第8話 強さを求めた最愛の弟子 side:カルラ
「また会おう。我が弟子よ――」
カルラは、小屋から去り行く弟子を見つめていた。
やがて弟子の姿が消える。
もう弟子に見られていないだろう。
「ふぅ」とため息をつく。
カルラの心の中にあったのは、圧倒的な安心感だった。
なぜならカルラはたった今、ある仕事を終えたばかりだから。
補助魔法に、ネックレス。
そう、これで。
大魔導士カルラは、自分の作戦が成功したことにぐっと拳を握った。
ここまでやったら、きっと――
(うっくんは、戦いを諦めてくれるはずだから……!)
――ウルトス・ランドール。
ランドール公爵家の一人息子にして、カルラの弟子。
「新しい修行方法を考えてみたんですが」といってはニコニコ笑顔で、ルールガン無視・危険性ガン無視の狂気の修行法を発表し、魔法を教えてみれば、なぜか戦闘方面にばかり凝るこの危険な弟子を、カルラは心底案じていた。
そして。
「そ、そうですか、リヨンに行ったと」
「ええ」
ウルトスがリヨンから戻って少し経ったとき、カルラは弟子から報告を受けて、くらりと眩暈を感じていた。
(やっぱり……気配が変わってる……!)
リヨンの街で貴族の顔見せをしに行って以降、ウルトス――いや、うっくんの気配が変わっていた。
例えるなら、何かが成功してちょっと満足したような。
だから、カルラは恐る恐る聞くことにした。
「我が弟子よ」
そう言いながら「えほん」と咳をし、なるべく厳かな感じで問いかける。
「なんでしょう?」
「その……あのぉ……リヨンでは何をしたのかな?」
「あぁ、両親と会ってパーティですね」
そ、そう言うことではなく……。
くっ、埒が明かない。
カルラはもっと直球でケリをつけることにした。
「そ、そのだね、我が弟子よ。そのリヨンで良くないことに巻き込まれたような気がしたのだけども。気配的に」
「…………あぁ~」
少し間が空く。
「ええ、ちょっとですけどね。エンリケと一緒にいたら良くない男たちに絡まれまして」
「ふむ。大事なかったかい?」
「ああもう、それは全然」
なるほど、とカルラは思った。
――良くない男たちに絡まれた。
きっと、街の裏路地でゴロツキと揉めた、レベルだろう。
(よかった……とりあえず変なことに首を突っ込んでなくて)
安堵。カルラがそこまで心配していたのには理由があった。
ウルトスがリヨンに行った時同じくして、リヨンではとある事件が勃発していたのである。
やれ、リヨンの郊外では、英雄と呼ばれる男・レインが『バルド』と名乗る実力者とぶつかり合い、とある村では『ジェネシス』と名乗る男によって盗賊が一網打尽にされ、最終的には、リヨンの街の市長として辣腕を誇るグレゴリオの市庁舎が突如として雷の魔法で破壊されていた。
そう。
ちょっと前まで、それなりに平和な都市として有名だったリヨンは、今や、「魔物が出没する辺境の地よりもよっぽど危ないのでは?」と、王国内でも一躍有名になっていたのである。
だからこそカルラは、この強さを求める弟子が変なことに首を突っ込んでいないか、しっかり点検していた。
結果、ただのごろつきと喧嘩しただけ、らしい。
まあそれなら、いいだろう。
(最悪、3つの事件のどれかに関わっているかもと思っていたけど……うん、杞憂だったみたい)
