3章 未来の主人公を立ち直らせよ
第1話 クズレス・オブリージュは終わらない
――クズレス・オブリージュ。
それは、気が付けば、クズトスというどうしようもないほどの嫌われキャラに憑依してしまっていた俺の、唯一にして最後の希望だった。
クズトスといえば、18禁ゲー『ラスト・アルカナム』の中ボスの1人である。こいつのせいでむやみやたらに難易度が上がるので、不人気キャラとして知られていた。
もちろん、ゲームシステムだけではなく、シナリオ面でも主人公チームの邪魔しかせずに嫌われていた。
黒幕側にいいようにこき使われ、最終的には、主人公チームがラスボスに立ち向かう際に、今まで関わってきた全員の顔を思い出し、「僕が守るべきこの世界を、お前みたいなやつに終わらせはしないっ……!」みたいな感動のシーンでも普通に何も触れられずに死んでいた。
どうやらクズトスは、主人公ジークの「僕が守るべきこの世界」のカテゴリーに入っていなかったらしい。
哀れなやつである。
だからこその、『クズレス・オブリージュ』。
クズトスがクズトスと呼ばれる理由。
幼少期にメインヒロインの1人を目の前で侮辱し、遊び呆けるという最悪な状況に、謎の男――ジェネシスとして介入する。
そうして。
嫌われキャラとなる原因を排除した俺は、正々堂々とモブキャラの1人として主人公ジークの活躍をのんびり応援でき、晴れて主人公ジーク君の「僕が守るべきこの世界〜」の片隅にでも置いてもらえる
……はずだったが。
この2週間近く。
俺は気が付けば、
特 に 何 も し て い な か っ た 。
◆
爽やかな風が部屋に入ってくる。
用意された自室には、良質な木製のテーブル。
「しっかし、どうしようかねえ」
そんな中、俺は思考を放棄していた。
……そう。
人間は不思議なものだ。
どうしてもやらねばならないことがあればあるほど、「ああ、面倒くさいな」と思ってしまう。
俗に言う、夏休みの宿題現象である。
そもそも俺は割りと幼少の頃からそういうタイプだった。夏休みの最終日になってから、30日分の天気を思い出し、30日分の絵日記を書き始める、という最高に非生産的な過ごし方で毎年の夏休みを過ごしていたのである。
「はぁ」とため息をつく。
――だけど、それとこれとは話が別だ。これに関してはやらなければいけない。
ということで、目の前に置かれた紙束を見る。
2週間ほど前、俺のクズレス・オブリージュは完璧に成功したかに見えた。
が、何やらめちゃくちゃ不穏な感じになってきたのである。
1枚目は、リヨンの街の新聞。
「わあ~~嬉しいなあ」
そこには『絶影のバルド』という、剣のことをキャンディーか何かと勘違いしている男の事件が書かれている。
あんなアホみたいな男に騎士団は半壊したらしい。
もうわけがわからない。実はあの男は隠しキャラとかで、特殊な出現条件でもあったのだろうか。
プレイヤーがひたすら剣を舐め続けたら、登場する伝説の強キャラ……とか。
「いや、ないな」
うん、どう考えてもない。さすがに開発陣の良識を疑うレベルである。
2枚目の手紙に目をやる。
手紙の主はリヨンの事件で急激に仲良く……いや正確に言えば、関わってほしくないのに、急激に距離を詰めてきたイーリスからのものである。
盗賊のアジトで見かけたときはおしとやかな感じだった彼女は、すっかり元通りになったらしい。
『貴方は自身の発言を見直しなさい』とか『仮面の男ジェネシスについての情報はない?』など熱心な手紙が来る。
ちなみに、あのイカレ=サイコパス市長グレゴリオからの手紙は、懇切丁寧に燃やしておいた。
今頃、屋敷の裏庭で元気よく植物の養分となっているはずだ。なんか不吉だったので、「これ以上絶対に関わり合いませんように」と十字架を切り、念仏も唱えておいた。
リエラは目を輝かせて、「ま、まさかそれは新しい魔術の呪文ですか!?!」と喜んでいたが、そんなものではない。
これ以上、俺は狂人とは関わり合いたくないのである。
いいね?
