元々色白だから、ちょっと雰囲気のある、とんでもない美少女と変貌していた。
……ただし、男だ。
俺は自分の理性に言い聞かせた。
だがしかし、勘違いしてはならない。
目の前のこれは、こいつは歴とした男である。
どっちかいうと将来的に女性を泣かせる側の男。
「どうかな……? こんな格好するの初めてだから」
そう。
いくら恥ずかしそうに頬を染めていようが、男ったら男である。
「そう……だな」
言うべきか?
言うべきだろうか??
「ジーク君、男じゃん!!」という禁断のドスレートツッコミを。
俺はジーク君を正面から見据えた。
「ジーク君、そのスカートってさ――」
――――――――――――――――――――――
ジーク君
→元がいいので、本気を出せば美少女。断じてウケ狙いではない。
そして、自分は元旦早々、初詣にも行かず一体なんの小説を書いているのでしょうか????
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