第16話 世界の法則(知識チート)



 そんなこんなで屋敷を出てから1週間ほどたち、俺たちは目的地に到着していた。


「おぉ……!」


 目の前には、白亜のオシャレな街並みが広がっている。爽やかな雰囲気。とても居心地がいい。

 この都市の名は、『エラステア』。


『ラスアカ』の舞台となる我らが王国の領内でも、他国との国境付近にある都市である。

 隣り合う帝国とバチバチしていた時は、それなりに殺伐としていた都市だったが、かつて争っていた帝国とは近年、比較的友好関係にあり、今では外交の要所としても扱われている。


 ……その一見おとなしいかに見えた帝国はかなり危ない国家で、国単位で危ない実験に精を出し、数年後、突如として王国に攻めて混んでくるんですけどね、初見さん。


 まあ、その辺はメインキャラたちが上手くやって、帝国の野望を打ち砕いてくれるだろう。俺の出る幕ではない。


 とりあえず、この『エラステア』は、今のところはオシャレかつ安全な街。

 どこぞの変な闇ギルドも存在しない。


 とても安心である。

 どうせ父上に言われた会議とかも適当に過ごせば、それでよし。


 思い返せば、リヨンでは殺伐とし過ぎていてリラックスできなかった。

 ここではモブらしく、多少ゆったりしても怒られないだろう。


「いい街だね」


 振り返って爽やかに言う。今の俺はどこからどう見たって、普通のモブだ。

 そう、こんなにまともなのだから――


 が、そんな俺の横で、


「……ふん」


 と、そっぽを向くジーク君。彼は、どう見ても興味無さそうに俺をあしらう。

 そして、そんなジーク君の様子を見て、


「グルルルル……」


 と血に飢えた狂犬のように睨むリエラさん。


 まさしく水と油。

 まだ街に入っていないが、(見た目だけは)麗しい2人がいがみ合っている様子は周囲の関心を呼んでいる。


「………………」


 ……なんでこんな平和な街で、この人たちはいがみ合っているのだろうか。

 俺は泣いた。


◇ ◇ ◇



「だいたい、なんなんですか! あの人!!」

「いやいや、落ち着きなって……」


 一先ず、簡単な検問をすまし、俺はこのエラステアの一等地のホテルへと入っていた。

 この度は王国中からも、色々なお偉いさんが来ているらしい。そこで、ランドール公爵家の息子たる俺も特別待遇、というわけである。


 が、同じ部屋に入ったリエラは完全にムカッと来ているようだった。


「ぅぅぅぅぅっ!!! なんでウルトス様はあんな態度をとられて、何も言わないのですか!!」

「ま、まあ人の好みはそれぞれだし、多少は仕方ないさ」

「そんなことありません。ウルトス様にあんな態度を取る人間はどう考えても人生を損しています」

「主語でか」


 普通、『え、○○って知らないの? 人生の半分を損してるよ~』みたいな昨今の会話でも、まあまあ言い過ぎじゃないかと思うのだが、リエラの手にかかれば、俺に不遜な態度をとると人生のすべてを損していることになるらしい。


 素晴らしいポジディブシンキング。

 その自己肯定感の高さをぜひ見習いたいものである。


「そもそも、なんでウルトス様はあんなに情けない真似をするのですか……! 道中魔物と遭遇した時だって、ウルトス様は馬車の中に逃げていたじゃないですか!」

「まあ、あれはね……」


 俺たちは道中、魔物が出てくる森林地帯を通った。


 もちろん俺は由緒正しいモブなので、魔物が出るたびに、情けなく「ひいいい」とか、「ひょええええ!」とかジークくん親子に対し、地道なモブアピールは欠かしていなかった。

 これが将来的な安全につながる、と信じて。


 が、リエラは、そもそも戦えないフリをしていたこと自体がどうしようもなく許せなかったらしい。


「本来のウルトス様だったら、あの程度の魔物の群れ。5秒あれば叩きのめして、うずたかく積まれた魔物の上で私の入れた紅茶を飲みながら、高笑いができるはずです!」

「リエラって、俺のこと化け物か何かだと思ってる? さっきから」


 そもそも、「うずたかく積まれた魔物の上で紅茶を片手に高笑い」って物騒過ぎるだろ……。

 俺、そんなに猟奇的なイメージなの???????


