第3話 揺るがぬ覚悟 side:エンリケ


 エンリケは、笑みを抑えきれなかった。


「じゃあな~」というウルトスの気が抜けたような声。


 はいよ、と手を振り、応える。

 ウルトスの方は見ずに、エンリケは部屋を出た。


「――なんだ、坊ちゃん。やる気じゃねえか」


 そう言いながら。




 リヨンで起きた一連の事件。

 世間はいまだにその余波に揺らいでおり、いまだに王国では、他国や怪しげな組織の陰謀などと言われている。


 が、誰も思わないだろう。


(まさか、坊ちゃんがすべて仕組んだこととはな)


 そう。

 世間ではバカ息子などと言われているウルトスが、すべてを動かしていたのだから。


 しかも。


『そう言えば、坊ちゃんよ。俺が村で遊んでる時に一体、何やってたんだよ』

『あ~、バルドとかいうやつと。ちょっとな』

『んなッ!……絶影のバルドだと!? 生きてやがったのか……!!』


 後日、ひょうひょうとしたウルトスから詳細を聞かされたエンリケは驚愕した。

【絶影】のバルド。あれと闘っていたのか。


 さらに、


『なにっ!? バルドが剣を舐めた、だぁ!?』


 なんと、バルドは剣を舐めたという。


 ――それは、バルドのルーティン。


【絶影】の本領が、発揮される瞬間。

 本気で戦うべき相手とみなした時だけバルドが行う、一種の儀式のようなものである。


 本気のバルド。

 その実力はエンリケもよく知っている。


 バルドは念には念を入れ、確実に任務を遂行しようとする男である。


 裏世界に名だたる【絶影】は伊達ではない。【影】という固有の魔法を鍛え上げた、間違いなくトップクラスの戦闘者。冷徹な性格は敵をつぶさに分析するということでもあり、こと固有魔法と剣術が融合した戦闘法は強力無比で知られている。


 しかも、ウルトスがバルドと相対したのは夜だ。

 夜は【絶影】の時間。


 【影】の魔法が最も真価を発揮する、バルドだけの領域。バルドだけの世界。

 おそらく、夜の闇に紛れ全力を出したバルドは、エンリケですら苦戦を強いられるだろう。


 ――だからこその【絶影】。


 そもそも二つ名とは、強者たる所以を示す。

 他を寄せ付けぬ、圧倒的な実力。それがあるからこそ、エンリケも【鬼人】と謳われたのだ。

 そしてもちろん、バルドも。


 屋敷を歩きつつ、バルドと戦った時のことを思い出す。


「俺だって、やり合ったことがあるが……坊ちゃんよ、『アレ』を下すか」


 そう。

 エンリケもたしかに闘ったことはある。その戦いは三日三晩続いたが、正直、やりあいたくない相手だ。面倒だし、どうもあの男は好かない。


 が、しかし。

 エンリケが避けて通るような男を、ウルトスは――あの坊ちゃんは足止めし、撃破した。


 しかも、名声や金を求めて、ではない。人知れず娘を救い、エンリケに命じて村をも手助けさせた。


(なんだ、坊ちゃんよ。カッコイイじゃねえかよ)


