第14話 そんな話は、聞いてない



「……え、は、えっ」


 思わず、呼吸が荒くなる。

 そのくらい、俺は絶賛混乱中だった。

 

「ジーク君に、戦うのをやめさせる……?」

「ああ」とレインがうなづく。


「えぇ……」


 いやいや、それはおかしい。

『ラスアカ』の主人公はジーク君である。あの頭のネジが3本くらい抜けているといわれるほど、真っ直ぐな主人公だからこそ、なんやかんやで『ラスアカ』の世界はハッピーエンドにまでいけたのだ。


 ……それが、今、戦う意味を見いだせなくなってしまっている……???


「その謎の敵のせいで、ですか」

「ああ、そうだ。恐ろしいほどの手練れだったらしい。しかし、そんな相手がなぜハーフェン村の方に来たのかは調査中だが……」


 そう。

 しかも、他の誰でもないジェネシス(俺)のせいで。


 良かれと思ってやった、「序盤から盗賊じゃなくてジェネシスと戦わせて、ジーク君を急成長させちゃおうぜ!」作戦は最悪の方向に行ってしまっていたらしい。

 なにせ、あのジーク君がやる気を失ってしまうくらいなのだ。


 あの鬼メンタルの主人公が……。


「そ、そんな……」


 いやいやそんなわけがない。

 望みをかけて、軽くジャブを打ってみる。


「その、ジーク君はなんと言っているのですか? たとえば、その輩に負けて悔しい、やり返したいみたいな……」

「ジークは何も言わないが、私も親だ。そもそも私は、あの子が英雄になれるなんて思えないんだ。元々魔力がないし、普通の人生を――」

 

 要するに、ジーク君のいう『英雄』とは父親のような立派な人物のことを指すのである。

 強くて正しくて、みんなに優しいパーフェクトな超人。


 が、背筋が寒くなる。 

 

 ア カ ン。

 話の流れが完全に、「ジーク君を英雄じゃなくて、まともな村人にさせようぜ!」って方向に行きかけている。


 ジーク君で無しでなんとかするの???? という感じである。

 ジーク君がいたからこそ、他の癖ありヒロインたちもなんだかんだでまとまっていたのである。


 心臓がバクバクとなる。


 ダメだ、まずい。

 原作だと、事件を救った父レインに憧れ、反対されようとも、もっと修行に明け暮れようとする……という流れなのに、ことごとくすべてが裏目に出てしまっている。


 最初からレベリングしようとしていたら、そもそもレベル上げを禁止されたような気分。この場合、完全に『愚者マヌケ』はこっち側である。


 そして、ここまで言ったレインが真剣な表情になった。


「だから、頼む」

「……ッ!」


 ダメダメダメダメダメダメ、まずい。

 それだけは避けなくては。

 聞きたくない!


 だって、世界の命運が……! 

 もっと言うと、俺のモブ人生も……!!!


「ジークに戦うことをやめさせてくれないか――」









 いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああくぁwせdrftgyふじこlp










 気がつけば俺は、バァンと立ち上がり、









「――勝手なことを言わないでください!!!!!!」





 と吠えていた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 静寂。


「何……!」


 そんな俺の反論が意外だったのか、レインが眉をひそめる。


「ウルトス君、一体どういうことかな? 返答によっては少し――」


 雰囲気が冷たくなる。明らかにレインの雰囲気が変わる。

 そりゃそうだ。今の俺の返答はレインの頼みを無視するような発言。


 が、しかし、もう俺は止まれなかった。 

 だって、ジーク君は――


「ジーク君は英雄になる人ですから」


 俺は真正面からレインを見つめ、言い放った。


「なッ!」


 息をのむレイン。

 

