第4話 難題


「――アイツ、正気か……?」


 屋敷を去るエンリケを見て、俺は非常に微妙な表情をさせられていた。

 なんと、「情報収集のために出かけるぜ!」と意気揚々と出ていったあの男は、なぜか去り際に、俺がいる窓の方を見つめて、一礼しやがったのである。

 しかも、なんかこう……すごいキザったい感じの礼を。


「ついにレベルを上げてきたか、狂ってやがる」


 そう、厨二病レベルを。やつは金曜ロードショーで洋画を見始めた中学生とかだろうか。


 いや見たことあるよ、洋画でさ。そういうパターン。

 なんかこう……男がかっこよく去っていく、みたいな。


 ある。

 正直に言えば、俺だって、そういうのに憧れたことはある。


 が、しかし。

 でもそれは、あくまでも、「ものすごい一匹狼で、今まで他人に心を許したことのない男が忠誠を誓う」とか、そう言ういわゆるカッコいいシーンに登場するものであって、断じて夢追い中年冒険者のエンリケがやって、カッコいいものではない。


 俺は屋敷を去っていく男の背中を見つめながら、「はぁ」とため息をついた。


 あいつマジで大丈夫だろうか。

 ギルドに行っても小馬鹿にされるイメージしかわかないんだが。


 きっと、「や~~い! 奇人のエンリケだぞ~」みたいな感じでギルドの小童や、受付嬢に馬鹿にされるんだろうな。

 ダメだ、泣けてきた。




「ふふっ、行ってしまわれましたね」


 そう言われ振り返る。

 暗澹たる表情を浮かべる俺の後ろでは、リエラが感心したように頷いていた。


「どうしたの? リエラ」

 

 そんなキラキラした目をして。

 別に、そんな胸躍らせるような展開では一ミリもなかった気がするが……。


 が、リエラは信じられない、といった表情で続けた。


「凄いです……!」

 

 ん??


「ど、どうした??」

「ウルトス様……」


 と、恥ずかしそうに、こぼしたうちのポジティブメイドは、その美しい表情を緩ませながら言い放ったのである。


「これが……噂に聞く男同士の友情!というやつなのですね!」と。

「違うぞ」


 一旦、深呼吸。どうやらうちのリエラは、先ほどの一件を、感動の別れだと捉えているらしい。


 え、今のを??

 完全に体のいい厄介払いのつもりだったのに……。


 ひどい勘違いだ。ここまで来ると、もはやリエラの体調が心配になってくるレベルである。


「リエラ」


 そう言いながら、メイドに近づき、おでこに手を当てる。


「ウルトス様……な、何を!」

「いいから大丈夫」

「な、な、な、な、な」


 真剣な表情で、熱を測る。

 

 そう。おかしい。


 先ほど、リエラは、

「噂に聞く男同士の友情ですね!」と言ってた。


 が、どう見たって、客観的には大人しい良家のお坊ちゃんである俺と、あんな痛いチンピラが男の友情を結んでいるはずがない。


 俺とエンリケはそう言う関係ではない。

 強いて言うなら、腐れ縁とかそのレベルである。


 普段、冷静なリエラがそんな勘違いをしてしまったということは、つまり――


「やっぱり、多少は熱がありそうだな」


 至近距離。目の前のリエラは顔を真っ赤にしており、手のひらから熱が伝わってくる。


「は、はひ、、、」

「無理してるんじゃないか?」


 とりあえず、壊れたレコードのように、「な、な、な、な、な」と連呼しているメイドに俺は言い渡した。


「悪かった、少しは休んでくれ」と。


 たしかに、最近リエラには頼りきりだったかもしれない。

 リヨンの一件もそうだし、情報収集でもそうだった。

 

 いけない、いけない。


 働かせすぎてて、貴族のモブ息子感が薄くなってしまうところだった。そんなテキパキ指示を出してたら、有能息子じゃないか。


 千里の道も一歩から。

 こういう細かいところが、原作が始まった時のモブ感につながってくるに違いない。


 ぽやっと夢を見ているようなリエラ。

 そんなリエラに、俺は優しく諭した。


 だって、と少し付け加える。


「リエラは、大切なメイドだから」

 

