第53話 アット☆ホーム会談




 ――リヨンの中心部、市庁舎。


「今のところ、特に問題はない、か」


 グレゴリオは、自身の仕事先である市庁舎の階段を上がっていた。

 きちっとした身なりと風貌を見れば、誰もグレゴリオが世間を転覆させようとする男だとは思わないだろう。


 そう。

 誰にもグレゴリオの本質は分からない。


 貴族をわざと乱れた夜会に招待し、同時にリヨン近郊のハーフェン村で、闇ギルドを使い事を起こす。


 堕落しきった貴族はそれに気が付かず、いち早くそれに気が付いたグレゴリオが騎士団に連絡し、自身が株を上げる、という計画。


 もちろん、実際にやってみると不測の事態も出てきた。


 例えば、グレゴリオが主催した貴族の夜会では貴族が眠りこけていたが、今しがた入った連絡では、何者かのせいで会場の警備としてグレゴリオが手配していた男たちがやられてしまったらしい。

 一方で、ハーフェン村の方からも連絡が途絶えていた。



 ――が、それでも、グレゴリオは笑みを崩さず、市長室へと向かった。



 グレゴリオは特に何も感じていなかった。

 そして、それはこの計画だけではない。


「……《明るい夜》か」と、つぶやいてみる。


 そう。

 金と時間をかけた精鋭の闇ギルド――自分が作った《明るい夜》ですら、グレゴリオにとっては暇つぶしの一端にしか過ぎなかった。

 

「さて、次はどうやって遊ぼうか――」


 そう言って、グレゴリオは市長室の扉に手を掛けた。


「ん?」


 感じたのは違和感。

 扉を開けるとすぐに風を感じた。


 市長室の窓は占めていたはず。


 となると、


「おやおや、望まぬ来客かな?」


 目の前にいたのは、見たことのある少年だった。


「いやいや、ちょうど昨日ぶりだね、ウルトス君。何か用かな??」



 ◆



 部屋に入るなり、紅茶の匂いがした。

 少年がティーカップを片手にソファに座っている。


「いい紅茶だろう? 最高級の一品さ」と、グレゴリオはその少年に近づいて、表面上、優しく語りかけた。


「でも良くないよ、いくらランドール公爵家の嫡男とはいえ、僕の仕事場に勝手に入るとはね」


 が。


「市長。その僕は知っているんです。その……市長が闇ギルドとつながっているってこと」

「……へぇ」


 思わぬ返答。

 グレゴリオは途端に、少しだけ本心をのぞかせた。


 面白い。

 この少年はどうやらこちらの正体に気が付いたらしい。


 そうかそうか、と笑顔で対応する。 


「やれやれ困ったなあ。良く調べているみたいだね」

「僕は普通の生活がしたいんです。どうか、両親に、ランドール家に関わらないでもらえますか?」

「なるほどねえ。でも、ちょっとそれは難しい相談だな」



 獲物がすぐ目の前にいるのに、狩りを途中でやめる狩人がいるわけがない。


 しかも、


(――馬鹿か、こいつは)


 グレゴリオは、その甘さに笑いがこらえきれずにいた。

 普通の人生?

 

 いかにも、公爵家嫡男としての自信がない放蕩息子の言いそうなことだ。


 そして。


(まだまだ甘い)


 グレゴリオは笑顔の仮面の下で毒づいた。

 なるほど、確かに真実に多少は近づいたのかもしれない。

 しかし、この少年は甘すぎた。


 あまりにも、迂闊。

 ここに1人で来るとは。


「でも、ごめんね、ウルトス君。君、ちょっと不用心なんじゃないかな? ご両親も側にいるはずのメイドも連れてきていないとは」


 パチン、と。

 

 グレゴリオは音を鳴らす。


「こういう時にはちゃんと手駒を用意しておくことさ。特に君みたいな力のない弱者はね」


 それと同時に、市長室に男が入ってきた。


 3人。

 一見するとただの騎士に見えるが、男たちは通常の騎士団ではあり得ないほど、冷たい目つきをしていた。


 重厚な鎧。

 騎士の鎧は高価な金属からできていた。かの伝説のミスリル、とまではいかないが、大多数の冒険者なら喉から手が出るほどの一品だ。


 中途半端な魔法を弾き返し、生半可な一撃は逆にその武器の方を壊すだろう。


(ちょっとお遊びが過ぎたねぇ……少年)


 目線で合図する。

 男たちは、ソファーに座り、悠長に紅茶をすする少年を取り囲む。


 グレゴリオは少年を肩を叩き、


「じゃあね。僕は色々やらなきゃいけないことが多いんだ――」


 去ろうとした。

 

「ちょ、ちょっと話を聞いてください!」


 少年の手がグレゴリオの裾をつかむ。

 下らない命乞いか、とグレゴリオはその手を払おうと――




 





 


「いやだから、って」

 

「……ね、ねえ、君、なんでそんなに力が強いの?」


 グレゴリオの裾を握る手はびくともしなかった。

 引っ張ろうが身を揺らそうが、一向に揺らぐ気配はない。


「おい、こいつを引き剥がせ」

「――是非もなく」


 そう命令を受けた騎士が、ウルトスの肩を掴んだその瞬間。

 



