第6話 カルラ先生と呪いのネックレス

 魔法を唱え、鏡を見る。


「……すごいな」


 思わず声が出た。

 なぜなら――俺こと、クズトスの金髪がからである。


「【変装】。消費する魔力に応じて、対象の見た目を変える魔法」


 パチパチと拍手の音が聞こえる。


「補助魔法の中でも、あまり知られていない地味な魔法だけど、よく知っていたね」


 と、首をかしげながら拍手するカルラ先生。


「ええ、まあ。本で知っていたので興味がありまして……」

「ふぅん。基本的には、市販の魔導書には載らないような魔法だけど」 


 若干こちらを疑っていそうなカルラ先生の口ぶり。

 申し訳ないが、もちろん本で知っていた……なんてことはない。

 

【変装】とは、いわゆるキャラメイク用の魔法である。

『ラスアカ』では多少、キャラの見た目を変更することができる。その時に必要になるのが、この【変装】の魔法だった。


 が、この魔法は普通に不人気だった。


 そもそも、ゲーム内では主人公の見た目なんて大幅な変更はできない。やれても眼の色を変えたり、髪の色や髪形を変えるくらいである。

 そして、攻略やバトルに役に立つ攻撃魔法を捨てて、見た目を変えるだけのマイナー魔法をわざわざ主人公に覚えさせるアホはいない。


 ということで、この【変装】の魔法は、


「は? 誰がそんな魔法使うの?ww」

「【変装】を組み込むとかww おいおい変態かよww」


 と、大多数のプレイヤーにはスルーされる可哀想な補助魔法なのであった。 


 ネタプレイでしか目にかかれないような、いわゆるクソ魔法の筆頭格。

 比較的真面目にプレイしていた俺は、もちろん、存在は知っていたが、ついに一度も使うことはなかった。


 ――が、しかし。

 カルラ先生に戦闘用魔法じゃなくて、補助魔法にしなさい、と言われたとき。ふと頭をかすめたのが、この魔法だった。

 

 もちろん常識的には、髪の色を少しばかり変えることができてもあまり意味はないだろう。普通に戦闘用魔法を勉強していた方がはるかに利口である。


 けれど、俺に胸にはある予感があった。


 今後の展開が、『ラスアカ』と同じだとすると……途端に、


「あれ、この魔法、めっちゃ有用じゃないか?」と思えてきたのである。


 例えば、『ラスアカ』には、学園にいるときに敵組織に襲撃される、というイベントがある。要するに、中高生の妄想あるある「学校にテロリストが来てしまったんだが??」みたいなコテコテの中二病イベントがあるのである。


 俺はゲーム中で、主人公のジーク君が学園に入り込んだ敵組織と戦う様子を、楽しく拝見していた。

 襲い掛かる敵を蹴散らす主人公はカッコいい。


 が、忘れてはならない。

 後日、語られることによると、この学園襲撃事件では、まあ普通に、生徒側にも犠牲者が出ているのである。


 ――そう。

 どう考えても危ないのだ。


 この世界は割とイカレた連中が闊歩している世界観である。

 いくら「クズトス」としての悪行を辞め、モブとして溶け込もうが、危ないことには変わりない。

 

 けれど、そんなときに、この魔法が使えたらどうか???

 一瞬で髪の色を黒に変えたりして、見た目を変えてしまう。


 後は簡単な話だ。

 

 この魔法を駆使して、黒髪黒眼のモブとして、学院内でテロリストと主人公がドンパチやっている間、心置きなくキャーキャー逃げまわり、晴れてジーク君がテロリストをとっちめた後、拍手で称えればいいのである。


 カルラ先生の反応からしても、【変装】の魔法は、この世界でもマイナ―な部類の魔法。

 ほぼほぼ、バレようがない。


 完全犯罪。

 やばい、完璧である。 


「よしっ」


 広がる夢。

 思わぬ将来像に、俺は熱くなって拳を握っていた。


「どうなることかと思ったけど良かったなあ」

「……うん、本当に良かったぁ」

「えっ?」

「えっ?」


 聞き間違えだろうか??

 いま、カルラ先生がキリッとした顔を崩して、めちゃくちゃほっとしていたような気がしたが――


「……ち、ちがッ! お、おほん。我が弟子よ。よ、世の中には戦いだけではなく、このような魔法の使い方もあると知りなさい!」

「は、はあ」

 

 いやいや、やっぱり見間違えだったようだ。

 まさかあのカルラ先生が、主人公でもない俺に急にフランクになるとは考えられないし。


 というわけで俺は、何やら小さくガッツポーズをするカルラ先生に、今回の魔法についての感想を頂くことにした。



♦♦♦♦♦♦


「うん、申し分ないね。時間が経つと元に戻るけど――」


 そう言ったカルラ先生が頷く。

 鏡を見ると、髪の色は元通りになっていた。


「魔法としてはきちんと成り立っている」

「問題はなさそうですかね?」

「あとは精度かな。いまは一部の色を変えたりするだけだけど、もう少し精度を高めればもっと髪型……?とかも変えられると思う」

「なるほど、今日はありがとうございました」

 

