第32話 スカート?????????



 辺りは真っ暗だった。

 それなのに、満月だけがいやに明るく光っている。


 その空の下。

 王都でうごめくのは、アンデット――不死者の群れだった。


 それは、「死」そのもの。

 死者の魔法使い・リッチを始め、首のない騎士・デュラハンなど強大な魔物たちが跋扈する。


 辺りは悲鳴に包まれていた。

 逃げ惑う人々に、応戦する戦士たち。


 そして、その混乱のさなか、魔物の群れの中では、1人の女が平然とたたずんでいた。


 女の指揮により、魔物たちが行進する。

 女は、立ちはだかるジークたちに向けて薄く笑った。


 ――今日を持って、王国は終わりを告げる、と。










「最悪」


 翌日。

 俺は非常に、ひじょ~に、嫌な気分で目覚めた。


 昨日の夜に、特定の人物のことを思い出してしまったからだろう。

 あれは間違いなく、ゲームの作中で登場したシーンである。


 帝国最強の死霊魔法使い。

 あのイベントは間違いなく、『ラスアカ』屈指の凶悪さを誇るイベントであった。


 王都一帯に高レベルのアンデットを解き放ち、そのまま物量で押しつぶす。

 死霊魔法使いの凶悪さとエグさを体現するかのような策である。


 あんな狂人に関わっては命がいくつあっても足りない。

 あんな絶望的な戦い、主人公勢でも無ければついて行けないだろう。


「……うん。本当に数年後遭遇しそうになったら、王都からは死んでも離れよう。最悪、学業は一旦休止で領地に引きこもっても良いし……」


 と己に誓う。


 それくらい、危ない相手だからである。

 相手は例えるなら、狂気のマッドサイエンティストタイプだ。悪辣な策士といってもいいだろう。


 ……まあいいや。

 ともあれ、変えるためにカーテンを開けた。


 日の光が入ってくる。


 ここは至れり尽くせりだった。

 天気も綺麗だし、会議も後2日ほどで終わる。


 嫌な想像はさておき、現実を見てみる。


 現状、ジーク君との仲良くなる、という『ジャッジメント計画』の当初の目的はすでに達成した。

 昨日、途中泣かれてしまったけど、あれはきっと感激の涙だろう。


 後は野となれ山となれ。

 もはや俺は、モブとしての成功を確信しきっていた。



 と、その時。

 そんな感じで午前中の爽やかな雰囲気を楽しんでいると、ふと扉を叩く音が聞こえた。


「はいはーい」


 もはや、けがの診察なども無くなってきたので気軽に答える。

 リエラかな?


 扉の前まで行く。

 すると、遠慮したような声が聞こえてきた。


「あの……ウルトス、いる?」


 どうやら訪ねてきたのはジーク君らしい。

 しかし、昨日とはだいぶ声のトーンが違う。


 なんとなく緊張しているような……。

 どうかしたのだろうか??


「その、ごめん。昨日はちょっと色々と混乱していて」

「ああ、大丈夫だよ」

「その、お礼と言ってはなんだけど、今日一緒に外に出かけるとかはどうかなって……も、もちろん……! そんな変なところじゃなくて、その辺で買い物とか……どうかなって」


 なぜか尻すぼみに小さくなっていくジーク君の声。

 が、しかし、俺は納得していた。


 あれだな。

 昨日、全力で人前で号泣してしまい、ちょっと恥ずかしいのだろう。


「なんだ、そんなこと気にしなくていいのに」


 そう言いながら、扉を開ける。

 なんたって、未来の主人公様なのだから――



 ん???


 ふと違和感に気がついた。


 扉を開けた目の前には、ジーク君がいる。

 しかし、どこかいつもと雰囲気が違う。


「……っ!」


 どこか緊張した様子のジーク君を、上から眺めていく。

 髪型は昨日よりも整えられており、オシャレをしてきたようである。


 頭から眺めていく。

 そして、服。


 ……ああ、そういうことか。

 ここまで来てやっと違和感の正体に気がついた。


 スカートだ。

 昨日までズボンをはいていたジーク君は、スカートをはいていた。


 そのせいで、いつもよりおとなしめな雰囲気を醸し出していたのだろう。


 そうかそうか、スカートかぁ。

 


 スカート。

 

 ……スカート?


 すかぁと? 