 ……そう。

 最近、癖が強い連中の相手をしていたから、リエラみたいな一般人枠は俺にとっても大切なのである。


 頼むよ、リエラ。

 どうかその感性のままでいてくれ。



 というわけで、災難は去った。

 まあ、リエラが、


「……よし、私もエンリケさんには負けないようにしなきゃ! 男同士の友情も確かに素敵だけど、私はウルトス様と『あ~ん』した仲ですもんね!!」


 と、謎の意気込みを見せて部屋から出て行ったのは想定外だったけども。

 あの子、やっぱ疲れてるんじゃねえかな???と思いつつ、まあそれもいいか、と考え直す。


「しかし冷静に考えると、どう考えても――」


 そう。

 ここに来て俺は、一番対処しなければいけないことに気が付き始めていた。

 椅子に座り、天井を見上げる。


 一番まずいのは、


「――ジーク君だな」


♦♦♦♦♦♦♦♦


 さて。

 今までの経験上、少しずつこの世界のこともわかってきた。


 『ラスアカ』のゲーム内では、主に魔法とスキルを覚えて、戦闘力を向上させていく、というシステムであった。


 魔法は、ほぼゲーム内と同じ法則だ。

 まあ、プレイヤーの間でしか知られていなかった使い方の魔法などはもちろん、この世界でも知られていない……が基本的には俺の知識がそのまま通じると考えてよさそうである。


 一方で、この世界の騎士団や冒険者が使用する技術、要するにゲーム内では「スキル」と呼ばれていたものも存在している。

 ちなみに、エンリケに、


「なにか技は使わないのか?」と聞いたところ、


「技だァ? 俺はちんけな技なんて使わねえ。そんなのに一々頼るなんざ、弱者のやること。真の強者は戦いで余計なことは考えん。俺の一挙手一投足、すべてが必殺だ」


 と、ありがたく教えてくれた。

 こいつ、マジでランドール公爵家に仕えていてよかったな、と心の底から思った瞬間である。


 俺と俺の理解あるやさしいご両親がいなかったら、こんな虚言癖野郎は速攻で首を切られていたことだろう。

 いや、たしかに、強い奴はシンプルな戦い方でいいかもしれないけどさあ……。


 エンリケ、お前風情がそれを言って大丈夫なのか????

 ……まあ、いいや。


 が、しかし。

 ゲーム内とは、明確に違う点もあった。


「まさか、ステータスが見られないとはなあ」


 そう。

 この世界では、ステータスを見るというのはかなりの高等技術であり、おいそれとは見られないものなのだ。

 現に、魔法に詳しいカルラ先生も、


「う~~ん。ちょっとそっちの方は、私詳しくないかなあ」と微妙な表情をするほど。


 たしかに。

 剣の材質とかであれば、いくらでも調べられるだろうが、人の強さをステータスとして見るなんて、現実的に考えればチートにもほどがある。 


 ステータスを見れたら、レベルとかで相手の強さとかもわかるのに……と期待していたが今のところ、やはり冒険者のランクや、じかに闘ってみた感覚などで判断するほかないらしい。


 と、まあ、少しずつ分かってきたゲームの世界はさておき。

 1つだけ、ゲームと絶対に同じだと断言できることがあった。


 ――それは、ストーリー。


 この前のリヨンの一件でも、大方ゲームの展開通りに進んでいた。


 ということは、である。


 

 どう考えたってまずい。


 イーリスにしてもグレゴリオにしても、バルドにしても、他の奴らはギリギリ何とか先延ばししていてもいいが、ジーク君は幼少期から鍛えに鍛え、世界を救う英雄となるのである。


 ここで、誰にでもわかる方程式が完成する。


 質問:英雄ジーク君が鍛えもせず、幼少期から部屋に引きこもっていたらどうなりますか???


 答え:今のところも問題ないが、将来的に確実に世界が滅びます(ニッコリ


 そう。

 ストーリーがゲームと同様に進むのであれば、ジーク君が――なぜか知らないが――やる気をなくして引きこもっているという現状は、割とまずいのである。


 俺は確信していた。

 おそらく、これを後回しにしていたら詰む。確実に。




「でもなあ……」


 そう言いつつ、机に突っ伏する。

 もうとっくにリエラに入れてもらっていた高級茶葉もなくなっている。


 しかし、ここで問題があった。


 ジーク君は貴族が嫌いだ。

 そもそも、自分の領主のダメ息子、クズトスのせいで貴族全般に対するイメージが悪いし、騎士団に所属する父親のレインが貴族にこき使われているように見えるので、より貴族を嫌っているのである。


 貴族らしからぬじゃじゃ馬イーリスには割と心を開いているのだが、、


「どうしたもんかねえ」


 悩む。


 この前のジェネシスの姿で襲い掛かる前に、ジーク君と顔見知りになっておくべきだったのだろうか?

 いや、でも急に領主の息子が村に尋ねてきたら、あちらも警戒するだろうしなあ。


 答えが出ない。

 その時、ゴーンと鐘が鳴った。


「ああ、時間か」


 あれこれジーク君に近づく策を考えながら、部屋の外に出る。


 そう。

 今日はカルラ先生の魔法の授業。


 リヨンの一件以降、こう見えても俺は腐らず鍛錬していた。



 

 ――新たなるモブ魔法を身に付けるために。





――――――――――――――――


※2023/9/4


「魔術」→「魔法」に変更

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