第10話 能ある鷹は爪を隠す
「……では父上。早速呼び出された用件をお伺いしたいのですが」
リエラに呼ばれ、屋敷の食事用の部屋に入る。
そこで俺を待っていたのは豪勢な夕食と、相変わらず人の良さそうな感じの我が父上だった。
すでにワインを飲み始めていた父上は、非常に上機嫌だ。
あまりいい予感がしないが、しぶしぶ椅子に腰を掛ける。すると俺が座るなり、父が話し始めた。
「そうだね。早速、本題に入ろうか。2週間後、とある都市で、非常に重要な外交の案件があってね。残念ながら私はいけないが、ランドール公爵家から1人行ってもらいたいと考えている」
そこまで言って、父上が一息ついた。
「――我が息子、ウルトスよ。名を挙げるチャンスに興味はないかな?」
「…………」
明らかに何かを期待するような父の目線。
完全に父上の視線からは「ウルトス、チャンスだぞ!」という思惑が透けて見えた。
が、そんなチャンスはノーサンキューである。
俺は父の思惑に気が付かないふりをして、笑顔で答えた。
「あ、大丈夫です」と。
「そうだろう、そうだろう。やはり貴族たるもの名を挙げなくては……大丈夫??」
「ハイ大丈夫ですよー、父上。お気遣いありがとうございます」
「…………う、ウルトス?」
「いやあ、今日も我が家の食事は絶品ですね」
固まったような顔の父と、俺の笑顔が交差した。
とどめだ。
爽やかな笑顔を浮かべ、ダメ押しとばかりにもう一度宣言する。
「あ、本当に大丈夫ですから」
「えっ」
愕然とする父。
そんな父を横目に、俺は食事をつまみながら、やれやれとため息を付いた。
♦♦♦
要するに、我が家の聡明なる――もちろん皮肉だ――父上のご提案はこうである。
他国も出席する重要な外交。しかし、自分は忙しくて行けない。
あれ、でもうちの息子ウルトスが空いてるじゃん!
よし、我が息子よ行け!!
……とまあこんな感じである。
なるほど、素晴らしい発想力だ。他の出席者からどう思われるか、という点を全く考慮していないことを除けば。
そもそも先ほどもリエラに言ったが、俺は目立つのはNGだし、こんなガキが外交の場に行ったって顰蹙を買うだけだろう。
ランドール家は名家中の名家だが、 現状、いい人なんだけど抜けている両親+クズトスという迷コンビによって、
「……今代のランドール公爵、まあうん……悪い方たちではないのだけど……」
と、社交界で絶賛微妙な扱いを受けている最中である。何が悲しくてこれ以上、自分で悪評を広めなければいけないのか。
しょげている父に一応釘を刺しておく。
「父上。自分は本当に行くつもりないですからね」
が、その時。
「ふっふっふっ……」
俺の言葉で落ち込んでいた父が顔を上げ、にやりと笑った。
怪しげな笑いと共に。
「ウルトス。僕が気付いていないと思ったのかい?」
「――は?」
顔を上げた父は、不敵な笑みを浮かべたままだった。
呆気にとられる。
が、次の瞬間、寒気が走った。
急変した態度。それに、「僕が気付いていないと思ったのかい?」という意味深なセリフ。
気づかれた??? 何に???
まさか、こっちのゲームの知識のことを気付かれている??
「ふっふっふっ」
「…………」
のどかな夕食の場。
眼の前の父はちびちびワインを飲んでいるが、俺は一気に警戒心を上げていた。
臨戦態勢。気づかれないよう、息を整える。
いつでも戦闘に移れるように。
たしかに、甘かったのかもしれない。
父親を――舐めていた。
馬鹿か俺は、と思う。
完全に先入観だった。眼の前にいるのは、ランドール公爵家の長だ。
たしかに原作ではグレゴリオになすすべもなく騙されていた、希代のお人好しである。が、それはあくまでも自分の知っているゲームの話。
そう。
あくまでも目の前にいるのは、王国に名だたる公爵家の当主。
普通の神経をしていたら、どんな親バカでも、ちょっと前まで口を開けば「僕ちん」とか「ビキニアーマー」とか言いまくっていたバカ息子を外交の場になんて連れていくはずもない。
――とすれば、これは罠だ。
あくまで親馬鹿を装い、こちらを油断させる罠。
そうなるとまずい。
完全に疑われている可能性がある。
もう一度父親を見る。
ちょっと細い目つきで、のほほんとした暢気な顔つき。
が、油断してはいけない。
思えば、あのグレゴリオだっていかにも爽やかな青年風だったのに、あんなに手の込んだ芝居をしていたのだ。もしかしたら、うちの父もこのいかにも人のよさそうな顔もすべて計算されつくしたものなのかも――
「ウルトス。僕は、ついに気づいちゃったんだよ」
「……そうですか」
気合を入れ直し、油断なく答える。
何に気付かれた? どこまで気づかれた? どこからバレた?
高速回転する脳。最悪の場合に備える。
「では父上。一体、何に気付かれたんです?」
魔力が体内を一気に駆け巡り――
「我が息子が、ついに本気を出したんだってね!」
「……ん?」
なんか、思ってたよりも平和なセリフが耳に届いた。
「本気を出した……? ですか?」
呆然と父を見る。
いや個人的には、
「お前は元のウルトスではない、おかしいぞ!」とか、
「貴様、この前のリヨンで夜何をやっていた!!」くらいは言われると思っていたのが。
……本気を出した????