 まさしく、正しき英雄の姿。そう思わずにはいられない。


 おそらく、名乗り出たら勲章ものだろう。まあ、市長に襲い掛かったのはどうかと思わなくもないが、村を救い、娘を助け出したのはたしかなのである。

 周りがウルトスを見る目も変わるはずだ。


 でも、ウルトスはそんなことをしなかった。

 あれほどの事件を起こしても、名乗り出ず、むしろいつも通りに屋敷で過ごしている。




 が。その一方で、エンリケは少々、心配していた。

 事件後、あくまでいつも通りにのんびり屋敷で過ごし、紅茶を飲んでるウルトスの姿を見るたびに、エンリケは思っていた。


 気が抜けちまったって、わけじゃないだろうな?と。 


 人間、うまくいったときにこそ、油断してやる気がなくなってしまうことも多い。

 歴戦の冒険者たるエンリケは、今まで飛ぶ鳥を落とす勢いだったチームや冒険者が、安心した途端、気が抜けてしまったのを何度も目撃していた。


 だからこそエンリケは、今日、ウルトスを問い詰めたのである。


「坊ちゃん、次の祭りはいつなんだ?」と。


 そして、ウルトスとの会話を通じて、エンリケは確信していた。


「面白え……」


 ウルトスは終わっていない。

 あの坊ちゃんの中にある仮面はまだ、壊れていない。あの坊ちゃんの中にある『強き者の義務ノブレス・オブリージュ』は潰えていない。


 そう。

 エンリケは確信していた。


 ――ウルトス・ランドールは、次の計画を練り始めている、と。


 


 そもそも、元Sランク冒険者【鬼人】エンリケは、馬鹿ではない。

 もちろん、圧倒的な暴力で敵を粉砕するのがエンリケのやり方だが、一方でエンリケは豊富な戦闘経験によって物事を洞察できる男である。


 そんなエンリケの恵まれた勘は確信していた。


 ――タイミングを見定めろ、というあの言葉。

 ――どこか遠いものを見るような、決して届かない何かを求めるような、あの憧憬の眼差し。


 そして、グラディオル産の茶葉。


「グラディオル帝国産の茶葉って言えば、たしか最高級品だったはずだな」


 そう呟いてみる。


 グラディオル帝国産の茶葉。

 冒険者にはなじみが薄いが、騎士団御用達の高級茶葉である。


 なんでも心を落ち着かせる効果がある、という代物で、騎士団では

 エンリケも冒険者時代に元騎士団の人間から聞いたことがある。


 これらから導き出される結論。

 それは、すなわち。


「坊ちゃんは、油断なんぞ全くしてないってか」


 にやり、と。

 不意に笑みがこぼれた。 

 

 そして、何より。

 エンリケは感じていた。


 ウルトスが立ち上がった時に感じた、あの怜悧な魔力。

 こちらの肌が粟立つほどの魔力。


 ここ2週間ほど、ぐうたらしているだけの貴族の息子に、あれほどの殺気が出せるか??


 ――答えは、否。 


 間違いねえ。

 エンリケの感覚は言っていた。


 坊ちゃんは牙を抜かれた?

 あの男の牙は、何も変わっちゃいない。あの男の覚悟は、なにも揺らいじゃいない。

 

 いや、むしろ。


「準備万端ってところかあ?」


 屋敷を出る。

 顔を上げると、ちょうどウルトスの部屋の窓が見えた。


 我ながらキザったらしいとは思ったが、自らが認めた男に一礼をする。


「あんまり得意じゃねえが、情報収集でもしておいてやるよ」


 エンリケ。

 かつて【鬼人】と称された伝説のSランク冒険者は笑った。


「ごちそうを後に取っておくってのも悪くねえ。こう見えても――俺は、好物を後に取っておくタチでな」


 ――楽しそうな祭りの予感を覚えて。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――


ウルトス

「どこか遠いものを見るような、決して届かない何かを求めるような、あの憧憬の眼差し」

→こんなおっさんと見つめあうんか……と微妙な表情になっていただけ。


「グラディオル産の茶葉」

→リエラが買ってくれたのを気に入っているだけ。騎士団が気合を入れるために飲むなんて知らなかった。


ちなみに、ふと窓から外を眺めたらキザッたらしく一礼をするエンリケの姿が見えて、謎の悪寒に襲われる。



エンリケ

→忠犬エンリケ公。豊富な戦闘経験からとんだお門違いの結論に達してしまう。坊ちゃんの願いとは裏腹だが、本人は新たなる闘いの予感にやる気満々。



バルド

→本来絶対的な強者であるはずが、コメント欄で「剣ペロおじさんww」などと馬鹿にされたため、エンリケ視点で再登場。本当は強いです認識を改めてください(迫真

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