第7話 『ラスアカ』特級呪物


「これは……」


 目の前に差し出されたのは、天才魔道士カルラ・オーランドが作ったアクセサリである。


 欲しい。

 正直に言えば、めちゃくちゃ欲しい。


 一見すると、何の変哲もなさそうなネックレス。だが、俺はその性能をすでに知っていた。


「師匠」


 意を決して聞いてみる。


「それは魔法が付与されているんですかね?」 

「え、ええ! よくわかりましたね。そうなのです。私が自ら自作したものです」


 ぱあっと、わずかに先生の顔が明るくなった。


 間違いない。ゲームと同じだ。

 すなわち、このネックレスは、数々の魔法的効果を持った強力なアクセサリであるということ。


 それに、カルラ先生の手元をよく見てみると、手には少し包帯が巻いてあった。


「あ、いえ、これは」


 視線に気が付いたカルラ先生が、さっと手を隠す。


「師匠……」


 そもそも、基本的にカルラ先生は細かい作業が苦手だ。


 原作でも、食事を作るシーンでは、食事とは到底言えない消炭を食べさせようとしてくるし、作中屈指の強大な魔法使いにもかかわらず、大事な戦いの時に、薬でぐうすか眠らされてたりするし、


「後半からカルラ先生ってキャラ変わってない?」と言われるほどの、この上ないドジである。


 そんなカルラ先生が必死に作ってくれた、お手製のアクセサリ。


 性能には文句のつけようもなく、頑張って作ってくれたのだろう。

 思わず胸が熱くなった。


 ――だが、しかし。

 ゲームの知識を持っている俺は、同時にどうしたものか、と思っていた。


 そう。

 誰が想像できるだろうか。


 この一見、暖かみにあふれたアイテムが、まさか、数々の登場人物を不幸のどん底に叩き落す凶器のアイテムだとは。


「我が弟子……!」


 目をキラキラさせている先生に見えないよう、俺はこっそりため息をついた。

 




 そもそも、カルラ・オーランドは天才である。


 ゲーム内ではなんかズボラ、というか抜けた姿がほとんどで、いまいち真価を発揮できない彼女だが、一度戦闘状態に入るとめちゃくちゃな威力の魔法で暴れまわる。


 どれくらい強いのかというと、ゲーム内で最強ランキングでは確実に名が挙がるほど。そもそも戦いに参加できる機会が少ないが、【氷】の魔法は伊達ではない。


 本気を出した時の彼女は、この世界の最強格の一角を占めると言っても過言ではないのだ。

 が、そんなカルラ先生は同時に、まあまあな不幸属性を持ちだった。



 王国の、とある魔法の名家に生まれた彼女には、1つ歳上の兄がいた。

 彼女の兄は傲慢な男で、いつも自分の才能を鼻にかけていたのだが、ある日、幼少期から才能があふれていたカルラ先生は、初めての魔法で、兄よりも高度な魔法を完成させてしまったのである。


 もちろん兄貴の方は、妹のカルラが自分よりも才能があるとは認めたがらなかった。


 しかし。そんな微妙な空気の中、カルラ先生は、兄に魔法を付与したネックレスをプレゼントしてしまう。 

 もちろん、カルラ先生からしたら、煽りでも何でもなく親切心からだったのだが、コンプレックスど真ん中を突かれた兄貴は激昂。


 己の強さを求めて道を踏み外したは兄貴は、ネックレスを捨てて去ってしまう。

 そんな家を裏切って情緒不安定な兄上は、本編でもそのうちボス格として出てきたりもするのだが……。


 まあ、いいや。


 ここまでだったらよくある話かもしれない。

 が、カルラ先生のネックレスの不幸話はこれでは終わらなかった。


 時は経ち、原作開始の時期になると、カルラ先生は学園の教師になっている。

 さらに主人公のジーク君でカルラ先生のルートを進めて、好感度が一定になると、同じようにこのアイテムを、もらうかもらわないかを選ぶことができるのである。


 そして、なんと。

 


 ……そう。

 まったくもって意味が分からないが、なぜか運悪く他の女の子とイチャイチャしている場面を見られてカルラ先生がメンタル的に追い詰められたりと、ここまで良い雰囲気で進んでいた2人の仲が急速に悪くなる。