が、唖然とする俺の前で、父上は「うんうん」と一人熱心にうなづき始めた。
「少し前まで『僕ちん』とか『ビキニアーマー』にあんなに執心していた甘えん坊の息子が、今やこんなに立派になって……私は嬉しいよ。最近のお前は『人が変わったように真面目』と評判だ。ついに、ついにお前も、ランドール公爵家の1人息子として自覚を持ってくれたんだな……!」
あ、そっち???
ドン引きしながら父を見る。父は感極まって目頭を抑え、泣いていた。
………いやいやいや、待て待て待ってほしい。
もしかして、この父上。このウルトスの急な変貌ぶりを……ちょっとやる気を出した、で納得するつもりなのだろうか???
慌てて認識を問い正す。
「ち、父上はその……僕の発言をおかしいとは思っていなかったのですか? その、人前で、なんとかアーマーとか恥ずかしげもなく言っていたやつが急に真面目になったんですよ!」
もう半分拷問に思えてきた。
なんで自分が言った体で「ビキニアーマー」のことを説明しないといけないんだよ……。
「何を言っているんだい、ウルトス。たしかに、『ビキニアーマー』などというお前を、私たちはほんの少し心配していた」
なるほど、あの伝説の「ビキニアーマー発言」は、ランドール公爵家の品位を傷付けた挙句、せっかく集めた兵士を離散させた最悪の第一声だったが、両親はちょっと心配していただけだったらしい。
残念だ。
把握していたのであれば、頼むからぶん殴ってでも止めてほしかった。
「だがな、ウルトスよ。若い時にはそういうこともあるもんだ」
「は、はぁ……」
こっちをちらちら見ながら、ちょっといいことを言ったぞ、みたいな雰囲気を醸し出す父上。
どうやらうちの父上は、息子が「僕ちん」とかいう品性の欠片もない一人称で屋敷の中で威張り散らし、「ビキニアーマーの女冒険者を呼べ!」と放言していたことを「若気の至り」の一言で済ませるつもりらしい。
凄い。立派な狂人だ。
俺もこの世界で、グレゴリオやエンリケとか色々と危ない人間は見てきたつもりだったが、鈍感度というか狂人度では父上も結構上かも知れない。
「あのですね父上……」
ため息をつく。
結果、要するに父は俺の変化に気が付いているが、単にやる気を出し始めたと解釈しているらしい。
体内の魔力の循環を止める。むやみに警戒してどっと疲れたが、まあいい。
こういう場合、一番いいのは正論で返すことである。
「そもそも、その場に同年代の子はいないのでしょう? だったらそんな場に僕だけというのはちょっと」
俺は、すでに酒に酔い始めたのか、
「能ある鷹は爪を隠すというのは本当だなあ、うちの息子もビキニアーマーで世間の目を欺くとは……!」と謎の感動をしている父に言った。
……いや、そもそもビキニアーマーは世間を欺くためでも何でもない。
単にお宅の息子の性癖である。
「いや、今回は同年代もいるんだ。実はそもそも同行者がいてね」
「同行者? どなたです? そんな重要な外交の同行者って、場所が場所ですし、かなり高名な方じゃないとダメだと思いますが」
「ウルトス。君も噂を聞いたことがあるんじゃないかな。リヨンの騎士団長――レインさ」
「……へえ」
意外な名前が出てきた。
レイン。
なんやかんやこの前は、ジェネシスの姿だったし、剣ペロのバルドに邪魔されたので、全然顔を見れなかった。
たしかに、レインは原作でもネームドの強者だったし、同行者としてはうってつけの人材だろう。
それに顔を売っておいて損はない人物で――
と、そのとき。
俺の胸にある予感がした。
今回の同行者は、レイン。
そして、同世代の子もいるという父の言葉。
「父上、同年代ってもしかして……」
「ああ、その通りさ!」
父が陽気にうなづく。
「レインのお子さんも来るっていうんだ。まあ、だからうちの子も一緒に――」
「なぁるほど」
父の話を聞いた瞬間。思わず、笑みがこぼれていた。
俺の計画『クズレス・オブリージュ』は成功した――かに見えたが、その結果、本来の主人公ジーク君は、いまだにトラウマを抱えてしまって動かなくなってしまっている。
そう。
俺は悠々自適なモブ生活のため、絶対にこの状況を何とかしなければならない。
足りなかったのは、後1ピース。どうしても、ジーク君との接触ができなかった。
が、今まさに、そのピースが埋まろうとしている。
むしろ向こうからやってきてくれるとは。
「父上」
にっこりと笑う。
俺は父親に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「前言撤回させてください。気が変わりました、詳細を伺っても?」
――まだまだ、俺のクズレス・オブリージュは続いているのだから。
ちなみに、俺の返事を聞いた父上は、それはそれは感動していた。
「ウルトスよ……! それでこそ、我がランドール家の次期当主だ!」
「はい、父上に託された使命を果たして参ります」
泣きすぎてメイドからタオルを受け取っている父を見つめる。
まあ、全体的に「大丈夫かなこの人」と思っていたが、今回は父上のおかげである。
俺は乾杯でもしようかと腰を上げた。
「ウルトス……お前……」
「乾杯ですよ、父上」
そうか、と父上はグラスを傾けた。
とびっきりの笑顔で。
「能ある鷹は今まさに飛び立とうとしているんだな――ビキニアーマーという鎧を脱ぎ捨てて」
と言いながら
「父上。外交に行くとか言う話の前に、その単語、もう金輪際二度と人前で使わないと誓ってください」
こうして俺は、
「息子が本気になってくれたのはいいが、ちょっと私に当たり強くないかな……?」とメイドに助けを求める父の前で、詳細を尋ねることになったのである。
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