第11話 これが俺の(クズ)レス・オブリージュだ!
「ってことがあったんだよね、父上とさ」
「……っそうですか」
「じゃあね、リエラ。お休み」
「……はい、ウルトス様」
父上との話し合いが終わった後、俺はすぐさま自分の部屋へと戻り、リエラに経緯を教えていた。
そのまま、もう夜なので別れを告げる。
遠ざかるリエラの足音を聞きつつ、一息つく。
なんかリエラ、テンション低くない??と思ったけど、それもつかの間。
俺は渾身のガッツポーズをしていた。
「完璧だっ……!」
いやだって……ねえ?
余計なことしかやらない、言わないことに定評のある父が余計なことを言うかと思ったら、案外ものすごい幸運を持ってきてくれたのである。
感謝せずにはいられない。
そして何より。まず今回の話は条件が良すぎる。
例えば今回、この一件にのこのこ首を突っ込んだとしても、特にストーリーには絡まないだろう。というのも、原作にはこんなイベントなかったからだ。
つまりジェネシスの時には、散々、ストーリーとかメインキャラたちに神経を尖らせて配慮をしていたが、今回はとくに原作側を意識することがないのである。
うん、素晴らしい。
まあ、ジェネシス事件ではだいぶこっちも苦労したのだから、たまにはこんな感じでゆっくりできる展開もいいのかもしれない。
そして、いい点は他にもある。
それは、主人公のジーク君の父親レインが付いてきてくれている、ということである。
レインは非常に強い。ゲーム中でも、その強さは折り紙付き。なんと、あのS級冒険者以上と名高い存在なのだ。
ジーク君と仲直りしつつ、そんな父親とも知り合うことができる。これを幸運と呼ばずして何と呼ぶか。
まあ、たしかにちょっと心配な点がなくもない。
主にクズトスの評判とか、評判とか、評判とか。
さっきの夕食でも、わが父上はドヤ顔で、
「ビキニアーマーという檻を抜け出して、飛び立つか……」などと厨二病のようなことを言っていた。
もし、あの調子で父上が「ビキニアーマー説法」を各地で繰り広げていたら、俺の評判は想像よりもはるかに悪くなっているはずだ。
が、しかし。
今回に限って言えば大丈夫そうだ。
ジーク君だって、鬼ではない。
ゲームの主人公というのは、結構物分かりがいいのである。こっちがしっかりと誠意を見せていれば、しっかりと友達認定してくれるだろう。
そうと決まれば、仲良くなりそうなきっかけを作るべきだ。
例えば、一緒に風呂に誘う、とカ。
「……意外といいかもな」
そう。悪くない気がする。
表面上、俺の方が立場が上だから断りにくいだろうけど、一緒に気持ちよく風呂に入れば男の友情が成立しそう……な気がする。
もちろん、一回一緒に旅行に行っただけで、親友クラスになるのは無理な気がするけど。まあ徐々にステップアップしていけばいい。
将来の英雄様と仲良なって、俺の将来は安泰。
次いでにやる気も出してもらって、修行をしてもらわねば。
立ち上がり、真剣な口調でつぶやいてみる。
「まあでも、これが俺の義務だからな」
そうだ。
これこそが、クズレス・オブリージュ。俺はあらゆるクズ行為を清算し、完全無欠なモブAを目指すのである。
「――ここでやらなきゃ誰がやるんだよ」
力を込め、己に言い聞かせる。
そう。
ここでやらなきゃ、俺のモブ生活はお先真っ暗。
俺は安泰の将来を作り出すために、必要とあらば、ジーク君の靴だって舐めるような覚悟だ。
「さあて。始めようか……ジェネシス計画を――いや」
いや待てよ。
今ジェネシスと言いかけてしまったが、そもそもジェネシス計画は結構微妙だったことを思い出した。
ジェネシス、と名乗ってしまったことによる数々の困難。
せっかくの街へのお出かけなのに、なんか陰気臭い部屋に閉じ込められ同い年のバカ貴族に付き合わされ、ずっと水を飲んでいたこと。
まあまあ眠いのに、夜通しでチンピラ+剣ペロと戦って一夜を過ごしたこと。
最終的に、市長の部屋を壊してしまったこと。
うん、まあつまり。
「……なんか微妙だな」
そう。
やっぱり思いなおした。
ジェネシス計画は終わり。
ここは心機一転。新しい名前を付けるのがいいかもしれない。
我ながらちょっとも厨二っぽいな?と苦笑するが、こう言うのは要するに気分の問題である。
俺は窓の外の夜空を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「クズレス・オブリージュ。第2の計画――『ジャッジメント』計画をな」
ちなみに、なぜ『ジャッジメント』なのかというと、今回はジーク君を励ましてジーク君の友達認定してもらうことが最も重要だからである。
つまり、ジーク君のジャッジに耐えられるかどうかが肝なのだ。
「厨二臭かったかな?? まあいいや」
こうして大収穫を得た俺は、来るべき「ジャッジメント計画(ジーク君に友達判定してもらうために何でもする、靴だって舐める計画)」に向けてぐっすりと寝床に着いたのである。
願わくば、知り合い、いや友達レベルまでいけたらいいなと思いつつ。
♦♦
「じゃあね、リエラ。お休み」
「……はい、ウルトス様」
主――ウルトスを部屋まで送った帰り、リエラは扉から離れ、そのまま廊下を歩いた。
が、少ししてリエラは廊下を引き返していた。
なぜなら。
(ウルトス様はどうお考えなのかな?)