そもそも、裏社会の人間だって、こっちからむざむざ相手のところに乗り込んだりしなければ、関わり合いのないものなのである。そして、まさかランドール公爵家の一人息子がいくら無鉄砲だとて、裏社会の人間相手にちょっかいを掛けるわけがない。
カルラは、ほっとため息をついた。
しかし、同時に。
(でも、エンリケ……ね)
カルラは弟子の口から出たとある人物を知っていた。
エンリケ。
カルラ自身はあまり冒険者と関わりがないが、素手でオーガと殴り合ったという逸話を持っていたりと、完全に能力が魔法ではなく筋肉に行ってしまった男だと聞いている。
噂によると、脳みそまで筋肉でできているらしい。
カルラだって、ランドール家の屋敷にエンリケがいることは知っていた。
うっくんが危険な修行をしていないか確かめるため、屋敷を監視……ではなく、姿を隠して遠くから屋敷をこっそり見ていた際に見かけたことがある。
風貌は、完全に浮浪者一歩手前。
そして匂い立つ、危険なほどの強さ。
カルラの冷静な頭脳はすでに答えを導き出していた。
どう見ても、うっくんは、件の脳筋男エンリケに影響されている。もしくは、あのエンリケとか言う男が、嫌がるうっくんを無理やり外に連れ出し、ごろつきに襲わせたのかもしれない。
ああいう冒険者という輩は出世への意欲が強い。
カルラの脳内で、「クックック……ほら坊ちゃん、戦ってみろよぉ!」とゲス顔を浮かべるエンリケと、無茶ぶりをされ、おびえるウルトスの顔が思い浮かんだ。
「……さいってい……!」
思わず本音が漏れた。
「何か言いました?」
「い、いえなんでも」
目の前のいたいけな少年を見る。
「我が弟子よ」
このままだといつの日か、余計なことに首を突っ込んでしまう。
だからこそ、カルラは一計を案じた。
「あなたに次の修行を告げます。それは――補助魔法の修行です」
具体的には攻撃的な魔法の禁止。
カルラは心を鬼にして、ほとんどの人間がまずに学びたがる攻撃魔法じゃなくて、補助魔法の修行を優先したのである。
「……はあ。急に補助魔法……ですか? でもなぜ?」
よくわからない、と言った表情のウルトス。
「そ、それは……」
カルラは詰まった。
戦いを求めている弟子に、なんと言ったらいいものか。きっと、こういう年頃の子は「君が心配なんだ」と本当の理由を言っても、反発されてしまうだろう。
思春期とはそう言うものだ。カルラにも覚えがある。
「その~~~」
そして。
そんなカルラが行きついた作戦は――
「その……ほら、攻撃魔法だけだと、ま、魔法的な……バランスがね。ちょ、ちょっと悪い気がしなくもないっていうか、あははは」
秘 儀 、 け む に 巻 く 。
汚い大人の手法だとはわかっている。だって、弟子の強さへの思いを知っていながら、補助魔法を勧めているのだから。
でも、それでもいい、とカルラは思っていた。きっといつか、うっくんもわかってくれるはず。
(これも君を、闘いの輪廻から外すためだから……!)
こうして、カルラと弟子のうっくんによる補助魔法の修行が始まったのだった――が。
ウルトスは、微妙な表情で「バランスなんてステータスあったっけ?」とカルラを見つめていたし、誤魔化すのに必死だったカルラには、ウルトスのドン引き具合が一切伝わっていなかったが。
♦♦♦♦
というわけで、無事、補助魔法をウルトスに覚えてもらい、ネックレスまで渡せたカルラは、先ほどの【変装】の魔法を思い出して、非常に満足していた。
小屋の中、人知れず達成感に酔う。
「うんうん」
(我ながら完璧な作戦……!)
