第9話 ウルトス様は世界一なんです……! 誰が何と言おうと世界一なんです!!


「さて、どうしたものかな」


 あれから屋敷に帰った俺は、カルラ先生からありがたく受け取った呪いのネックレスを塩に漬けたりしていた。

 なにせカルラ先生のお手製である。注意するに越したことはないだろう。


 ちなみにカルラ先生はその後、王都に向かって去っていったようだ。到着は3、4ヵ月ほどかかるだろう。

 

 さらば、カルラ先生。

 願わくば、学園に入ったらぜひ、「昔の家庭教師先のガキ」ということで、ちょっとは優しくしてほしいものである。




「あ~~~どうしよ」


 が、しかし。カルラ先生からの好感度はちょっと良くなかったかもしれないが、残念ながら、状況は一向に変わっていなかった。


 そう。

 俺のモブ生活……というより、この世界の根幹に関わってくる「ジーク君、全然やる気ない問題」がいまだ解決していない。


 依然として、ジーク君とのツテはないまま。

 接点がないと不自然でどうも動きづらい。とはいえ、勝手に接触してジェネシスの時のように変な印象を持たれても困る。


「ハイハイ、拝啓イーリス嬢へっと」


 半ばあきらめたまま、自室の机に座り、手紙を書く。

 ちなみに、いま俺が手紙を書いてる相手はイーリスだ。


 イーリスからは「この前の発言はなんだったの? 教えなさい」とか「早く領地に来なさい。もしくは私がそっちに行くわ」など、なんともありがた迷惑……ではない。心温まるメッセージが大量に届く。


 家の格的には無視しても問題ないのだが、相手は王家の血筋を引くとかいう訳のわからない属性の男爵令嬢だ。

 触らぬ神に祟りなし。


 ということで俺は、やれ、「お腹が痛い」とか「魔力の調子がちょっと……」などという当たり障りのない返事でお茶を濁しまくっていた。


「いや、『魔力が暴走して寝込んだ……』は前も使ったか。『魔力の不調で全身がけいれんして……』は、いけるか?? そろそろ病気のネタも尽きてきたな」


 が、


「ウルトス様、またそんなお手紙を」と、そんな俺を咎めるような声が聞こえた。

「なんだい、リエラ」

 

 振り返ると、美しい金髪ロングがまぶしいメイド――リエラがちょっと呆れたようにこちらを見ている。


「ウルトスさまは、こう……何か、次に動き出したりしないんですか?」

「動き出すとは?」

「リヨンではせっかくあれほど華々しい成果を上げたのに……、そもそも私は悔しいのです……! ウルトス様があれほど活躍されていたのに、何も名誉が与えられないなんて。だいたい最近は、嘘のお手紙を書いたり、変なネックレスをもらったりで全然、動き出されないじゃないですか!!」


「言っておくけど、リヨンみたいなことは当分やるつもりはないからね」


 一体この子は俺に何をさせたいのだろうか。

 いちおう、ちゃんと釘をさしておく。

 

「で、でも……私はウルトス様の活躍を世間に知ってもらいたいのです……」


 悲しそうにうつむくリエラ。美人だし絵になる。

 が、リエラ君。そんな捨てられた犬のように切ない表情をしても無駄である。


 俺は自分のやらかしたことを言うつもりはない。


 当然だ。

 どこの間抜けが自ら「広域犯罪組織と事を構えた」とか「市長を夜中に襲った」とか言わなくちゃいけないのだろうか。まるでこっちが話の通じない野蛮人のようではないか。


 しかも情報源は、ゲームで知っているから。

 完全に狂人扱いされるのがオチだろう。


「じゃあせめて、次の華々しい活動をなさってください!」

「例えば?」

「そ、そうです! 例えば――」 


 そう言ってリエラがすかさず、手帳を取り出す。

 初めて見るアイテムである。


「なにそれ?」

「メモです! 最近、毎晩寝る前にウルトスさまの活躍を考えているのです」


 なるほど、うちのメイドはだいぶ疲れているらしい。

 今度休暇でもあげようかな????


 そんなことを考えつつ、リエラに相槌を打つ。


「……で、例えば、どんな活躍?」

「はい! まずはですね、ウルトスさまが他国との外交の場に出かけるのです」

「へぇ」


 外交の場。

 あまり心惹かれないが、ランドール公爵家は一応中々の名家である。

 可能性としては――


「まあ、ありえなくもないかな」

「ですよね! それから~~」


 そう言ったリエラが目を閉じた。

 うっとりしたような表情を浮かべる。




「外交の場で、瞬く間にウルトスさまが、各国を手玉に取りその場を支配してしまうんです!」

「なるほど?」


 よし、休暇を上げよう。


「リエラ……疲れたら無理しないでね」

「い、いえ。なんですかそんな可哀そうなものを見るような顔して!! わ、私は疲れてませんし、本気ですからね!」

 

 や、正直本気の方が怖いんだけど。


「……各国の外交の場に、なんで子供が出ていくのさ。だいたい、各国のおえらいさんもそんな馬鹿じゃないでしょ」

「いえ、どんな各国の知恵者だろうと、本気を出したウルトスさまには敵うはずもありません! ウルトス様は見事各国を手球に取り、存在感を高らかに示すのです!!」

「…………そ、そか」


 ワクワク、キラキラしたリエラの視線。

 が、こっちは「この子、マジか???」という気持ちでいっぱいだった。


 だいたい、何なんだろう。 

 子供が各国の外交官を論破!という、なんか雑なネット小説みたいな展開は。


「リエラ、そんなこと現実に起きるわけ無いよ」


 おれはため息を付いて、どうしても俺をモブ人生から遠ざけようとするメイドに言った。


「だいたい、父上だってそんな場所に僕を出すほど馬鹿じゃないさ」


 そんなわけないじゃないか、と。


 我が父上はたしかにお人よしで、世間知らずで騙されがちだが、案外ああ見えて貴族的な常識はわかっているはずだ。

 いくらゲーム内ではグレゴリオにいいように操られていた父上であっても、子供をお使いに出すような感覚で、外交の場に出すわけがない。


 それに、そもそも、俺には他にも色々やらなきゃいけないことがある。そんな中で、どうしてわざわざそんな地雷を踏みに行かなければならないのか。


 厄介ごとはごめんである。

 そんなこんなで、俺は不満な顔のリエラを煙に巻くのであった――









 が、しかし。おれは忘れていた。 

 この世は思っているよりも馬鹿が多い、と。





 数日後。

 ふと屋敷に帰ってきた父の前で俺は固まっていた。


「……父上。もう一度、言っていただけます?」


 ああ、と。

 父上はとびきりの笑顔でこう答えた。


「ウルトス。ぜひ、ランドール公爵家を代表して、他国との外交に行ってくれないか?」




 ――はい?????

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