プロローグ 1歩進んで4歩下がる。

 

 爽やかな、ある昼下り――


 大都市リヨンの喧騒を離れた俺は、元の領地に引きこもって、悠々自適な生活を満喫していた。


「リエラ、紅茶を」と呼べば、隣には静かにかしずくメイド。


「はいウルトス様。紅茶ですが、『あ~ん』はどういたしますか?」

「……リエラ、大丈夫だよ。熱い飲み物くらいは自分のペースで飲ませてくれないかな?? ね??? いやいや、そんなに悲しそうな眼をしないでよ」


 熱々の紅茶をこちらの口に流し込もうとする危険なメイドを制し、高級な紅茶に合うために用意された、これまた高級なクッキーを片手に持つ。


 屋敷は静かそのものだった。





 リヨンの長い夜から、3日後。


 あの後、疲れもあって俺は両親と一緒に軽く昼過ぎまで寝過ごした。

 が、起きるなり俺はすぐに両親に訴えた。


「今回の旅は、少し疲れてしまいました、予定より早めに領地に帰ってもいいですか?」と。


 のんきな両親は、


「あらあら、パーティーで楽しみすぎちゃったのかしらねぇ」などと言っていたが、


 自分たちの息子がまさか夜通し戦っていたと聞いたら気絶してしまうかもしれないので、俺は黙っておくことにした。


 ちなみに、両親にはくれぐれも変な輩に取り込まれないようにとも言い聞かせておいた。


 特に、市長とか市長とか市長とか。




 まあ、いい。

 エンリケもまだリヨンで飲み歩いているようで、屋敷は静かなものだった。


「ふぅ」と紅茶を飲み、一息つく。


 流れる、穏やかな時間。

 温かい紅茶。美味しい茶菓子。


 これだよ、これ。これこれ。


 ――これこそ、俺の待ち望んでいたモブライフである。


 間違っても、頭のアレな厨二病患者共と一晩中、剣を交えるのはモブがやることではない。


 俺は、ゆっくりと引退させてもらおう。



「あ、そういえば、ウルトス様。新聞が届いていましたよ。でも偉いですね、急に新聞を読みたいだなんて」

「情報収集は大切だからね」


 新聞。

 リヨンは商工業の盛んな大都市なので新聞もある。俺は無理を言って新聞を領地まで届けてもらうようにしていた。

 要するに、今回の事件が世間でどう受け止められたか。それを確認しようという目的である。


「ウルトス様、どうぞ」


 リエラから渡された新聞を受け取り、読む。


「なるほど、ね」


 まず、貴族がパーティーで遊び呆けていたという点だが、領主であるランドール家のことは全く書かれていなかった。

 あくまでも、だらしのない貴族たちが、パーティーの趣旨とは関係のないところで醜態をさらした、という風に受け止められているようだった。


 悪くない。

 さらに読み進める。


「へぇ」


 ちなみに、俺も行ったことがあるいかがわしい秘密のクラブも摘発されたらしい。でしょうね、という感じである。未成年にあんな場所を用意するなよ……。


 そのほかには、「ハーフェン村に突如、奇祭が誕生!?!」とか「市長室で明け方騒音。市長、近所迷惑を詫びる」とかそんな感じのほのぼのニュースばかりである。

 

「よしよし」


 ほっと一息つく。


「ウルトス様、一応2紙目も用意してありますよ」と言われたので、2紙目にもさらっと目を通すことにした。

 

 どうせ同じようなニュースばかり――







 が、しかし、である。


 その紙面には、こう文面が躍っていた。


『――騎士団失墜。半壊の騎士団』


「へ?」




 唖然。

 一瞬、俺の脳内は完全に止まっていた。


 が、


「いやいや」


 ちょっと待ってくれ、と俺は思った。

 

 リヨンの騎士団を率いる英雄のレインは、めっぽう強い大男である。原作でも序盤からジーク君の父として、主人公の超えるべき存在として登場してくる。

 終盤でももちろんその強さを保ったまま、というちゃんとしたキャラクターなのである。


 それが、騎士団ごと半壊……?


