第5話 新魔法を習得しよう!


 さて。

 我らが痴女――ではなかった。


 我らが師匠・カルラ先生は、ランドール公爵家の屋敷から少し離れた、小屋らしき所に居を構えている。

 噂によると、魔法を研究する人間は、基本的に人里離れたところで生活するらしい。


 やはり本職は違うなと、感心しながら少し歩く。すると地味な小屋が見えてきた。


「すみませ〜ん」

「……ッ! うっくん? ちょ、ちょっと時間が早っ」


 扉を叩くと、ドタバタした声が聞こえた。

 準備でもしていたのだろうか。


 とはいえ、相手はメインヒロインの1人。失礼があってはいけない。

 落ち着いて、


「師匠?」と呼びかける。


 すると、少し経ってから「こほん」という咳払いの声が聞こえ、扉が空いた。


「待たせたね、我が弟子よ」


 扉から出てきた人物が口を開く。


 白銀の髪。鋭い紫色の眼。

 少しはだけた胸元は、いつ見ても公然わいせつ罪でとっ捕まりそうである。


 が、その雰囲気は冷たい、の一言に尽きる。


 思わずこちらが気圧されるような冷たさ。

 人を拒絶するような圧力さえ感じられる。


「魔法の本質は、秩序と規律。早く来たのは褒めるべきことですね――では今日も、修行を始めましょう」


 厳かに、カルラ先生がそう告げた。


「ええ、今日もよろしくお願いします」


 相手はメインヒロインの一角である。

 だからこそ、俺は余計なことには踏み込まなかった。


 そう。たとえ、カルラ先生の髪に寝癖が付いているのが見えて、


「あ、この人、規律とか言っているけど、さっき起きたんだな……」と思ったとしても。


 物わかりのいいモブは決して、余計なことには首を突っ込まないのである。



◆◆◆◆



「では、今日も授業を始めるとしましょう」


 そう言って、腕を組むカルラ先生。


 ――カルラ・オーランド。


 『ラスアカ』メインヒロインの1人で、【氷】という特殊な属性を持つ強大な魔導士。


 原作においては、取り付く島もないほど冷たい女性で、まさに【絶対零度】という異名通りの冷徹さを誇る。


 ゲーム内では彼女のルートを選んだ場合、主人公のジーク君はそんな彼女と仲良くなり、徐々に距離を詰めていく。

 そして、最後に現れる彼女の笑顔。


 ――と、美人でこんなにロマンチックなルート、なおかつ強い。これでもかと人気になる要素が揃ったキャラである。


 しかも、ルートを進めていった結果、日常パートでは意外とずぼらだったりとギャップを見せてくれる。

 もっと言えば、ストーリーに確実に絡んでくるアルカナ持ちだし、人気が出ないわけがない。


 が、しかし。

 それはあくまでもルートを進めて仲良くしていった場合に、ジークくんだけデレるといった感じである。


 何なら初対面に失礼をかましたせいで、本来ならクズトスは蛇蝎のごとく嫌われているはずだった。


 そこで俺は、真面目に魔法に取り組む様子を見せることで、カルラ先生に好かれなくても嫌われない。

 そんな絶妙な立ち位置を目指していたのだが……。


 目の前にいるカルラ先生を見つめる。


「いいね?我が弟子。魔法は本来、戦闘のためじゃない。戦闘と関係のない場所でも人々を幸せにする、そんな魔法もあるんだ」


 真剣な様子のカルラ先生は、だから、と続けた。


「――決して、強さだけを追い求めないこと。強さだけを求めると、人は間違ってしまうから。私はそういう人を何人も見てきた」


 彼女の美しい瞳がこっちを貫いた。


「……………」

「……………」 


 沈黙。


「そ、そうですか」


 そんな無言の空間にいたたまれなくなった俺は、「なんか凄い良いことを言ったぞ」みたいな雰囲気を醸し出すカルラ先生の前で、必死に頭を回転させていた。


 どうしてこうなった?と。



 

 おかしい。非常におかしい。


 そう。

 少なくとも俺は、先生に嫌われないようにと行動してたのだが、なぜかカルラ先生は、俺に「力を求め過ぎてはいけない」と力説してくるのである。


 こっちが心配される側???