 そう言って会釈。

 魔法についての講評を頂き、そろそろ時間も経ったので、カルラ先生の元を去ろうとする。


 そんな時、である。

 ふと、神妙な面持ちのカルラ先生が口を開いた。


「そう言えば、我が弟子――ウルトス。その……」


 もじもじとバツが悪そうな顔をするカルラ先生。


「君に話さなければならないことがあります」

「あれ? もしかして、自分の魔法に何かありましたか?」

「あ、いえ、今回の魔法は見事です。そうではなく……私の話なのですが……」


 そこまで言ったカルラ先生は、意を決したように、大きく息を吸い込んだ。


「私、王都に行くことにしたんです」





「……ああ、なるほど」


 意外だった。

 が、すぐに俺は、もうそんな時期か、と俺は理解した。


 学園。

 要するに彼女は、原作の開始場所である学園にお呼ばれしたのである。


 


 今のところ彼女は、さすらいの魔法師として正式な機関には所属していない。

 気が向くままに研究して、そして時々、貴族の家庭で魔法を教えたりしている。例えるなら、アルバイト的な感じだろうか。


 しかし、そんな生活には一つだけ欠点がある。

 ずばり、生徒の質である。


 まあ、ぶっちゃけ貴族の子弟なんていうのはピンキリである。

 ものすごいセンスがあり、原作でも華々しく活躍するやつもいれば、クズトスみたいに、ニタニタ笑って努力もしないくせに、才能がないと告げると逆ギレして速攻でクビにするとかいう地雷もいるのである。


 つまり、魔法師として正式な機関に所属しない、というのは結構ギャンブルなのだ。

 

 ちなみに原作では、カルラ先生は、クズトスの傍若無人っぷり、人間としてのレベルの低さにあきれ果て、学園に入ることを決意するという流れになる。

 




「でも、先生。良くここまで残ってくれましたね。決して、引き留めたわけでもないのに」


 むしろ、感謝したいくらいである。

 それを聞いたカルラ先生は、「ふふっ」と笑って、その冷たい眼差しを少し緩めた。


「……どうしても気になる存在がいてね。危なっかしくて、後先考えずに自らの限界まで力を求める……そんな見ていられないけど、不思議と気になる子が。それで、少し時間を取ってしまった」

「は?」


 なんか遠くを向いて、いい感じの雰囲気を醸し出し始めたカルラ先生には悪いが、俺は思わず絶句してしまった。

 ……何だ、そのヤバいやつ。


『後先考えずに自らの限界まで力を求める』


 とんでもないやつがいたものである。

 なんだその蛮族みたい野郎は。


 どうやらカルラ先生は俺が知らないところで、だいぶ香ばしいというか、だいぶアレな人材を見つけていたらしい。


「そうですか……そんな人が……いたとは」

「ああ、本当に手のかかる子さ」

「ハハハ……」


 頼むから俺の身近にはいないで欲しい。

 そんな訳の分からない危険人物を見かけたら、次期領主の権限を惜しみなく使って、真っ先に領内から追放してやろう。

 

 そんなことを思いつつ、心を落ち着かせる。


 まあ、とはいえ。


 カルラ先生が学園に行く、というのは悪い話ではない。それはつまり、原作通りに進んでいるということでもある。

 リヨンの一件で原作の展開から結構逸れてしまった気がするが、無事、何とか軌道に乗っているようだ。


「きっとその子も、先生には感謝していますよ」


 そんな狂った野郎がどう思っているのかは知らないが、一応、先生にはランドール領に良い思い出をもって王都に行ってほしいので、笑顔を浮かべ、いい感じにフォローしておく。


「え? そ、そうかな???」


 なぜかカルラ先生がちょっとうれしそうな顔をしているので、きっとこんな感じでいいのだろう。


「ええ、そう思いますよ。もちろんですとも」



♦♦♦♦



「いやでも寂しくなりますね。急に旅立つなんて」


 俺は小屋の扉の前で、カルラ先生に最後の別れを告げていた。

 すると、


「その……私は……今まで弟子を持ったことがない」と、少し言い辛そうにカルラ先生が口を開いた。


 まあ、威圧感がね……。

 悪い人じゃないし、どちらかというと凄い抜けてる方なんだけど、彼女は外見というか威圧感がありすぎて、全然弟子が寄り付かないのである。


「そこでだね。我が弟子よ。その……これを受け取ってくれないかな?」


 そう言って差し出されたのは、青色のネックレスだった。

 シンプルな装飾に、真ん中に小さなブルーの宝石が付いている。


「き、きれいなネックレスですね」


 そう言わざるを得ない。

 美しい女性。それもめったに人に興味を示さないほど冷静な女性から渡されたネックレス。


「魔法師にはこういう風習があるんだ。師匠から弟子に贈り物を渡すというね」


 そう言って、うっすらはにかむ美女。

 普段笑わない彼女が少し眉を曲げ、恥ずかしそうな様子でネックレスを突き出す様子は、大変可愛らしい。


 が、しかし。

 差し出されたネックレスを見て、俺の顔面は蒼白になっていた。


 俺は知っていた。

 これが恐ろしいものだ、と。


 カルラ先生お手製のネックレス。

 それは別名、ラスアカプレイヤーの中でこう言われていた。




 作中屈指の、不幸を呼び寄せるイカれアイテム。


 ――通称、『カルラ先生と呪いのネックレス』である。


 




――――――――――――――――――――――――――


カルラ先生

→漫画とかでよくある婉曲的な言い回しを使って、いい感じの雰囲気を醸し出したが、主人公には伝わらず。たぶん彼女は泣いていい。


主人公

→蛮族。


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