「あのね、リエラ。一応世間では、ウルトス・ランドールは特に強くもないんだ。というか、むしろ悪評がメインなんだから。今更目立ったっていいことないし、このままでいくのが安全――」

「……だからって! あんな魔物におびえる真似までしなくても……!」


 本当は魔物におびえて、お漏らし……くらいまでやってみようかと思ったが、そこまでやらなくてよかったのかもしれない。

 

 魔物におびえるだけでこれなら、もし、お漏らしまでしていたらどうなっていたことか……。

 なんかもう、刺されるかもしれないくらいの殺気を感じる。


「くっ……! もうこうなったらやけの『あ~ん』です……! ウルトス様、今日はお付き合いください!!」


 頭の中にナイフを持ったリエラが思い浮かんだところで、リエラが俺の口にお菓子を突っ込んできた。


「……ちょ、ちょ。リエラ、一旦落ち着こう。し、死んじゃうよ? そのペース」 


 いつも以上のハイペース『あ~ん』。

 リエラ……君、俺のこと、「人生のすべて」とか言っている割には、危険行動が多くないかな??


「まあでも……父親の方は少しは見どころがありましたが」


 ごくりと茶菓子を飲み込む。


「あぁ。それはたしかに」


 ちなみに、父親のレインは息子のジーク君とは打って変わって友好的だった。


 いや、というか。道中、野営をしていた時にレインと話してからというもの、なぜかレインはニヤニヤしながらこっちを見てくるようになったのである。


 俺がジーク君に無視される度に、「ふっ……俺も若いころはそうだったなあ……」などとわけのわからない一言を言ってきたり、俺がジーク君に冷たい眼で見られるたびに、


「男ってのは、そうやって強くなるもんさ」とかウィンクしてきたり。


 ……このオッサン、何を企んでいるのだろうか???


 エンリケが正統派のちょいワル厨二病系、バルドがポエミー系厨二病だとしたら、レインはちょっと青春をこじらせた中二病系統だろうか。

 玉にいるんだよなぁ……「青春第一!」みたいな感じで謎に熱いタイプの中二病。


 ……ま、まあ、いいや。

 最近、この世界の年上の男にはロクな奴がいない、と実感してきたばかりだ。


 エンリケ、グレゴリオ。

 その中にレインも入ってきただけのこと。


「まあいいさ」 


 とはいえ、俺は全くこのままでいくつもりはなかった。

 俺は生き延びるのである。


 気合を入れ直し、リエラの方を向く。


「――リエラ、動くぞ」


 真剣な表情をする俺。

 そう、ここからが本番。小手調べはここまでである。


「はい、ウルトス様」


 リエラの眼にも、やる気がともる。

 ――ジャッジメント計画の始まりだ。


「ではまず、いかがいたしましょうか? またジェネシスになって、一度さらってウルトス様と仲良くするよう脅しますか?」

「……まずは、その荒くれ者の思考から離れようか」


 このメイド怖い。

 考えが裏社会の人間のそれである。


 いやいや。俺はこれまで紳士的に解決してきた。グレゴリオしかり、リヨンでもそう。

 今回も同じだ。


 が、


「これは使うまいと思っていたが……致し方あるまい」


 プレッシャーを出しながら告げる。もったいぶった俺を見てリエラが不思議そうな顔をした。


「なッ……! ウルトス様何を……」

「リエラ。俺は、世界の法則を知っているんだ」


 そう。


 ジーク君と仲良くなるには、使うしかないだろう。世界の法則。

 ――、すなわち、を。


 ごくり、とリエラが息を呑む。


「世界の法則……? またしても知らぬ間に、そのような圧倒的知識を身に付けられたのですか!?」


 ……なんか若干リエラの期待していること違うような気もするが、まあいいだろう。


 やること、それは簡単である。

 知識チートを使い、ジークくんと仲良くなる。


 俺は厳かにこう答えた。




「――ジーク君と一緒に、風呂に入ってくる」





「……はい??????」


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