「ごめん、準備まだだから、ちょっと待ってもらっていい?」

「うん、もちろん……」


 バアン! と大きな音がした。

 俺が思いっきり扉を閉めた音である。


「落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け」


 部屋に戻り、荒い呼吸を沈めるために一旦深呼吸をする。


「何が起こっている……??」


 かつてないほどの寒気。

 正直、リッチよりも怖い。


 俺は目の前で起こっていた事実が信じられずにいた。

 昨日まで普通に仲良くなった男友達(原作主人公)が急にスカートなるものを履き始めたという事実に。 


 それから、パァン! と短く、リズミカルな音が数回、部屋中に鳴り響いた。


「だ、大丈夫!?」


 急な破裂音に驚いたらしく、ジーク君の声が扉の向こう側から聞こえる。


「大丈夫だよ、ちょっと自分の頬を思いっきりひっぱたきたくなってね」

「そ、それ大丈夫なの……?」

「……う、うん。もうちょっとだけ調査が必要かもしれないから待ってて」

「調査?」


 反応無し。

 魔力で強化し己の頬を張り飛ばしてみたが、一切目が覚めない。

 ということは、この状況は夢ではない。


 続けざまに、集中。


「……ッ!」


 完全に戦闘態勢へと移行した俺は、念のため魔力で反応を探った。 


 部屋の中。外。

 そして半径100mほど。

 

 ……特に変な感じはしない。

 変な魔法で攻撃を仕掛けられている、というわけでもなさそうだ。


 よろよろと窓の方へと行き、街中を眺める。

 

 震える指で道行く男性を、1人1人確認していく。


 結果、変わった様子は特になし。

 道行く男性が全員スカートをはいていると言うこともない。


 これで、「ある日突然、男性がスカートをはく世界に異世界転移してしまった説」も消えた。


「ふぅ……」


 俺は呆然として空を眺めた。すがすがしい空気。

 しかし、俺は混乱の真っ最中だった。


 ジーク君がスカート。

 スカートをはく男主人公。


「いやいやいやいやいやいや」


 ……おかしいおかしい。絶対におかしい。


 いやたしかにジーク君は美形だ。

 ゲーム上のシナリオで、女装を披露したこともあったさ。


 が、しかし。

 こんな幼少期に突然、女装を披露するものなのだろうか?????


 なんの脈絡も無く???

 ジーク君はジェネシスにメンタルだけでは無く、性癖も壊されてしまったのだろうか?????


 疑問が頭の中を駆け巡る。


「も、もし、迷惑だったら全然いいから!」

「いやいや大丈夫! 大丈夫だから!! ちょっと混乱してるだけ!!!」


 こちらの違和感に気がついたのか、ジーク君がおずおずと声を上げた。

 もう訳がわからない。





 少し時間が経ち、混乱しながらも一応準備をし、扉を開ける。


「ごめん待たせたね」

「い、いや。ボクも早かったし……」


 再びの再会。


「気のせいじゃないのか……」

「?」


 もちろん、ジーク君はスカートをそのまま装備していた。


 なぜだ??

 ……もしかして、昨日泣きすぎて、今日普通に会うのが気まずくなって、お笑いに走ってしまったのだろうか??


 もしかしたらツッコミ待ちなのかもしれない。

俺『ジーク君ったらもう女装なんかしちゃってぇ!!!笑』

ジ『ハッハッハ! どうだいこのサプライズは??』

 みたいな。


「……ボク、変だったかな?」

「え、いや」


 心細そうに言うジーク君。

 ただ、本人は全然そんなテンションではなさそうである。


 再度上から眺めて見る。


 いつもより整えられた髪。

 不安そうに眼をさまよわせる瞳。


 スカートをはき慣れていないのだろう。もじもじと居心地が悪そうにしている。


 断言してもいい。

 いつものがさつな少年っぽい服装を完全にやめたジーク君は、完全にそのポテンシャルを開花させつつあった。一見するとただの美少女にしか見えない。


 元々色白だから、ちょっと雰囲気のある、とんでもない美少女と変貌していた。


 ……ただし、男だ。


 俺は自分の理性に言い聞かせた。

 だがしかし、勘違いしてはならない。

 

 目の前のこれは、こいつは歴とした男である。

 どっちかいうと将来的に女性を泣かせる側の男。


「どうかな……? こんな格好するの初めてだから」


 そう。

 いくら恥ずかしそうに頬を染めていようが、男ったら男である。


「そう……だな」


 言うべきか?

 言うべきだろうか??


「ジーク君、男じゃん!!」という禁断のドスレートツッコミを。


 俺はジーク君を正面から見据えた。


「ジーク君、そのスカートってさ――」





――――――――――――――――――――――


ジーク君

→元がいいので、本気を出せば美少女。断じてウケ狙いではない。





そして、自分は元旦早々、初詣にも行かず一体なんの小説を書いているのでしょうか????

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