 俺は手の震えを抑えながら、新聞を読み上げた。


「ハーフェン村近郊で大規模戦闘が勃発。騎士団の約半数が負傷し、騎士団長レインも負傷。相手の男はたった1人で現在も逃走中。騎士団は、周辺付近の住民に注意を――」


 見覚えのある単語が、紙面をにぎわす。

 ハーフェン村近郊。たった1人の男。


 俺は思った。

 あいつしかいない、と。


「あのペロペロ野郎……!」


 原作で粉砕されるキャラクターが、なんでジャイアントキリングを起こしているのだろうか。

 しかも、である。


「騎士団と戦闘を行った男は、正体不明の魔法を使用。

 男は、『俺の後ろは渡さねえ!!!』『あの男に、あの瞳に俺は誓ったんだよぉ!!!』などと、背後に更なる黒幕がいると見受けられる言動をしており、これを受けて、騎士団リヨン支部は、本部へと協力を要請――」


「……お、終わった」


 最悪だ。

 なんとあの剣舐め男は、剣をペロペロするだけでは飽き足らず、俺の秘密までペラペラしていたらしい。

 なんだよ。『俺の後ろ』とか、『あの瞳に』とか、やたらポエミーな感じで言いやがって。


 しかも、


「き、騎士団本部も動き出すの??? ハハハハハ……」


 思わず、乾いた声が漏れる。


「だ、大丈夫ですか?ウルトス様」


 リエラがそう聞いてくるが、全然大丈夫ではない。

 騎士団本部は、王国全土に支部を持つ強力な組織である。基本的にギルドに忠誠心すら持っていない冒険者共とはレベルが違う組織力を誇る。


 つまり――絶対に眼を着けられてはいけない組織だ。


「それが、俺に眼をつけ始めている???」


 最悪だ……。




「どうかされました?」

「そ、そうだね………」


 俺はこの悪夢に別れを告げることにした。

 新聞をリエラに返し、頭からこの情報を消し去る。


「い、いや、なんでもないよリエラ。なんかもう……新聞はいいかな?」


「え?」ときょとんとするリエラ。

「情報収集はもういいのですか? 後3紙くらいはありますけど……」

「いや、冷静に考えたら、情報だけになってしまうのも良くないかなって気がしてきたよ。うん。やっぱ新聞って温かみがないよね」


 前言撤回。

 俺は、「じゃあ。手紙とかは来てない?」と手紙でも調べることにした。

 

 そう、新聞でわざわざメンタルを削られることはない。

 たしか、両親も手紙を出すと言ってくれたはずだ。暖かい雰囲気の手紙で心をリフレッシュ――


「届いていますよ」と、リエラがニッコリ笑う。

「お? いいね。1枚目から読もうか」

「ハイ、1枚目は、イーリス嬢からです」

「は?」


 聞き間違えだろうか。

 なんでこっちを嫌っている令嬢の名前が???


「い、イーリス嬢????」

「そうですけど……」


 うん、なんで???????



 ◆

 


 しばしの沈黙の後、やっと気持ちを取り直した俺はリエラに聞き返していた。

 

「で、イーリス嬢はなんて?」


 彼女は、位の低い男爵令嬢、と見せかけ、王室の血を引く地雷オブ地雷である。

 たしかに見目麗しい美少女だが、正直、俺はこれ以上関わりたくなかった。


 この前の暴言は許さない、とかいう苦情の手紙ならまだいいのだが……。


「え~と、ですね。先方は、先日のウルトス様の『妾にしてやる』発言ですね。これの真意について問いただしたい、ということらしいです。今度こちらまで来る、と仰っています」

「……え? 来るの? 今度?」

「来ますね。文面自体は低姿勢ですが、おそらく、完全に向こうはやる気満々か、と」


 なぜか「ウルトス様が『妾にしてやる』とか変なことを言うから……」と、こちらをジト目で見つめるメイド。


「いやいやいやいやいや」


 何故か、完全に関係が切れたと思ったのに、こちらに急接近しようとしてくるメインヒロイン。


 そして、俺は今更ながら、ジェネシスとしての状態で会った時の彼女の、「やる気あります」という発言の意味がやっと分かってしまった。


「あ、あの時、『やる気が出てきた』とか言ってたのって、そういう……」

 

 俺はあくまでも、「将来的に原作で活躍できるよ?」みたいなノリでアドバイスを送っただけで、今すぐに、暴言を吐いた相手に楯突いてみろ!なんてけしかけた覚えはない。


 が、しかし、彼女の脳内では「一度、あの公爵家の息子、ウルトスと直接話をしてみよう」というところに落ち着いたらしい。


 ……もうめちゃくちゃである。


 イーリスがこちらに会いに来る?

