第24話 今、楽にしてやろう



「絶対に戻ってくるから!!!」


 ジーク君の声が遠くなっていく。ジーク君が行ってしまった。


 俺は、ジーク君の足音を聞きながら思っていた。

 あれ、結構いい感じでは……? と。


 あのジーク君の必死な感じ、表情。

 どう考えても好感度は上がったと見ていいだろう。


 計画通りである。

 絶体絶命の危機に囮を買って出るような人間を嫌いになれるだろうか???

 いや、そんなことはない。


 ジーク君は元は正当派主人公だ。

 今はジェネシスとかいう……謎の不届き者に心を折られかけているが、そもそもこんな麗しい友情ムーブを見せつけられて感動しないわけがない。


 しかも、今回はネックレスまで渡すという念入りな対応。


 チラリとリッチを見る。


 アンデッド系の魔物は特殊能力として、常時の負のオーラをまき散らしている。

 その効果は、


 つまり、『ラスアカ』のゲーム中では、のである。


 ――だからこそのネックレス。

 カルラ先生のネックレスは念入りに作られていたようで耐性もばっちりあったらしい。


 絶体絶命の危機。

 命を懸けて囮になる。しかも、大事なアイテムを託してまで。


 ……恐ろしい。この友情3コンボに耐えきれる人間はいるのか。

 我ながら何というアドリブ力。

 こっちも感動で震えてきた。


「くっ……」


 落ち着いて、震えを沈める。

 そして、後は。


『……クックック』


 リッチはこちらの様子をうかがっているようで、動こうともしていない。


『面白い……』


 底冷えするような声で、リッチが語り出した。





◆ 




『いつ見ても、若者の姿は面白い――特に』


 そう言いながら、こちらを指さすリッチ。


『その震え……小僧。自らの恐怖を隠しているな……なんとも勇敢な小僧じゃ。そして……ふむ見たところ、魔法詠唱者か』

「……ええまあ」

『なるほど、先ほどの分析は見事。さすがは魔法を扱う者。わしという不確定要素と遭遇しながら、彼我の戦力差を分析し、足手まといの小娘を逃がす……まさしく冷静そのもの。褒めてつかわそう』

「……どうも」

 

 ジーク君のことを小娘とかいっているがそこはスルー。

 仕方ないさ。アンデッドなので、眼もろくに見えていないのだろう。


『が、甘いな』


 そう言うと、リッチの魔力が膨れ上がった。

 戦闘態勢。


 一瞬にして、リッチの纏う空気が変わる。

 眼の炎がさらに赤く、燃えさかる。


『腕力は無いが、相応に頭の回転が速いタイプとみた。成長すれば、さぞ優秀な魔法使いになれたかもしれんな』

「それはどうも……?」

『クックック……実に面白い。そんな優秀な若人が……死に至る姿を見れるのだからな。今から貴様には悪夢を見せてやろう。貴様が何年修行しても得られぬ魔法の極地を』


 リッチの笑み。

 ひんやりとした空気が場を覆う。

 リッチの体が青白く光り、魔法陣が煌めいた。


『第4位階――《サモン・アンデッド/不死者召喚》』


 リッチが詠唱を唱える。

 すると、地面から何体ものアンデッドが這い出してきた。


 死霊魔法。

 死と腐敗を司るこれまた珍しい魔法である。アンデッド系が主に使う魔法だが、死者を復活させたりと、その悪辣さゆえにとてつもなく評判が悪い。

 

 しかも、


「……鎧のアンデッド」

『そう。貴様の読みは正しい。たしかにわし1人なら、貴様にも薄い勝ち目があったかもしれんな。が、甘い。死霊魔法をなめるなよ小僧。わしは前衛を無限に生み出すことができる』


 地面から這い出てきたのは、頑強そうな鎧をにその身に纏った魔物――アンデッド・ソルジャー。

 主にCランクの魔物……だが、接近戦に特化した魔物である。


 そして、そこまで語ったリッチが嗤う。


『……死ねえ!!』


 たしかに魔法使いにとっては、嫌な相手だろう。

 アンデッド系の弱点である肉体のもろさを鎧でカバー。それなりに耐久力があるせいで、術者であるリッチには近づけない。


 そう。

 使


「さて」


 敵が近づいてくる。


 同時に、俺も魔力を起動させた。


 じくじくとエンジンがかかるような感覚。

 肉体の中で魔力がうねり、高揚感が溢れ出てくる。


『魔力……!? だが、何かをしようとももう遅い。やれ! ソルジャーよ!!! 今、楽にしてやろう!!』


 敵が、一糸乱れぬ隊列で迫ってくる。

 スケルトン・ソルジャーの重厚な剣が、俺の前で煌めき――


 勝利を確信した様子のリッチが楽しそうに笑みを浮かべた。


『……そうそう。貴様の死体もアンデッドにするとしよう。クックック……たまらんぞあの顔は。親しい者がアンデッドになったのを見たときの人間の顔はな!! さぞ、あの娘は良い悲鳴を――』





「いやだからジーク君は女性じゃないって」


 ――次の瞬間。

 最も前方にいたアンデッド・ソルジャー2体の胸から、腕が生えていた。


『―は?』 


 俺の腕は鎧をも突き破り、アンデッドの肉体を貫いていた。


 そのまま、アンデッドの肉体を縦に切り裂く。

 力を失ったアンデッドの頭が、コロコロと転がっていった。


 あっけにとられるリッチ。

 




 残念だが、俺はあることに気がついてしまっていた。


 ――『ラスアカ』のゲーム中では、レベルがアンデッド系の魔物のより下であれば『恐怖』や『混乱』などのバッドステータスが付与されやすくなる。


 たしかに、リッチは高位のモンスターだ。

 が、今の俺はネックレスを外したにもかかわらず、なんともなっていない。


 つまり、


 そう。レベルが見えないからわからないが、たぶんこのリッチは雑魚なのだ。

 俺やエンリケ以下の存在。エンリケクラス以下。


 こんな強者感を漂わせているが、あの痛い中年厨二病患者以下の存在である。


 もちろん俺はモブとして、危険な戦いはしたくないし、危ない橋も渡りたくない。

 ――が、相手が自分より弱いなら戦ったとしても、まったく問題は無い。



 ゆっくりと、リッチに向かって近づいていく。


『なっ、なっなっ貴様……!?』


 召喚したモンスターを一瞬で倒され、混乱しているリッチに向かって、俺は優しく微笑んだ。


「いやあ僕たち、気が合いますねえ」

『は???』

「もうすぐ、楽にさせてあげますよ」




―――――――――――――――――――――――――


ウルトス

→原作主人公の心をもてあそび、アンデッドの肉体を素手で貫き、強大な魔物に「今楽にしてあげるよ」などと言い放つ。もはや悪役そのもの。クズトスより悪化している気がしなくもない。


リッチ

→世間一般的に見ればもちろん強い。今作では被害者。


エンリケ

→こいつのせいで強さの基準がすべて狂ってしまった。ある意味戦犯。




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