 ……いやたしかに、『ラスアカ』は定期的に闇堕ちルートなるものがあって、ヒロインや主人公でも力を求め過ぎて、闇堕ちする場合もある。


 けれど、それは「力を求め過ぎた場合」のことである。

 現に、俺はまったくと言っていいほど力を求めてはいない。


 多少、他人よりは魔力の扱い方が上手く、効率がいいかもしれないが、それだって戦闘力としてはせいぜいエンリケクラスだし、

 特殊な属性である【空間】の魔法だって、


「空中に板を作って踏み台にする」という将来、物を取りたい時に使えそうな、それはそれは常識的な魔法しか開発した覚えがない。


 どこからどう見たって俺は、明らかに力を求めて、


「クックック……これで俺はもっと強くなれるぜ。キヒヒ」みたいな戦闘狂キャラではない。


 こんなイカれた世界で、そんなムーブをかますほど俺は馬鹿ではないのである。


 が、しかし。カルラ先生は違った。

 例えば前に、俺がカルラ先生に原作主人公の修行法について聞いてみたら、


「な、なんてことを……」となぜか顔を真っ青にしていたし、


 第10位階魔法について聞いてみたら、


「……ッ!! いいかい、我が弟子。絶対に、絶対に第10位階のような、禁忌には近づいちゃダメだからッ!」と、めちゃくちゃな勢いで説教された。




 ……そんなこともあったなあ。

 過去を思い出すのをやめ、カルラ先生を見る。


「魔法の本質とは探究」


 カルラ先生が目の前で頷いた。


「じゃあ今日も張り切って、戦闘用ではない魔法の修行――補助魔法の勉強をしてみようか」


 こうして。

 戦闘用の危険な魔法の修行を禁止された俺は、いわゆる『補助魔法』と呼ばれる、戦闘には関係のない魔法の修行をしていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――『補助魔法』。


 攻撃用の魔法や、使用者を強化するエンチャント系以外の魔法のことである。要するに、戦闘には関係ないけど有用な魔法、くらいのノリだろうか。


 正直、補助魔法というのは、戦闘ではほとんど使えない。なので、ゲーム内では使う機会もなく、ぶっちゃけネタ魔法の域を出なかった。


 とはいえ、カルラ先生の提案は、俺にとってもメリットがあった。 

 たしかに、自衛のために、戦闘用の魔法を持っておくのも悪くないだろう。が、あまり派手な攻撃用魔法を使っていると、モブらしくないなとバレてしまう恐れがある。


 それに、実生活の便利さを考えれば、補助魔法の方が使い勝手がいいはずだった。


 例えば、部屋を綺麗にしたり、鍵を開けたり、とか。ゲームの中では使えなかったが、こっちの世界では可能性は無限である。


 であれば、ここは大人しく『補助魔法』を習得するというのも悪くない。


 攻撃用の魔法がどうしても欲しかったら、隠れて修行すればいいのである。幸い、クズトスの魔法的な才能は悪くない。


 頭と性格と素行と品性が悪すぎただけだ。1人でも、何とかなるだろう。




 ということで、カルラ先生の視線を背に感じながら鏡の前に立ち、ゆっくりと詠唱を唱える。


『――《変装/ディスガイズ》』


 うっすら力が抜けていくような感覚が身体を通り過ぎた。


「…………」


 目を開ける。


「上手くいったみたいだね」

「ええ……」


 成功した。 

 

 何度見ても信じられない。

 俺が選んだ補助魔法の効果は―――




――――――――――――――――


カルラ先生

→あまりにも血に飢えた狂気の弟子に対し、あえて戦闘魔法を教えないことにより、魔法の本当の楽しさを伝えようとしている。



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