第31話 命を懸けて


「状況はどうなっている!?」


 娘・ジークレインに、を授けたレインは、ホテルの別室にいた。

 もはや、先ほどまでの父親の顔とは打って違って、レインの顔は変化していた――戦士の顔へ、と。


「正直、今回の件、相当骨が折れます」


 厳しい表情で、そう言ったのはレインの部下の1人。

 経験を積ませるために今回、レインは彼を抜擢したのだが、若い騎士は浮かない様子だった。


 ――今回の件、つまり、ウルトスとジークが襲われた件である。


 そもそも、この事件はあまりに不可解だった。

 まず第一に、突如として現れたリッチの存在。


 部下の報告が続く。


「ただ1つ言えるのは、やはりアンデッドは自然発生するような条件ではありませんでした」

「やはり、か。別に墓場という訳でもなかったしな」

「ええ。そもそも、このエラステアが魔法障壁で街全体が覆われている時点で、外部からの侵入も考えられません……考えられるのは最悪――」

 

 若い騎士は、そこで言うべきか迷ったのだろう。

 目線をさまよわせた。


「人為的に誰かが引き込んだ、か」


 代わりに答えを口にしたレインは、思わず唸った。


 ――人為的に誰かが、何らかの目的でアンデットを呼んだ。


 すなわち、ということ。

 考えられる限りで最悪の可能性である。


「っ! そんな!」


 レインの言葉を聞き、部下が固まった。


 エラステアには、魔法障壁がある。

 魔物は外から入ってこられない。だからこそ、この場所で帝国との会議が行われているのである。


 そして、アンデッドを操れるという技能は、レインが知る限り、1つしかなかった。


死霊魔法使いネクロマンサー……!」


 若い騎士の顔がさっと青ざめる。

 

 ――死霊魔法とは、域外魔法とは、また別の意味で特殊な魔法分野である。


 単に生まれつきの才能の問題もあるが、死霊魔法は国内外でもその研究が『禁忌』とされている。


 死と腐敗を司る、最悪の魔法。


 しかも、


(まさしく、最悪だな)


 レインは密かに舌打ちをした。

 

 基本的に「召喚」というものは、自分より下位の魔物に対して行われる。

 Bクラスの魔物・リッチを召喚した。ということは、すなわち術者がそれ以上の力を備えている証拠でもある。


「レインさん、会議を中止にするというのは……?」


 もはや悲鳴に近い声。

 が、レインはその質問に静かに答えた。


「無理だな、リスクが大きすぎる。わざわざ安全な場所だと説明して場所を用意したのに、いざ会議が始まったら中止にする。それで帝国が納得するとでも? しかも王国側だって一枚岩ではない」

「それは……そうですが」


 そう。

 連日の会議に出席していたレインは、すでに見抜いていた。王国側も様々な利権が絡んでいることを。


 王国だって国王に近い派閥もあれば、近年急速に力をつけてきた新興の派閥もある。

 様々な利権が絡むこの場は、まさしく、魑魅魍魎の集まり。


 そんな場所で、一介の騎士が中止を言い出すことはあまりに危険である。

 王国側からも、帝国側からなんと言われることか。


「最悪、ウルトス君の立場をより悪化させることにつながりかねない」


 そして、レインが危惧していたのはそれだけではなかった。


「ウルトス君が言っていた、謎の人物については?」

「……まったく足取りがつかめていません」

「なるほどな」


 レインは、頭を回転させる。

 その死霊魔法使いネクロマンサー以外にも、注意すべき人物がいた。


 ウルトスが見たという謎の人物。

 しかし自分たちは、その人物の行方すらつかめていないのである。


 絶対におかしい。

 そんな場面で誰かが助けに来る?


 あり得ない。長年戦士として戦ってきたレインは、戦場がそれほど甘くないことを知っている。


 ウルトスが窮地に追い込まれた時に、リッチをあの短い瞬間で撃破する実力をもった人間が助けてくれる??

 どう考えても怪しい。


(なんだ? 誰だ? 何を狙っている???)


「……まさか、ジェネシスの関係者でしょうか?」


 若い騎士が呆然とつぶやく。


 ――ジェネシス。

 

 1ヶ月ほど前に、リヨンの地にて騒ぎを起こしたとある組織の長。あの恐るべき実力の持ち主、【絶影】までもが心酔していた男である。


 ジークと交戦したというが、そんなジェネシスの行動は謎に包まれている。


 目的・実力とともに一切不明の仮面の男。

 王国の転覆を狙っているのか。もしくは他に目的はあるのか。


 一体何を考えているのか、全くわからない。

 その後の調査では、おそらく、極めて実力が高い少人数の勢力だろうと判断されている。


 もはやレイン達、騎士団の手を離れて、王国の中枢が動いているとも聞くが……

 そのジェネシスが、再びこの地で何かをなそうとしているのか?


 レインは首を振った。


「いや、それにしては情報が足りなさすぎる。そもそも、その謎の人物がどの勢力かもわからないんだぞ」

「それは……どういう? 普通に考えて助けてくれたのであれば、敵対している訳ではないと思いますが……」


 困惑したような若い騎士が疑問符を浮かべる。

 レインは、はあ、とため息をついた。


「可能性はいくらでも考えられる。例えば、その人物と死霊魔法使いがグル……とかな」

「では、なぜ彼を助けて……?」

「ああ! もうそこまではわからん!!」


 実際情報が無い以上、お手上げだった。

 しかし、何かが臭う。レインは歴戦の勘から、その謎の人物が怪しい、とにらんでいた。


 もしくは――


「ウルトス君に生きていてもらった方が得と踏んだか」


 レインはそこまで言って、思考を中断した。

 何をするにしても、こちらの手札があまりにも少ない。

 

 が、しかし。

 さらに、レインには1つ不可解なことがあった。

 

「そもそも今回の会議、帝国側があまりにもおとなしすぎる」

「それは……たしかに」

「こちらの考えすぎでなければ良いが」


 レインは帝国の動向も気になっていた。


 例年であれば、帝国側が無理な要求をしてきて一触即発になるところだが、どうも今年はいやに静かなのである。

 いや、不気味と言ってもいい。 


 物わかりが良すぎる。

 、ゆっくり話を伸ばしているような……。


(……帝国も一体、何を企んでいる?)


