第25話
「な……何が起こっている……? 素手で鎧を……??」
あっけにとられたようなリッチの声。
「……貴様、
「いや、俺は……」
俺が何か、か。
――俺はリヨンの一件後のエンリケとの会話を思い出していた。
◆
「いやあ、武器無しでもなんとか戦えるようにしたいよなぁ」
「なんでだ、坊ちゃん。武器あった方がカッコいいじゃねえか」
「あのねぇ……」
エンリケを微妙な表情で見つめる。
モブとは目立たぬもの。しかも俺は貴族である。
騎士団や冒険者の連中のように、常に武器を構えているわけにはいかない。
年がら年中武器を構えているモブがいるわけないじゃないか。
「エンリケ。モブについてもっと勉強してくれ」
「お、おう……? なるほど、まあ武器を持ちたくねえってことか……う~ん」
うんうん、と唸るエンリケ。
朝から楽しい光景でもないが俺も一緒に悩んでいた。
そして少したち、エンリケが「あれならどうだ!」と奇声を上げた。
「あれ?」
「ああ、思い出したぜ。魔物の中には、己の魔力を集めて硬質化できるやつがいるんだよな」
「……へえ」
「主にドラゴンが使う魔力の技術だがな」
いい話を聞いた。
たしかに、『ラスアカ』の中だと主人公たちが人間なので、どうしても魔法などの人間の技術に寄ってしまうが、魔力の扱いに関しては魔物の方に分があるらしい。
魔力の硬質化。それができれば武器がなくても戦えるかもしれない。
これ……いいぞ。
「坊ちゃん。魔力の扱いがうまいから多分いけると思うぜ」
「そう?」
「ああ、基本魔力の扱いっていうか魔力への感度は種族で決まるもんなんだよ。もちろん人間の中でもすごいやつはいるが、エルフは生まれながらにして平均的に魔力の扱いが上手いって話だしな」
「ほうほう」
まあでも、心当たりが無いこともない。
俺は別世界からの漂流者。もしかしたら、魔力というものへの感度は高いのかもしれない。
魔力の硬質化という技術の存在。
そして魔力への感度。
材料がそろってきた。
……こうなったらやるしかないだろう。
「ちなみに俺がその技術を知ったのは……そうだな、アレは怒り狂う邪竜と戦ったときの話だ。後ろには贄の少女。そして、それを食おうとする巨大な竜。ふらっと立ち寄った村で、別に愛着もなかったんだが、まあいい女が死ぬのはごめんだった俺は、暴れ狂う邪竜に向かってこう言ったのさ。
――『邪竜だかなんだか知らんが……ちと相手が悪かったな。恨むなら、『鬼人』と出会ってしまった己の運を恨め』」
「……………」
ドヤ顔で空を見つめながら昔を懐かしむようなエンリケ。
「……くっさ」
一方の俺は苦々しい表情で思った。
……なんというコテコテのシチュエーションなんだ、と。
贄の少女。悪しき竜。
そして、最後のクっっサい決めゼリフ。
第1あり得ないだろ……そんな状況。
底辺冒険者の任務が???
もう英雄クラスじゃん。
こんな豊かな想像力。今すぐ転職して小説でも書けばいいんじゃなかろうか。
とはいえ、今日はエンリケに色々と教えてもらったのだ。
俺はどうにかして言葉を振り絞った。
「……『奇人』エンリケ、今日も絶好調だな」と。
なぜかエンリケは喜んでいた。なぜ年下に奇人と呼ばれて、「へへっ、照れるぜ坊ちゃん」と笑っていられるのだろうか。
この男は、プライドというものをどこかに置き忘れてしまったのか???
と、まあいいや。
エンリケの奇行はさておき。
それから俺は修行を続けに続けた。
1日に30時間の修行。
魔力を練り、手に集中させる。
そうして適度な修行を繰り返した結果。俺の手は、無事、鎧を貫けることになったのである。
ちなみに、エンリケにこの修行方法について語ったところ、「1日って24時間じゃなかったか……?」と微妙そうな顔をしていた。
なんてことは無い。
1日+6時間修行しただけのことだ。
まあでも、こんなことくらいできなきゃダメだろう。
エンリケだって、生半可な鎧は断ち切れるらしい。
……お気づきだろうか???
あの万年底辺ランクなのにイキリすぎた男エンリケですら、その程度は出来るのだ。
このくらいやれなくては『ラスアカ』の厳しい世界では生き残れない。
モブへの道はかくも厳しく辛いのである。
そう。
これが俺の……
◆
「モブ式戦闘法」
リッチに向かって、サラリと告げる。
「……モ……ブ式?」
理解不能といったリッチの様子。
リッチも、まさかこんな人畜無害な貴族の子息がモブ式戦闘法を極めているとは思っていなかったらしい。
が、甘い。
剣が迫ってくる。アンデッド・ソルジャーの剣。
魔力を手に集中させたまま、アンデッド・ソルジャーの剣に手を合わせる。
ぱきん、と。
剣が押し負け、根本から割れた。
そのまま隙ができたアンデッドを背面から蹴る。
アンデッドの身体が木の葉のように吹き飛んでいった。
『……き、貴様ァ!!!!!』
良い感じに場も暖まってきた。
とはいえ、あまり長引かせすぎると、ジーク君が戻ってきてしまうかもしれない。
そもそも、このリッチのおかげで今はすべてがいい方向へと向かっているのである。
向かってくるアンデッドをなぎ飛ばしながら、俺は上機嫌に告げた。
「さて、そろそろ終わらせますか」
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【邪竜】ウロボロス
王国最南端の峡谷に出現した竜種。全身から瘴気を放つ邪竜。知能は高く、狡猾かつ残忍。
ギルドの見立てでは、難易度は低く見積もってもSクラスを越える人類の敵。近くの村を縄張りにし贄を要求していたが、村人がふとしたことでギルドを追われたエンリケを泊めたことで、運命が一転。
『鬼人』と衝突することになる。
本来、Sランクの冒険者パーティで対処するレベルの脅威だが、一週間を超える戦いの果て、男の死を確認しに来た村人が目撃したのは、ウロボロスの死体の横でだるそうに立ち上がる男の姿であった。
その後、「酒、ありがとうよ。嬢ちゃんによろしくな」とだけ答え、男は去って行った。
……というまあまあカッコいい逸話なのだが、坊ちゃんからイタイ妄想扱いされている。
昨日久しぶりに感想返したら、本買ってくれたって人がいてうれしくなりました。
その人たちに応えるためにも、今日は午後の仕事をさぼって後1話分投稿しようと思います
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