第29話 君は(原作的に)大切な人だから……
「………………」
「………………」
ベッドの上で上半身だけ起き上がった俺。
そして、沈黙を守る2人。
おかしい。
ここはどう考えても、「仲良くなったウルトス(俺)が生きていた。やったー!」という祝福の雰囲気に包まれるはず。
だが、部屋の中には重苦しい沈黙が立ちこめていた。
「……ひ、久しぶり?」
「……ッ!」
恐る恐る挨拶をしたら、ジーク君に睨まれた。
……怖い。
やっぱり明るすぎたか?
もうちょっと神妙さがほしかったのかもしれない。
「……心配、させないでよ」
なぜか、か細い声でつぶやくジーク君。
「ウルトス君。すまない……すべては私のミスだ」
レインも会話に入ってくる。
ちょうど良かった。尊敬すべき父親からも、ちょっとジーク君を元気づけてあげてくれれば……。
「何を言われても仕方ない。君が望むのであれば職も辞して――」
「大丈夫です大丈夫です大丈夫です」
さらっとレインの方もとんでもないことを言ってきた。
原作の流れ的に、どう考えてもこんなことで職を辞される方が迷惑である。
「あの全然気にしてませんから……ホントに」
「でも、ボクは……怖くて……動けなかった」
辛そうに言うジーク君。
あー、なるほど。
そういうことかと、俺は納得した。
たしかに、あのリッチ。
今のジーク君だったら敵わないだろう。
でも、大丈夫。君が仕上がってきたら、あの程度いつでも吹き飛ばせるようになるんだから。
全然気にしてないから、そんなヘコんだ顔をしないでほしい。
「でも、ジーク君が助かったんだから、良かったよ」
伏し目がちなジーク君の目を見て、明るく告げる。
「ちゃんとレインさんには前もって話しておいたから。この場合は、あくまでもジーク君が最優先。別にこっちは後回しで良いし。だから全く気にしないでいいから、この話は終わりにして――」
そう。この世界の重要度を考えれば、ジーク君と主要キャラが生き残ることが何より重要。
なのだが。
「……お父さん、何それ?」
ジーク君がレインに鋭い目を向けた。
レインが渋々首を振る。
「エラステアに来る途中に少し話しただけだ。その……彼とな」
「なにそのボクを優先って!? そんなの聞いてな――」
「――いいんだよ、ジーク君」
「ッ……何がいいの? 良くないよ!!」
「ジーク君。頼むよ……今は聞かなかったことにしてほしい」
ヤバい。
たしかに、この前レインには、「ジーク君のためなら命懸けまっせ」的なトークを披露したことがあるが、それを聞いたジーク君が今にもレインにつかみかかろうとしている。
「レインさんも何も言わないでほしいです。お願いします」
「……まったく。分かったよ」
俺は冷や汗を流しながら話を煙に巻くことにした。
頼むから喧嘩はよそでやってほしい。
「……ウルトス……わかった。でも、いつか絶対聞かせてもらうから」
しかし、まさかのジーク君は保留。
さすが主人公、強情である。
絶対に聞き出そうという執念を感じる。
「でも、なんでそこまでして……ボクを……」
「なんでそこまでして……か」
俺は少し考え、
「――だって、僕にとって大切な人だから」
と、言った。
そりゃそうだ。
主人公は大切。これからジーク君にはバッタバッタと強敵をなぎ倒して世界を救ってもらわなきゃいけない。
そんなジーク君は命を懸けても良いほど大切な人である。『ラスアカ』の世界では。
「……ううう……」
「ん?」
俺の言葉を聞き、ジーク君の眼に涙が光る。
そして、次の瞬間。
「うわああああああ……!!」
気がつけば、俺の胸にジーク君が飛びついてきた。
「じ、ジーク君!?」
えぇ……。
なぜか俺の方にすがりついてくるジーク君。
意味がわかるか???