 困るに決まっている。


 会ったとしても、俺は自分の血筋を知らない姫様相手に、どのように接すればいいのだろうか。


 こちらが偉そうにしていたら、将来的な死亡フラグに近づいてしまうし、かと言って、公爵家なのにこちらがへりくだっていたら不信感を持たれるだろう。


 め、めんどくさい……。

 

 ごちゃごちゃと色々考えたすえ――


「リエラ」と俺は晴れ晴れした笑顔で、呼びかけた。


「その手紙は……もういいかな……」

「え、いいのですか?」

「うん……もうお腹いっぱいかな……そ、そうだ!!! 次は? もう1枚は誰から?」


 ウルトス様が乗り気じゃなくて良かったぁ、と胸をなでおろすメイドに向かい、次の1枚を要求。 


「えっと、次はこれですね」


 お、いいね。

 便箋自体もちょっと高級そうだ。これはついに、うちのご両親からの――


「市長のグレゴリオさんからですね」


 瞬間。

 俺はティーカップを置き、茶菓子も置き、魔力で身体強化をした。

 すぐさま、高速でリエラの真横に立つ。


「きゃっ」と叫び声をあげるリエラ。


 そのまま、スムーズに手紙を触る。特段危なそうな魔力は感じない。

 ということはつまり……


「捨てよう」

「ええ!?! で、でもお手紙ですよ????」

「絶対ゴミだから、うん大丈夫」


 あの狂人からの手紙などゴミに決まっている。

 ゴミゴミ、絶対にゴミ。

 

「というか、燃やそう。なんかもう、盛大に燃やしといて」

「は、はぁ……」


 と、リエラが燃やしに行く。


 絶対にあの男からの手紙なんてろくでもないに決まっている。

 どうせ「良くもやってくれたな」みたいな内容だろう。読む価値もない。


 ふぅ、とため息をついた俺は、俺に休息と安寧を与えてくれるティーカップに手を伸ばした――





 が、一息つく間もなく、頬を紅潮させたリエラがすぐに戻ってきた。




「す、すごいです!! ウルトス様の言う通り、手紙を火であぶったら別の文字が出てきました!!」

「………………ヨカッタネ」


 圧力に負けた俺は、「さすが、ウルトス様……」と眼をキラキラさせたリエラから、いやいや手紙を受け取った。

 もはや嫌な予感しかしなかったが、手紙を開き、新しくあぶって出てきた文字を読む。




 その手紙にはこう書いてあった。



「我が王よ――。あなた様のギルド、貴方様の組織、《明るい夜》はすでに再び動き始めております。ご命令を。貴方様のためにすでに動き出す準備はできております。さあ、世の中に混乱と絶望を与えようではありませ――」




「ストップ」


 手紙から目を離し、頭を抱える。


 手紙の文章は、はっきり言って意味不明だった。


 まず、『我が王よ』という謎の呼びかけである。

 一体いつからこっちがお前の上に立つことになったのか。

 

 そして、『貴方様のためのギルド』とか言う最高に不名誉な称号だ。

 一体、誰ががいつから、闇ギルドのトップになりたい、といったのか。

 

「い、意味が分からない」


 俺は恐怖した。

 こいつは一体何を言っているのか。


 というかもう頭が痛くなってきた。


「でもすごいですよ!!強大な闇ギルドを一夜にして下し、さらに配下に加えるなんて……ウルトス様。返事はいかがしますか!?!」

「へ、返事は――」


 考える。 

 この難題をどう解決したらいいか。



 が、しかし。



「……い、いや、保留で」


 俺は引きつった笑顔のままそう答えた。

 無理だ。考えが読めなさすぎる。


 

 なんなんだよ、一緒に『世の中に混乱と絶望を』って。

 いつ俺がそんなことをしたい、と言ったのか???

 


 理解に苦しむ。




 ◆




 結果、和気あいあいと「やっぱウルトス様はすごいんですよねえ」とうなづくリエラを前にして、俺は絶句していた。

 全然モブに近づけていない……。


 せ、せめてもうちょっと明るいニュースを――


「そうだ!!!」


 そして、俺はやっと思いついた。


「ジーク君はどう?? 彼は元気に修行していた???」とリエラに尋ねる。


 そう。

 俺はハーフェン村に「盗賊の襲撃は大丈夫だった?」と使いを出すついでに、隣のラグ村のジーク君の様子を見てもらえるように頼んでおいたのである。


 原作通りであれば、もうすでにジーク君は旅の行商人から聞いた聞きかじりの知識で、血反吐を吐く修行を開始して――


 

 が、しかし、リエラから出てきた一言は俺の予想を超えていた。

 


「あぁ、ジークさん、ですか。その人なら……引きこもったままだそうです」


 へ????