リエラの主は、常日ごろから「もう仕事はしたくない」「面倒なのはごめんだね」などと、のんびり言っていた。
だからこそ、部屋に戻ってきたウルトスからその話を聞いたリエラは、心配していたのだ。
――ウルトス様は急に降ってきた今回の一件をどう思っているのだろうか?と。
邪魔しない様に足音を立てずに、戻る。
主の部屋が見えた。
「……ウルトス様」
やはり主は迷っているのだろうか。
たしかに、リエラはウルトス様の活躍を世間に知ってほしかった。でも、ほかならぬウルトスが行きたくないのであれば、今回は行かなくたっていい。
(行きたくないなら、それでリエラは、大丈夫ですから……!)
そのまま、意を決して扉を叩こうとしたとき。
ふと、かすかに声が聞こえた。独り言のような、ウルトスの声。
『――まあでも、これが俺の義務だからな』
「えっ」
思わず足を止める。
あくまでも砕けた口調。しかし、その扉の向こう側から聞こえた口調には、いつものウルトス様にはない真剣さが宿っていた。
義務。俺の義務。
『ここでやらなきゃ、誰がやるんだよ』
伝わってくるのは、強い覚悟。
あくまでも自然体。
だからこそ主の言葉は、いや主の覚悟は、どこまでもまっすぐにリエラの心に沁み込んだ。
『始めるか……レス・オブリージュ……計画を』
「………………」
リエラは呆然としていた。
そして、扉の向こうから聞こえた最後の言葉。
かすれて良く聞こえなかったが、リエラには思い当たる言葉があった。
「……ノブレス・オブリージュ」
リエラは呆然とつぶやいた。
――弱きを助け、強きをくじく。
それは、使い古された理想の貴族像だ。
現実はそんなものでは無い。いやむしろ、そんな立派な貴族がいないからこそ、そんな言葉があるのである。
が、しかし。
ウルトスは、リエラの主は人知れず、その理想を体現しようとしている。
他人からの称賛も、世間からの評判のすべても無視して。
「………ふふっ」
リエラは口を押えて笑った。
昼間の、のんびりした雰囲気とは一風変わったウルトスの姿。
それはリエラだけが知っている、本当のウルトスの姿。
才能も努力もすべてを道化の仮面で隠し、自身の義務を全うしようとする、その姿。
いったいどれほど、困難な道なのか。
いったいどれほど、大変なのか。
「そっか……そうですよね」
でも、とリエラは思った。
(それこそがウルトス様が目指す姿なんですもんね……)
そんな主の邪魔をするまい。
リエラはゆっくりと道を引き返した。
(たとえ他のみんなが疑っても、私だけは絶対にウルトス様を信じていますから)
まさかその主が、同い年の子の靴を真剣に舐めようかと考えているとはつゆ知らず、主への尊敬の心を胸に、リエラは笑みを浮かべながら上機嫌で屋敷を歩くのであった。
ちなみに、翌日。
昨日、テンション低かったけど、大丈夫かな?と心配したウルトスに対し、
「今回はどんな巨悪を打ち砕くのですか? ウルトス様」とリエラが笑顔で尋ね、
そのにこやかな笑顔とはかけ離れたあまりの脳筋的思考に、「この子は、バーサーカーか何かかな???」と若干引かれてしまうのだが、リエラの忠誠心は留まるところを知らなかった―
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ウルトス「クズレス・オブリージュ、(しぶしぶ)やるかあ」
↓
今回のMVP、扉くん「……レス・オブリージュ……か……」
↓
リエラ「の、ノブレス・オブリージュを全力で遂行するのですか!?!」
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