 が、俺は知っていた。

 ゲームで見た、ジーク君の雄姿を。


 ……そして、ジーク君がいないとヤバいのである。

 主に俺と平和な世界が。

 なんならクズレス・オブリージュ計画自体もご破算である。


 クズを脱却して念願のモブになったとしても、世界に魔物や危ない組織がはびこり「ヒャッハー!!!!」な感じになっていたら、何の意味ない。


「ウルトス君、うちの子は魔力がないんだ。何の根拠があって、そんな子が英雄だなんて大それたことに――」

「なれますよ」

「……なに?」


 間髪を入れず、さらっと言う。


「ジーク君は英雄になる人ですから。もし信じられなかったら、約束しますよ。もしジーク君が英雄になれなければ、僕が命をかけたっていいです」

「きみ、何を言って……!」


 思わずレインも立ち上がる。

 レインの力強いまなざしと俺の目が交差した。


「――もう一度言います。ジーク君は英雄になる人です」

「……ッ!」


 正直なところ、俺はもうどうにでもなれ! という気持ちだった。

 そもそもジーク君がいなきゃ何も始まらないのである。


 そう、こっちはすでに命をかけてきている。


 どうにかしてジーク君にやる気を出してもらう。

 それ以外はすべて、終わりなのである。

 




 そして、沈黙。

 少しの間、俺とレインはにらみ合っていた。


 ……が、そんな中、少しずつ冷静さを取り戻した俺は、徐々に恐怖を覚え始めていた。すごい失礼なことをしてしまったのではないか、と。


「…………」


 考えてみよう。

 身分的には俺の方が上である。一応、公爵家の息子だし。


 が、しかし。

 原作という面から見ると、レインのほうが普通にメインキャラである。


 そして、何よりレインのお子さんが主人公なのだから、レインには普通、丁寧に接すべきだろう。今のところ、レインは主人公が戦うことに否定的だけど、そのうち和解するし。


 そもそもね、原作開始の時期になるとね。軒並み治安が悪くなるし、ぶっちゃけ公爵家であろうと安泰もクソもないのである。


 ここで、現状を確認する。

 初対面のくせに、そんなレインの依頼を突如として拒否し、あげくの果てに怒鳴り返す公爵家のばか息子(俺)。


 ……どうしよう。

 最低過ぎる。


 もうこれ以上、ボロは出せない。

 冷や汗を垂らしたおれはレインに様子を悟られないうちに、退散することにした。


「な、なんて冗談ですよ! ハハ……」

「ウルトス君?」

「す、すみません。ちょっと興が乗ってしまいました。その……ジーク君とはまず仲良くなってみようと思います!」


 あえて馬鹿っぽく雰囲気を変え、そそくさと逃げる準備を始める。


「それから、お互いの進路について熱く語り合ってみようかなと。まあ、ジーク君の夢はね、まだ決まったわけじゃありませんから。僕らはまだ若いですし、なにせ若人には、無限の可能性が広がっていますしね……ハハ」


 と、どこぞの三者面談のあとのような当たり障りないコメントを残し、こそこそ退散。

 後ろから、


「ウルトス君……君は……」


 というやけに放心したようなレインの声が聞こえたが、聞こえないふりをする。


 どうせお小言に決まっている。

 こういう場合は逃げるが勝ち。


 というわけで、明日目覚めたら今夜の無礼を謝ることにして、この場はさっさと帰るに限る。



 こうして。

 後ろからビンビンにレインの視線が突き刺さってくる、という気まずい雰囲気の中、俺の原作主人公たちとの邂逅は終わったのである。


 ちなみに、まさかの『ジェネシス計画』が一つもいい方向に向かっていなかった、どころか、ストーカーを発生させたあげく、原作主人公のやる気をそいでいたと知って、普通に頭が痛くなってきた俺は、その後一晩中頭を抱える羽目になっていた。


「もうダメ、頭いてえ……」








 ――が、しかし。

 このときの俺は知る由もなかった。

 レインの前から去って行く俺に対し、レインが


「まさか、ウルトス君。君は……うちのジークレインのために、命を懸けられるとでもいうのか……娘の夢を信じ切っていると……??」


 と絶句していたことなど知らずに、のうのうと眠りについていたのである。






―――――――――――――――――――――――――――――


レイン

→娘が原作よりボコボコにされて「ちょっと無理でしょ……」と娘の実力を信じ切れていない。すべてはジェネシスのせい。


主人公

→「原作主人公のジーク君に頑張ってもらおう!」という甘いもくろみがご破算。たぶんジェネシスのせい。


ジーク君

→男性主人公だったら「ジークハルト」、女性主人公を選んだら「ジークレイン」。どちらも愛称は「ジーク」でることに加え、そもそもどちらにしろ、整った顔つきをしているので、奇跡的にウルトスは男だと思い込んでいる。









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