「ひ、引きこもり……?」

「はい。なんでもハーフェン村に襲撃があった夜に、何者かと交戦したらしく……負けたショックで引きこもっているそうです」

「……………………」

「どうか、されましたか????」


 え。ジーク君、修行はじめないの?

 いや、それって……それって………だいぶまずくないか?


「……だいたい、ジーク君じゃなくて、ジークちゃんっていう村の美少女じゃないですか………」

「は、ハハハハハ……」


 リエラが何事かぶつぶつ言ってたが、俺はそれすらも聞こえていなかった。



 ガチャリ、と。

 ふらふらと空気を求め、俺は窓を開けた。


 ムカつくほど穏やかな雰囲気だったが俺の内心は正反対だった。




 なぜか知らないところで、俺の名前を出して大暴れする男・バルド。


 なぜか知らないところで、やる気を出し、俺に急接近してくる訳アリ、メインヒロイン・イーリス。


 なぜか知らないところで、俺に心酔し、一緒に世界征服みたいなことを持ちかけてくる狂人・グレゴリオ。


 そして、一向に動き出す気配がない原作主人公。

 



 そんな俺の脳裏に、思い浮かんだのは、この前の「アンタは一生そのままさ」というエンリケの一言だった。




「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」


 俺は目の前の穏やかな雰囲気に誓った。

 まさかそんなことになるはずがない、と。


 これはちょっとした行き違いだ。


 俺は、二度とジェネシスと名乗ったり、原作キャラと絡んだりしない。


 そう、俺は絶対に、



「――18禁ゲーでモブになるんだから」


 

 














 が、この時の俺はまだ知らなかった。


 

 この先、二度と被らないと誓った仮面を何度も被る羽目になることを。

 この先、二度と原作介入なんかしないと誓っておきながら、裏で暗躍を繰り返す羽目になることを。


 そして、この先、モブになると誓いながらも、わけのわからないほど強者たちの戦いに巻き込まれていくことを。

 


 この時の俺は、まだ知る由もなかったのであった――







―――――――――――――――――――――――――――――――――



主人公

→リヨンのイベントを何とか終わらせたと思ったら、死亡フラグが四方八方から攻めて無事死亡。




死亡フラグ①バルドルート

→敗北した末に、かつての自分を取り戻す、という少年漫画みたいな覚醒したバルドのせいで、王国全土に影響力を誇る騎士団に、バルドとそのバルドを操った仮面の男――ジェネシスが危険視されることになった。やったね!


死亡フラグ②イーリス令嬢ルート

→ジェネシスに「君ならできるさ」と言われたことをきっかけに、「ウルトスに対してももっと向き合ってみよう」と思いなおす。血筋が血筋なので、へたな扱いができず面倒くさい。かと言って気に入られたとしても、表舞台に立たされることになるため、やっぱり面倒くさい


死亡フラグ③グレゴリオ市長ルート

→自分を超える狂人に出会えたと思い、喜んでいる。巨大な広域犯罪闇ギルドを一緒に盛り上げようと主人公を勧誘してきた。主人公に陶酔しているため裏切りの心配はないが、裏社会にどっぷりつかることになるため、やっぱりヤバい。


死亡フラグ④ジークちゃんルート

→メンタルがズタボロになった美少女。彼女をこのまま放っておくと、世界が滅亡しかけたときに代わりに闘う羽目になる。メンタルが死にかけているので、やる気を取り戻させたいが、下手すると一生こっちに依存してくるため危険。






これにて、2章も終わりです!!!!!

「もうちょい修行してから出直すかぁ〜」と思っているので、たぶん3章は間が空くと思います。



そして、コメント、応援、レビュー等も待ってるぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



ちなみにこれは忠告ですが、異世界恋愛しか書いたことない人間がプロットなしでほとんど読んだこともない異世界ファンタジー毎日投稿すると、展開から疲労から何から、ドエライことになるのでマジで覚悟してください(いないと思うけど)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る