フラグじゃないんだよ?
が、この紙たち以外にも俺を悩ませるものがあった。
「ウルトス様……!」
「あ、あぁ」
呼びかけられ、後ろを振り向く。
見えたのは、金髪が映えるメイド―リエラ。こちらを見つめる美少女は、なぜかワクワクしたような表情で、ティーポットを差し出す。
「はい、どうぞ。グラディオル産の最高級茶葉です」
「ありがとう」
紅茶の注がれたティーカップを一口。
じんわりとした暖かさ。
……最高だ。モブ人生が邪魔されまくっている中で、今のところの心の癒やしはお茶くらいである。
けれど、リエラはゆっくり紅茶を飲む俺から中々離れない。
仕方ないので、しぶしぶ話を振るにした。
「……リエラ。どうしたの?今日も元気そうだね」
「はい! ウルトス様が動き出そうと策を練っている様子を見れてリエラは今日も幸せです!」
「oh……」
これである。
こちらを見て、恥ずかしそうに俯いているリエラは微笑ましい。
が、忘れてはならない。
この子はどうやら俺を表舞台に引きずり出そうとしているらしい。
そう。
つまり、リエラはこの前のリヨンの一件で、一晩中死闘を繰り広げていた、ジェネシスの姿を大層気に入っているのである。
ありがたい。ありがた過ぎて泣けてきた。
……リエラ。
悪いけど、ジェネシスは死んだよ。具体的には、あの仮面はうちの屋敷の倉庫の中に眠っている。
そして。
俺のモブ生活を邪魔するのは、手紙やリエラだけでなく、この男もそうだった。
噂をすれば影がさす。
ふと、男の声が聞こえた。
「――カッカッカッカ」
ほ〜ら。
噂をすれば、厨二が出た。
◆
声をした方を振り返る。
すると扉付近に1人の男がいた。
男は、非常に個性的なファッションをしていた。衣服はボロボロで、一見、浮浪者ルックである。
「……エンリケか」
「よお坊ちゃん、ご機嫌麗しゅうってやつだなあ」
クックックッと笑いながら男が部屋に入ってきた。
そう。
厨二病、というこの世界のどんな高級ポーションでも直せない不治の病にかかっている男こと――エンリケである。
ちなみに、髪を切って少しは身綺麗にしたらどうよ?と提案してみたことがあるが、
なんとエンリケは「俺は髪を切ると、女が寄ってくるから嫌なんだよなぁ」などとほざいていた。
厨二病に加え、妄想癖まであるとは……なんとも救えない男である。
そして、そんな二重苦を抱えたエンリケはこちらに来てニヤリと笑った。
「んで、坊っちゃん。次はどう動くんだァ?」
「エンリケ……お前もか」
そう。
どうやらエンリケも、この前の一夜が忘れられないらしく、事あるごとに、「坊っちゃん!次はどうするんだ?」とか「さァ! 最高の祭りを始めようぜぇ!!」とか、昼夜を問わず絡んでくるのである。
面倒くさいことこの上ない。
が、俺も馬鹿ではない。
俺はすでにエンリケの操縦方法に気付き始めていた。
まあ、要するに、自分のことを考えてみればいいのである。
中学・高校の時、自分が一番厨二病だった頃に、他人に「お前は間違ってるよ」と言われても気にするわけがない。
――だったら、逆だ。
ティーカップを置き、肉体に魔力を纏わせる。
そのまま俺は、シリアスな感じを醸し出すため、少しの威圧感とともに魔力を放出させることにした。
「――落ち着けよ、エンリケ。物事にはタイミングってものがあるだろう?」
そう、告げながら。
――――――――――――――――
またぼちぼち更新再開しますのでよろしくお願いします!
あとなんか賞もいただいてたみたいです。
まさかWEB小説の流行とかいう単語とかけ離れたこのイカレ……個性的な小説が賞をいただけるとは思いませんでした。これもすべて物好きな読者のおかげです!
感謝!!!
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