第22話 



「ふぅ」


 ――とある生意気な王国のガキ、ことジーク君の情報を聞いてから数時間たった。


 俺は、街の中心部から遠く離れたところへと来ていた。

 このエラステアの街は結構な広さがある。なので街の外れの人がいなさそうな場所を歩き回って、ジーク君を探していたのである。


 途中から完全に体力勝負だなと思ったので、リエラも置いてきた。

 そもそも、あの2人相性が悪そうだし。

 

「後、探していないのはこの辺りか……」


 そんなこんなで、街の外れの方に来ると、もはや人気も無くなってきた。どうやら取り壊し中の地区らしく、解体途中の建物があるだけだ。


 そのまま無人の建物を少し行くと、奥の方には広場らしきところがあった。


 そして、そこに1人の少年がいた。

 暗くなり始めた中、広場に立ち尽くす少年に声をかける。

 

「ジーク君」

 



 ◆



「なに?」


 広場にいたジーク君は剣を腰に差していた。どうやら剣の練習をしていたらしい。

 相変わらずのつれない返事。


「話すようなことは何もないけど?」

「…………」


 考える。

 さて、なんて言おうか。


 正直、ジーク君に会えたはいいが、あまり良い案は思い浮かばない。

 さすがにもう1回お風呂に誘うと今回ばかりは枕ではなく、剣が飛んでくる可能性がある。 


 う~む、マジでどうしよう。


 が、ふとその時。


「ん?」


 俺はなんと無く

 何も言わず、後ろを振り返る。


 俺が振り向いた方向には何もいない……。


 が、こう見えても俺は普段の修行のおかげで、それなりに魔力の扱いが上手い。

 魔力の扱いに限って言えば、エンリケをとっくに超越しているといってもいいだろう。


 だからこそ、その俺の感覚はこう訴えていた。

 

 ――この場の魔力量が増え始めている、と。


「…………」


 そのまま別の方向を見つめる。


「なに……急に?」 


 突如話すのをやめた俺を、ジーク君が不審な目で見てきた。


「別に言っておくけど、魔力が無くてもそれなりに気配を感じることができるし、そんな変なことをしようとしても――」

「いや、何かおかしい」


 魔力の高まり。そして、少し鼻につく――腐敗臭。

 もはや、違和感は最高潮に達していた。




 僅かに風が強まり、ひんやりとした空気が広場に流れ出す。

 そして目の前に突然、黒い靄が現れた。


 黒い靄はそのまますさまじい勢いで領域を広げ――


「何、あれ……」


 ジーク君がそう言い終わる間もなく。

 次の瞬間、黒い靄は立ち消え、その代わりにふわりと、何かが現れた。



 骨と皮だけの体。かつては豪華だったであろうローブはすでにボロボロになっている。

 そして、体中からどす黒い魔力が立ちこめ、全身を包んでいた。

 うつろな眼には、何も写っておらず。ただ赤い炎が燃えている。




「……え」


 ジーク君の声が響く。


 ありえない。いや、あり得るわけがない。

 なぜこの街にこの魔物が。


 邪悪な魔法使いが死後、転生した姿とも歌われる強大な魔物。

 使


「リッチ」



 ◆




 沈黙。

 姿を現したリッチも動かない。そんな謎の状況で俺はひたすら困惑していた。


「…………」


 リッチ。

 いわゆるアンデッド系の魔物である。強さとしてはアンデッド系では上位に入るだろう。

 何よりやっかいなのはその魔法能力。


 肉体的な強みを一切持たない代わりに、リッチは他のアンデッドとは隔絶した魔法詠唱の能力を有する。


 主な生息地は、迷宮や大墳墓など。


 ……のはずなのだが。

 え、なんでこんなところにいるのだろうか????


 本気で意味がわからない。

 アンデッドといえば墓場。墓場といえばアンデッド。


 だいたい陰気くさくてジメジメしたところにいる魔物が、どうしてこのオシャレな街に出てくるのか?

