第26話 人ならざるもの
「――さて、そろそろ終わらせますか」
場にそぐわぬやけに軽い声が聞こえてきて、リッチは思った。
これは夢なのか?と。
いや、それより悪い。
まさにリッチの目の前の状況は悪夢そのものだった。
少年がこちらへと向かってくる。
リッチと少年の間には、召喚したアンデッドという名の壁。
この物量。ひ弱な小僧など、押しつぶされて死ぬはずだった――
が、紙切れのように舞っていくアンデッド。
横っ面を殴られ、ハンマーのように固く重い打撃が真正面からクリーンヒットし、あるいは縦に切り裂かれ。
アンデッドの盾はなすすべもなく数を減らしていく。
『な、何が起こっておる……?』
率直に言って意味がわからない。
アンデッドにこれほど強いということは、
が、しかし、少年に聞いてみても、「モブ式」というわけのわからない回答が返ってきた。
というかそもそもこの小僧、最初にもう1人の娘に言い聞かせる時に、自分は「魔法が使える」などとほざいておったではないか。
今のところ、魔法は何も使っていない。
ということは、この小僧は完全に小娘の方に嘘をついていることになる。
あれほど仲睦まじく見えたのに、である。
ますます意味がわからない。
『こやつ……一体何をしたいんじゃ??』
混乱と目の前の少年に対する不吉な予感。
が、歴戦の魔法使いたるリッチはすぐさま冷静さを取り戻した。
『……ふむ』
なるほど。
自分の見立てが間違えていて、小僧が強力な前衛だとしよう。
だとしても、自分のやるべきことは変わらないではないか。
自身の持てる最大火力でもってすれば、いかに意味不明・正体不明の小僧とて殺せるはずである。
リッチは強さは魔法詠唱にある。
体に充満する魔力。
その魔力を注ぎ込む。アンデッドの召喚時よりも、遥かに大量の魔力を。
「ん?」
小僧の声が近づいてきた。何かに気がついたらしい。
が、遅い。
アンデッドの壁はまだ少し持つ。
勝利への確信をもって、リッチは嗤った。
『さらばじゃ、小僧! 礼に貴様の知らぬ魔法の秘技でもって殲滅してくれよう!!!』
小僧との距離はあとわずか。
だが、すでに仕込みは終わった。
そして、詠唱。
次の瞬間には、強大な魔法によって辺り一帯が炎に包まれている――
『……第6位階魔法。
はずであった。
が、しかし、リッチが詠唱が終りを迎えるその瞬間。
リッチの胸から、腕が生えていた。
少し遅れて、後ろから声が聞こえる。
「
『……な?』
後ろに周り込まれ、肉体を貫かれている。
リッチは肉体的にはもろい。致命傷だろう。
しかしそんなことは、もはや気にならなかった。
リッチは別のことに、底しれぬ違和感を抱いていた。
リッチの奥の手――
なぜ、この小僧が第6位階魔法を知っているのか。
魔法の位階は上がるごとに加速度的に習得が難しくなっていく。
イフリートフレイムはその名の通り、学園やその辺で学べる第2位階辺りのままごとではない。
第6位階ともなれば、圧倒的な研究の末にたどり着ける極地点。
知っている人間のほうが少ないのである。
小僧はその効果まで熟知して、なおかつ先手を打って叩き潰しに来た。
そう。
絶対におかしい。なぜ知っている???
寒気。
アンデッドにそんな感覚はないが、リッチは今たしかに震えを感じていた。
しかも、
『……は?』
リッチはあることに気が付いた。
自身の胸を貫いた、少年の肉体のある秘密に。
(硬質化……だと?)
混乱する。
魔力を用いての硬質化。
要するに、魔力を術式で制御するのが魔法である。
魔力を直に変異させるのは、より難易度が高く、というかそもそも一部の限られた種族にのみ可能な芸当である。
もちろん、種族的に人間はほぼ不可能。
そしてリッチの優れた頭脳は恐怖の中で、ある答えに達していた。
(……人間では……ない?)
人間ではない。
つまり、人ならざるもの。
このあり得ないほど深い魔法への知識。
この尋常ならざる魔力の技術。
そして、この絶対的な底知れぬまで強さ。
心当たりがあった。
この小僧が人間ではなく……上位の種族だとしたら……?
『き、貴様は……い、いえあなた様はまさか、ま、ま、魔人――』
その言葉を最後に、強大なる魔物リッチは塵と消えた。
リッチが最後に思ったのは、こんなところで魔人に出会ってしまった己の不運と。
そして、他者への謝罪であった。
(召喚されたばかりだというのに、大変申し訳ございません……我が主よ)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
主人公→自分のことをモブだと思い込んでいる異常者
エンリケ→基本魔法関係には疎いくせに、また訳のわからないことを教えてしまう
リッチ→敵であるがゆえに一番客観的にジーク君とウルトスのすれ違いを認識できていたが、天に召される。
そういえば、youtubeで『クズレス・オブリージュ』を検索したらレビュー動画を見つけました。
めちゃくちゃ嬉しいです。コメントしようとしている自分の右手をいま必死に抑えています
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます