第2話 落ち着け、エンリケ。頼むから落ち着くんだ。



「――落ち着いてくれ、エンリケ。物事には、タイミングってものがあるだろう?」


 俺はエンリケの顔を見ながら、ゆっくりと語りかけた。


 リエラは少し後ろに下がって、話を見守っている。

 そして、おいこらリエラ。ちょっとワクワクしてそうな顔をするんじゃない。


「タイミングだと? こう言っちゃ悪いがよ、最近はちょっとたるんでるんじゃねえのか?」


 エンリケが顔をゆがめた。

 どうやらエンリケは俺が、この前の1件に成功したせいで、気が抜け始めていると思ったらしい。


 そんなエンリケに「いや、重要なのはタイミングだ」と答える。

 ……まあ若干カッコつけてしまったが、この場で俺が伝えたいのは、ただ1つだけである。


 

 つまり、これ以上、エンリケを使って派手に動く気は俺にないということである。

 

 が。俺の言葉を聞き、


「タイミング、か……」と何やらエンリケが考え込み始めた。




 そんなエンリケを見て、俺は思っていた。

 いや。マジで頼むぞ、と。


 たしかに、こっちが勝手に頼ってさんざん夜連れまわしたのがそもそも悪い。

 それは認めよう。


 万年Fランクの平凡な冒険者のエンリケが、そんなシチュエーションに酔ってしまうのもわかる。

 わかるよ、人生に一回あるかないかって感じだもんな。


 が、しかし、である。

 今のところは、頼むからもう少しおとなしくしてください。


「まあ、考えてみてくれ」


 俺はさらに追い打ちをかけることにした。


 俺には勝算があった。

 エンリケはそれなりに戦闘が好きだ。まあ、学園入学前のクズトスと同レベルなので決して強いとは言えないが。


 だからこそ戦士としての感覚に訴えつつ、それっぽく説得してくれれば、きっと理解を示してくれるはずだ、と。


「戦闘中だってそうじゃないか? なにも攻撃ばかりが能じゃない。時には引き、相手の呼吸を乱すような防御も重要だ。そしてそれはすべてタイミングの問題だ」

「まあ、それもそう……だがよ」


 正直、自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、そのまま、エンリケの真正面に立つ。



 ――エンリケの視線と、俺の視線が交差した。



 元Fランクのわりに鋭い(気がする)視線。


「大丈夫だエンリケ」


 そんなエンリケに向け、優雅にほほ笑む。


「そのうち、最高の舞台を用意する」


 たぶん後20年くらい経って、世界がラスボスの魔の手から無事でいたら一緒に厨二病ごっこにも付き合ってやるさ。


「…………ほう」

「…………」


 沈黙。無言。 

 真剣に、こっちを見てくるエンリケ。


 なんだろう。睨みあうにしてもこいつとか……と、俺は若干悲しい気分になり始めていた。


 将来的にジーク君は18禁ゲー主人公らしく、美少女や美女とイチャコラしているのに、何が悲しくて俺は胡散臭い男と見つめあっているのだろう。


 ……若干気まずい気持ちになったので、無言で、ちらりと紅茶の入ったティーカップを盗み見る。


 ちなみにこの「グラディオル産」の紅茶はゲーム内でも出てくるアイテムである。


 ゲームテキストでは「体力を若干回復させ、心を落ち着かせる。飲料にも用いており~」などと書いてあったが、この世界でも心を落ち着かせる効果があるらしい。


 リエラが「戦士の方に人気だそうです!」と買ってきたくれた紅茶だ。


 ちょっと高級だが、まあ要するに俺は紅茶中毒になるくらい、ここ2週間現実逃避をしていたのである。


 が、ふと。


「なるほど、その紅茶――グラディオルの物か?」

「……? あ、あぁ」

「そうか、そうか。そういうことかよ…………! クックック、はっはっは!!!!」


 なるほどなァ、と言いながら、なぜか大笑いし始めるエンリケ。


 ……意味がわからない。

 

「紅茶がどうしたんだ?」

「いやいや、了解だ。坊ちゃん」


 そういって、息も絶え絶えな様子でエンリケがうなづく。


「ま、今は大人しくしてるってのは同意したぜ。まあ適当にギルドとかに顔を出したりして情報収集でもするか」

「おぉ……!」


 感動。

 まさしくその2文字しかなかった。


 まさか、ついに通じた。

 変なことはしない、とエンリケが同意してくれたのである。


 しかも。


「情報収集か。そう言うのがいいね」


 エンリケはギルドで情報収集をするという。


 そういえば、エンリケは痛い言動をしすぎてギルドを追放されたはずだったが……。


 ……まあいいか。

 基本的に冒険者ギルドは変人の集まりだと聞くし、厨二病対策もバッチリだろう。

 久しぶりに来たエンリケにも優しく対応してくれるかもしれない。


 そして少なくとも、エンリケに四六時中「最高の祭りを始めようじゃねぇか!!」とか言われるのよりはまだましなはずだ。


 この間なんて、朝8時からこのテンションで俺に迫ってきた。

 俺は「最高の祭り」より前に、普通の朝食を食べたい派である。


 というわけで。


「了解。邪魔したな――坊ちゃん。それに、メイドの嬢ちゃん」

「へいへい、じゃあなー」


 返事をする。

 俺は、嵐のように去っていくエンリケを見つめた。





「でも……あれですね」


 同じようにエンリケの背を見ていたリエラが口を開けた。


「情報収集で少しの間、エンリケさんが外に行くんでしたら、ウルトス様も少し寂しくなりますね」


 ……リエラ。


「言っておくが――」


 俺はそんな世迷言をいうリエラの方に振り向き、優しくほほ笑んだ。


「それだけはない」








 ――が、しかし、俺はどうにかしてエンリケを丸め込めたと安心したせいで、聞き逃していた。


 部屋を出ていくときに、エンリケが、


「なんだよ、坊ちゃん。な〜にが弛んでる、だ。全然、牙は抜けてねえじゃねえかよ」と、


 楽しそうに笑っていたのを。






――――――――――――――――――――


主人公

→なんとか、さすらいの暴走厨二病機関車ことエンリケを止めようとする。一見成功したように見えたが……?


エンリケ

→リヨンの1件で活躍したのに気が抜けてるんじゃないかと思い、ウルトスを問い詰める。最終的には何かに納得したようで、かつて己が追放されたギルドに情報収集をしに行くことに。




前回、「なんか賞を取りました」と社会人にあるまじき非常に馬鹿みたいな文章で報告してしまいましたが、詳しくはコミックウォーカー賞と特別賞のダブル受賞です。




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