 いやたしかに、この街外れはちょっと空気悪いけど、別に墓地ではない。


 困惑。

 というか迷惑である。


 これから俺とジーク君の友情物語が始まるというのに、この魔物のせいでより一層話がややこしくなっている気がする。


 ……なんなんだこいつ。

 いや落ち着こう。こういうときこそ冷静に。


 冷静さこそモブの生きる道である。

 チラリとジーク君を横目で見る。


「そ……んな……」 

 

 絶望したようなジーク君。

 ……まずいかも。ちょっと精神を受けているかもしれない。


 アンデッド系上位の魔物はその体から負の魔力を放っている。

 魔力がある人間ならそれなりに対抗できるが、ジーク君は魔法が使えない。つまり、ジーク君にとっては致命的である。


 これどうすればいいのだろうか……??

 俺は必死に頭を回転させていた。


 ジーク君の目の前で戦う、はどう考えてもよろしくない。


 かといって、2人で逃げる……もちょっと考えものだ。

 たぶん逃げ切れるけど、忘れてはいけない。俺はこの前、道ばたで襲ってきた狼の雑魚魔物ごときにびびっていたのである。


 実力を出しすぎるとこの前の演技がばれてしまうかもしれない。

 ――まさしく、八方ふさがり。

 

 そんな中、 


『……人族の子よ、おびえているのか可哀想に……』

「人語を理解するアンデッド……!?」


 まるで何かをひっかいたかのような耳障りな声。

 リッチが生気を感じない声を出し、ジーク君が悲痛な叫びを上げる。


 同時に俺は舌打ちしたくなった。


 何を勝手なことを言いだしてるのか。

 この忙しいときに、勝手に喋り出さないでほしい。


 どうすればいいのだろうか???? 

 割と詰み始めている気がしてきた。


1.このアンデッドのせいでせっかくジーク君と1対1になれるチャンスを逃がす

 →友情ルート終了。モブ人生は歩めるが世界が終わる。主に3年後くらいに。


2.ジーク君の前で戦う

 →実力バレの危機。ジーク君とも仲良くなれないし、何だったら道中、狼にびびってたのはなんで?とレインにも問い詰められそう。どう考えても怪しい。



 どうにかにして、ジーク君の好感度を上げつつ、こちらの力がばれないようにする。


 そんな夢のような方法。

 それさえ……それさえあれば――


 冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ、自分。

 いつもの事なんだ。


 俺は乗り越えてこれたじゃないか。


『クックック……さて、どちらから死にたい? 2人で死ぬか、はたまた1人が囮にでもなるか?』


 動かないこちらの様子を見たリッチが、嘲笑してくる。


 というか、そのキンキン声、めちゃくちゃ頭に響く。

 ああああああもう、うるせええええええええ――

 










 ……え?


 違和感。先ほどのリッチーの言葉。

 


 その時、脳内であるアイデアがひらめいた。 


「……いける……のか?」


 パズルのピースが急速に埋まっていくような感覚。

 これさえ……これさえ出来れば、すべてが上手くいく。


 完璧だ。

 そうだ。こういうときには……こんなシチュエーションでなすべきことは……



 そう。



 こ れ し か な い。



 ◆



 嫌な雰囲気が充満する広場。 

 俺は、半歩だけジーク君の前に移動した。


 目線はリッチを見据えたまま。

 まるで、庇うかのようにジーク君の前に立つ。


『ほぅ……子よ。腹が決まったか』


 ケタケタと、楽しそうにリッチが嗤う。


「ジーク君。あいつの言うとおりだ。僕が囮になる――」

「えっ」

 

 困惑したようなジーク君の声。

 わかるよ、突然だもんね。

 

 でも、やらなきゃいけないんだ。


「だから」


 俺はいつも通りの調子で、ジーク君に笑いかけた。





――――――――――――――――――――――――――――――――



いや~~、主人公が友情のために囮になるシーンってなんでこんなに泣けるんでしょうかね(遠い目)


そういえば、昨日第1巻が発売しました。

Amazonの電子書籍限定版でSSもあります。

だいたいSSは1つだけらしいですが、僕は3つも書かされ……いえ、書かせていただきました!!!

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