 最終的には、闇堕ち兄貴までもが乱入してくるのだから、もう意味が分からない。




 しかもひどいのが、ここまでの事件を引き起こしておいて、先生本人には何の悪意もない、ということである。


 ただ、大事な人にお手製ネックレスを配っただけで、兄貴が闇堕ちするわ、主人公は闇堕ちしかけるわ、最終的には彼女も闇堕ちする可能性があるわ、の素敵な三段論法。


 何なら、闇堕ちして一切のギャグ補正から解放された真のカルラ先生の戦闘力はすさまじく、味方だったと気とはまるで比べものにならなくなる。


 一度、そのルートを体験したプレイヤーは、「味方だった時も最初からこのくらい本気でやってくれよ……」とこぞって口にするほど。


 もっと言うと、何なら、『ラスアカ』の好評に伴い、公式がSNSで「カルラ先生のネックレスを販売するよ!」とつぶやいたところ、急遽ネックレスの制作を担当する会社が倒産したということもあるので、これはもうホンモノである。


 ゲーム内でもリアルでも、不幸をまき散らす恐ろしきネックレス。

 ――これがいわゆる、『ラスアカ』の特級呪物こと、『カルラ先生と呪いのネックレス』の全貌である。




 一体、どうしたものか。

 俺はカルラ先生の顔を見つつ、悩んでいた。

 

 実際、その闇堕ちルートに入ることを除けば、カルラ先生のネックレスはめちゃくちゃ性能はいい。序盤とは思えぬ破格の性能。


「じゃあ……」 


 そして、迷った果てに、俺が選択した答えは――



♦♦♦♦

 


「ありがとうございます。では師匠もごきげんよう。師匠が王都に着くころには、お手紙でも差し上げますね」


 結果、俺はネックレスを片手にカルラ先生に手を振っていた。

 小屋が次第に遠ざかっていく。


 ……うん。

 ちらりと右手に握るネックレスを見る。


 確かに、このネックレスは危険だ。


 実際、ゲーム内では『【氷】属性を操る魔法師』と紹介されていたが、一部のプレイヤーからは、「もう本業は呪いのアイテム職人でいいんじゃないかな」とか、「カルラ先生に一生ネックレスを作ってもらって、気に食わないやつに渡しておけば、この世界を征服できるんじゃね??」とも称されていたレベルの危険物である。


 が、俺はここに、一筋の希望を見出していた。


 カルラ先生のネックレスを渡して不幸になったのは、主人公のジーク君に、カルラ先生本人に、カルラ先生の闇堕ち兄貴。


 よくよく考えてみると、このラインナップは――本人を除けば、


 だからこそ、俺は思っていた。

 あれ、これいけるんじゃないか???と。


 そう。

 カルラ先生が、


 今の俺の現状を確認してみる。

 原作クズトスのように、セクハラ発言をしたわけでもないので、カルラ先生に嫌われてはいない。


 が、別に好かれているというほどではない気がする。

 カルラ先生からしても、「王都に行くから、家庭教師先の子供にネックレスでもあげるか~」くらいのノリだろう。 


 今は一応、「師匠」「弟子」と呼び合っているが、それだっていつまで続くかわかったものではない。

 原作が開始したら、カルラ先生だって原作のようにジーク君と仲良くなっていくはずだ。


 ちょっと悲しいが、そのころには俺はお払い箱。

 少しの間、家庭教師をした時の子供なんて、ほとんど記憶にないに違ない。


 例えるなら、小学校とか中学校では結構仲良かったのに、久々に会ったら、「こいつ……話が全然進まないな……」と思われるとか、そう言うレベルだろう。


「ちょっと自分で言ってて悲しくなるな」


 まあ仕方ない。よくあるやつだ。

 人間はこういう苦難を乗り越え大人になっていくのだろう。たぶん。


 何ならカルラ先生は、「どうしても気になる存在がいてね」と、訳の分からないやつに興味を持っていそうだったし、俺のことなんか速攻で忘れてしまうだろう。

 我ながら完璧な推理だ。


 というか、ゲームで見える部分では、大事な人にしか渡していなかったが、もしかしたらこの世界では、割と頻繫に配っているのかもしれない。


 家庭教師をした先々で、「良くできましたね」って感じにプレゼント。

 うん、結構ありそうな気がする。進〇ゼミ方式である。


 そして最近になって、貴族の子弟の中で急に不幸に見舞われた家が続出してる!なんてうわさも聞いたことがない。 

 

 というわけで、カルラ先生の不幸属性は、知り合い程度の俺には降りかからず、このアクセサリは単に性能のいいアクセサリとして働いてくれるはずである。


 まあ、ただし。


「一応……屋敷に戻ったら塩漬けにでもしようかな」


 多めに見積もって3日間くらいは。

 こうして俺は、カルラ先生の不幸属性におびえつつ、帰宅を急いだ。





 ――が、俺は後に知ることになる。


 カルラ先生のネックレス。

 と。





―――――――――――――――――――――



前話で勢いでネックレスにしましたが、今猛烈に、「別に指輪とかでもよかったんじゃないか?????」という疑問と戦っています。


プロットなし見切り発車だからね仕方ないね……(白目



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る