俺はわからない。
「良かった……ウルトスぅぅぅ……!!」
すごい。
この前までの、絶対にお前の名前なんか呼ぶかよ。みたいな雰囲気からのギャップがすごい。
どうやら俺の友情・ジャッジメント計画は思いのほか上手くいっていたらしい。
こっちの名前を呼びながら、ジーク君が泣く。
ジーク君が女顔なのもあって、女の子を泣かせたみたいな気分になってきた。
「だ、大丈夫大丈夫」
……なんか原作とだいぶ違ってきたな。
ま、まあいいや。
これさえ終われば、そんなに問題はない。
後はどうにかこうにか会議が終わるのを待つだけ。
そしたら後は適当に分かれて、原作開始までひっそりモブらしく生きていれば、ジーク君はこっちへの興味を失うだろう。
これぞ、「小さい頃仲良くなったけど、気がつけば疎遠になってしまった系モブ」のできあがりである。
しかし、とりあえず、手始めに――
こうして俺は、なぜか悪役の胸にすがりつく主人公に対し、
「……どうどう?」
と、背中をさすることになったのである。
ちなみに、
「ウルトス君。いつでも……俺のことを……お義父さんと呼んでもいいからな……!」
「はあそうですか」
なぜか涙をこらえながら、同じように訳の分からないことを言ってくる、原作主人公の父。
本当に意味がわからない。
赤の他人を急に父呼ばわりってシュール過ぎるだろ……。
割とひどいなレイン。
あの、一応まだ父は存命しているのですが……。
◆
ボロボロになった彼の姿が目に飛び込んできた時、ジークの頭は真っ白になった。
そして、その時になって、ようやく自分の浅はかさを理解したのだ。
自分のいう強さが、どれだけ脆弱だったかを。
思えば、自分は何も知らないだけだった。
街道の沿いの魔物――たかだがFランクの魔物を、それも父や騎士団の人と一緒に追い払っただけ。
あのリッチを見る度に、未だに寒気が走る。
ジークが英雄に憧れたのは、偉大な父の姿を見て、だった。
だからこそ、そのために魔力が無くても努力を続けてきた。
けれど、リッチを目の前にしたとき、ジークの足は動かなかった。
ジェネシスと名乗る男に敗北したからだろうか。
気がつけば、自分が弱いと断じたはずのウルトスが、そんな相手にたったひとりで立ち向かっていた。
父がすぐ近くにいなければ、もっと状況は悪かったかもしれない。ウルトスが運良く逃げ切れなかったら……。
戦いは正々堂々の勝負じゃない。
当たり前だ。
そんな大事なことを勘違いした自分の浅はかさに、苛立つ。
だから、貶してくれれば良かった。怒ってくれたらよっぽど楽だった。
『ジークレインは弱い』と。
なのに。
怒られるつもりで、どんな処罰でも受けるつもりで会いに行ったが、彼――ウルトスはいつも通りに笑っていた。
『いやいや、いい感じ。魔法のお陰ですっかり完治だよ』
そんなわけが無い。2日も寝ていたのだ。
こんな状況でウルトスはいつも通りだった。
『まあ僕じゃあまり役に立たなかったけどね……ははっ』
笑って、心配すらさせてくれないウルトスに苛立つ。
そして何より。
『でも、ジーク君が助かったんだから良かったよ』
いつも通りの笑顔で、
『ちゃんとレインさんには前もって話しておいたから。この場合は、あくまでもジーク君が最優先。別にこっちは後回しで良いし。だから全く気にしないでいいから、この話は終わりにして――』
自分の知らないところで、勝手にそんなことを言っていて、
『ジーク君。頼むよ……今は聞かなかったことにしてほしい』
そんなことを言うウルトスの優しさに甘えてしまう自分に一番……いらだっていた。
どうして、そこまでして自分以外を優先するんだろう?
どうして、こんな時まで他人を守ろうとするんだろう?
『――だって、僕にとって大切な人だから』
ぎこちなくこちらの背中をなでる手。
このとき、はじめてジークは自覚した。
――ああ、自分は弱い、と。
英雄などとは、ほど遠いのだ、と。
――――――――――――――――――――――――
友情コンボ
→今まで知り合い程度だったキャラが急に優しくしてくれたりすると発生。やり過ぎると相手のメンタルが崩壊してしまうので注意が必要。
そういえば、なんか売り上げも悪くないそうです!
クズファンのみなさま、ありがとう……!
と書こうかと思いましたが、なんかすごいクズなファンがいっぱいいそうに見えるのでこの呼び方はやめておきます。
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