 状況としては最悪だ。 

 リッチをこの街に引き込んだ犯人に、ウルトスが見たという人物。


 不審な動きを続ける帝国に、かといって王国では、誰が味方なのかこちら側でも把握できていない。 


(あえてウルトス君を生かしておいた? ランドール家の息子を生き残らせることがメリットにつながっている……? いや、どう考えても、あのままだとリッチに命を奪われていたはずだ。それを止めるだけの何かが、ウルトス君の身に起こっていた……? その人物はウルトス君に生き残っていてほしかった……?)


「ふぅ」


 深呼吸をして、頭を整理する。


 主にリッチは難度Bクラスの魔物として知られている。

 Bクラスといえば、王国でも上位の冒険者が立ち上がるレベルである。


 それを操るということは、Aクラス以上の死霊魔法使いと激突する可能性が高い。

 

 ――勝てるか?


 自身に問いかける。

 通常ならば問題は無かっただろう。いや、これが単に死霊魔法使いとの戦闘であれば、レインは互角に戦えた自信がある。


 しかし、今回はあまりに条件が悪すぎた。

 護衛対象は子供、さらに相手は動き出そうとしているのに、こちらはまだ全容をつかめていない。


 そんな状況で、Aクラス以上の相手。

 Aクラスは、もはや最上位の冒険者たちで相手になるかというレベルである。


 が、しかし。

 ふらりと立ち上がり、レインは部下に問いかけた。


「……そういえば、行く前に決めた、この任務のランクはいくつだったか?」

「任務内容は、要人――ウルトス・ランドール及びそのメイドの警護。難度はだいたいDランクほどだったと思いますが……」


 その言葉を聞きながら、扉の方へと向かう。

 

「いつでも戦闘の準備をしておけるように。誰が敵かわからないなら、常に周囲に気を配っておくしかない。相手次第では、最悪、リッチが複数体出てくることもあり得る」

「なっ……つまり!?」


 困惑したような表情の部下。

 レインは振り返りざま、あっさりと告げた。


「難度の変更だ。任務の終了は、エラステアから離脱するまで。要人の警護に加え、死霊魔法使いとの戦闘が予想される。推定難度は現時点で――A以上」


 ――備えておけ。



 そう言い残し、部屋を出る。 

 そのままレインは歩き出した。

 

 閉ざされた都市。そして、謎の敵。

 正体不明の第三者。


 が、しかし。

 レインは決意をしていた。ジーク君にメイド、そして、娘。


 あの3人だけは生きて返す。

 そう。たとえ――


「俺の、命をかけてでももな」






 ――レインの中で「謎の人物」という巨大な影が膨れ上がる。そんな人物は今のところ、この世にはいないということを、レインは知るよしもなかった。










「お、満月も近そう」


 散々ジーク君に泣かれた後、俺は久しぶりに有意義な夜を過ごしていた。

 ……目の前で泣かれるってかなりこっちも疲れるんだよな。


 そしてなんだかんだ、ゆっくりしていた俺はふと、あることを思いだしていた。


「ああ、そういえばいたなあ。死霊魔法使いか」


 ベッドでだらけながらつぶやく。


 アンデッドが自然発生しない場合、それはつまり、誰かに召喚された場合である。

 そんなのができるのは、特殊な魔法を扱える者だけ。


 すなわち、死霊魔法使い。


 死者を操るという極めて危険な魔法の使い手である。

 まあもちろん、リッチみたいな高位の魔物を従えるだけの強力な死霊魔法使いは限られる。


 ゲーム内でもあまりいなかったしね。


 だが俺は、とある人物を思い出していた。


 ――アルカナの【女教皇】。

 ちょうど今回の会議のお相手である、帝国が誇る最強最悪の死霊魔法使いネクロマンサー


 でも。


「いやあ、会いたくないなあ」 

 

 これにつきる。

 俺はため息をついた。


 原作では、帝国の先兵として、なんと我らが王国の王都を直接、叩きにくるという頭のおかしい……失礼。

 超絶、悪辣かつ強硬派のイカれた魔法使いだった。


 そんな彼女に会いたい人間がいるだろうか、いやいない。



 とはいえ、俺は安心していた。

 なんと言ってもそんな危ない輩が動き出すのは、原作開始後だ。具体的に言えば、数年後。


 つまりここは安全なのである。

 

 安全。

 ああ、なんと素晴らしい響きなのだろうか。


 そもそも、ここは王都でも何でも無いし、全く心配は無いだろう。

 あのリッチもきっと、たまたま迷い込んだ可哀想な迷子のリッチに違いない。




「いや、でもさすがになあ」 





 俺は夜空の月を見ながら、笑顔でつぶやいた。





「――どう考えても、リッチ100体以上召喚して王国を侵略してくるようなやつの相手はしたくないわ」





――――――――――――――


レイン

→ウルトスの適当な言い訳により、強制ハードモードへ。


ウルトス

→人はそれをフラグと呼ぶ

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