補助魔法をよくぞここまで修行してくれました。
そしてあの没頭っぷり。きっと、うっくんは補助魔法の楽しさに目覚めて、戦いなんて興味がなくなっているはずである。
この時ばかりは、世間で冷たいと呼ばれるカルラも上機嫌だった。
でも、自分でも意外な心境だった。
まさか。
「私が学園に行くことになるとは、ね……」
カルラは元々自由気ままなタイプの魔法師である。特定のグループに属することもなければ、誰かと共に過ごすこともない。学園に所属するような魔法師ではないのである。
それはカルラの辛い過去から来ていた。
尊敬していた兄との別れ。唯一プレゼントを渡した相手である兄は、力を求め、去ってしまった。
それ以来、カルラは他人に心を許したことがなかった。
何軒か貴族の家に行き、家庭教師をしたこともある。が、ただの一度たりとも「弟子」と呼んだことはない。
ウルトスを除いては。
そう。ウルトスはどこかで兄に似ている。
強さをどこまでも求めている。愚直なまでに。
だからだろう。
気が付けばカルラは、ウルトスから目が離せなくなっていた。
そして、そんな真っ直ぐ強さを求めるウルトスと触れ合ううちに、カルラは学園に行きたいという気持ちになっていた。
もう少し魔法を学びたい。
ウルトスのひたむきさが、今まで人を遠ざけていたカルラの、凍てついた心を動かしたのだった。
「ふふっ」
天井を見つめる。
あの事件以来、アクセサリを作ったことはなかった。あのトラウマのネックレスを他人にあげ、挙句の果てに学園に行くなんて、かつてのカルラでは考えられない事だった。
(だって、そうだよね? うっくん)
ウルトス。
いや、うっくんが自分から補助魔法を優先してくれたのだ。これで心配なことは何もない。強さを求めて、変な事件や闘いに首を突っ込むこともないだろう。
「じゃあ行きますか」
カルラはクスリと笑い、別れを告げた。
自分にとって最高の思い出。
――最愛の弟子のことを思い浮かべて。
そして、約3か月後。
カルラは王都の下宿にいた。
まさしく、とんとん拍子だった。王都でもカルラの評判は知れていたようで。学園にはすぐ入れることになっていた。研究費ももらえるし、自分はよりレベルアップできるだろう。
「頑張ってね、うっくん。私も、頑張るから」
物があふれ、少し汚い部屋の中でそう言って、ぐっと拳を握る。
「あ、そういえば手紙が来てたんだっけ」
思い出した。
そう言えば、今朝方、何か手紙が来ていたはずである。
「……ランドール領から?」
よく見ると、手紙はランドール領から来ていた。
もしかして、うっくんからだろうか。
いそいそと期待しながら、手紙を開ける。
どういう中身だろうか?もしかして、師匠がいなくて寂しい、とかだろうか。もしくは、先生に憧れて学園を志望しています!とか。
どちらにせよ悪くない。
「て、照れるなあ……我が弟子よ。ま、まあそんなに寂しいなら時たま寄ってあげなくもないこともないけど……」
手紙を読む。
中にはこう記されてあった。
――ウルトス・ランドール。重傷の上、意識不明の重体。
「そっかあ、意識不明の重体かあ。うんうん。うっくんだって、男の子だしそういうこともあるよね」
ん????
違和感。
もう一回読み直す。
「い、意識不明???? 重体????」
手紙に踊る、物騒な文字の羅列。
「ええええええええええええ!?!??!! なななななんでぇ~~~~~~!?!?!?」
この日、【氷の魔女】【絶対零度】と謳われ、決して表情を緩めぬ女魔導士
――――――――――――――――――――――――
カルラ先生
→ウルトスのおかげで他人との関わりを取り戻す。地味にストーキングするなど、ウルトス本人が思っているよりも感情が重かった。「補助魔法とネックレスもあげたし安全だよね!」と思っていたが、一か月後に絶句させられる。
ウルトス
→強さを求める危険な弟子。が、どこか放っておけないと思われている。ちなみに、リヨンの事件には首を突っ込んでいるどころではなく、すべての主犯格である。
エンリケ
→外見のせいでカルラ先生にはめちゃくちゃ警戒されている。どちらかというと坊ちゃんに振り回されている側。完全に誤解されている。可哀そうに。
★お疲れ様です。投稿速度が上がらなくて申し訳ない!!!!!!!!
純度100%の言い訳になりますが、改稿作業やら何やらで死にかけています。はっはっはっ。
全然コメントも返せていないので、今年の夏は『投稿速度アップ&コメント返し』を目標に頑張ります……(遠い眼
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