 ガシャン、と一際大きな音がした。

 というよりも、破裂音。


「は?」   


 ありえない。

 肩を掴んだはずの1人の騎士が、あれほどの重量を誇る騎士がなすすべもなく、テーブルに叩きつけられていた。


 まるで、赤子の手をひねるかのように。


「ッ!! ちっ、お前たち!」


 すぐさま、他の騎士たちは動き始めていた。


 2人目は剣を構え、突撃。

 3人目はその隙に魔法を唱える。


 が、


「あぁ、結構いい剣使ってるんですね。いいなあ」


 この辺だと、この装備って珍しいですよね。


 そんなのんきなことを言いながら、少年は騎士の一撃を最小限の動きで躱す。


 躱す躱す躱す。

 ティーカップを持ちながら。


 それから反転。涼しい顔で剣を奪い、その勢いのまま柄でぶん殴る。

 重装備の鎧が凹み、砕け散った。


「…………カハッ」


 崩れ落ちる騎士。


「お、鎧も一級品ですね」

 

 悪夢だった。



 いや、まだいける。

 魔力が貯まった。3人目の男の雷撃の魔法が光を放つ。


「≪サンダーランス・ドライ/雷の槍・三連≫」


 サンダーランスは、グレゴリオもよく知っていた。

 

 雷の槍が対象者を貫く、強力な第4位階の戦闘用魔法。

 しかも、その魔法を3つ同時に唱える、と言う絶技。

 

 雷の槍撃は、市長室すらも飲み込むほどの勢いで――


「――は?」


 が、しかし、その魔法すらも、途中で何かの壁にでも当たったように、かき消された。


「ちょっと邪魔しないでもらえますかね?」


 そして、同じようにして、3人目の男も少年の前に、力及ばず崩れ落ちた。





 圧巻。 

 少年の手の紅茶は、


 すべて、片手での絶技。

 まさに、悪夢のような戦力差だった。




「ちょっと邪魔が入りましたね。まあ、お互い座りましょうよ」


(なんなんだ、コレ……は)


 訳のわからないまま促され、向かい側のソファーに座る。


 視線が合う。

 恐怖も怒りも絶望も宿していない、ただ涼しげな眼差しに射られ、グレゴリオは生まれて初めて他人を『不気味』だと思った。


「まさか、今日の僕をことごとく邪魔したのは――」

「あぁ、僕ですよ。あまり昨今、平和じゃありませんね。せっかくリヨンの街に来たのに、夜通し作業なんて」


 この少年が、すべてを手引きをしていた。

 

「何が目的だい?」と思わずグレゴリオは聞く。


 金? 名誉? 地位?

 一体、何の目的で――


「いや、僕はね。さっき言った通り、本当に、心の底から平穏に生きたいんですよ」

 


 ―――だから、市長も、もうちょっとおとなしくしててもらえませんか? ?



 少年が、笑顔で脅してくる。







(うそ……だろ?)


 グレゴリオは思った。


(コレが、ただのぼんくら息子だって? 冗談じゃない)


 これはそんな生易しいものじゃない。

 同じ狂人であるグレゴリオにはわかってしまった。他人とは違う自分だからこそ、ひしひしと感じ取れる。



 普段は放蕩息子。

 初めて会った時も、特段覇気もなく、ほいほい付いてくる単なる馬鹿なガキだと思っていた。


 が、それはあくまでも仮面。

 その裏で、この少年はずっと冷徹に考えていた。


 こちらを喰らう機会を。

 まさしく凡夫の仮面を被った、冷徹なる策略家。 


 もはやそれは狂気といっても過言ではない。


 こちらを騙すために、普段の評判など気にしない、狂気と冷徹さを内包した恐るべき怪物。




 そして、グレゴリオがありかたに絶句していたその時。


 ちょうど。

 少年の後ろから光が差した。


「……くっ」


 眼を細める。


 が、すぐにグレゴリオは少年の後ろに見える光景に目を奪われた。


 少年の後ろの空は、まだ朝ということもあって、まだ暗い。

 しかし、微かに昇り始めた太陽のおかげで、暗さと仄かな明るさが混ざり合い、独特な雰囲気を醸し出していた。



「あ、あぁ………!!!」



 例えるなら、


 ――それは、まさに、夜明けを告げる眩しき太陽。


(そ、そうか……!!)


 唐突に、突然に、グレゴリオは理解した。 


 自分は何のために、この組織を作ったのか。

 この組織は、一体誰のためのものなのか。


「は、ははっ――やった。見つけた!! ついに見つけたぞ!!!!」


 ついに見つけた、自分の予想を遥かに超える存在。


「これこそが――いや、貴方こそが、明るい夜!!!!!!!!」

 

 溢れ出る、愉悦。

 心を焦がすほどの、喜び。


 やっと自身が欲するものに出会えたグレゴリオは絶叫と共に、意識を失った。






 ◆




「えぇ……」


 俺は紅茶を片手にドン引きしていた。


 俺は極めて穏当に事を運ぼうとしていた。

 紅茶を用意しリラックスした話しやすいムードを作る。そして、温かみのあるアットホームな空間を演出。


 それから、あくまでも「普通の人生がいいんだよ」と相手に要求を伝える。


 完璧だ。


 もちろん、途中で危なそうな男たちが市長室をぶっ壊すほどの勢いで向かってきたために、多少は寝ていてもらうことになったが………。



 ――しかし。


「……やっぱ、ホンモノは違うな」


 交渉を進めようとしていたのに、途中で、グレゴリオは、



「こ、これこそが明るい夜だぁ!!」「うぉぉぉぉぉぉ!」とか、何故か自分のギルド名を叫んで、気を失ってしまった。



 いや、知ってるよ??? 

 おたくのギルドの名前は。




 

 ごちゃごちゃになってしまった市長室。

 なぜか気を失った敵たち。


「ま、まあこれで……いいのか?」


 手持ち無沙汰になった俺は、取り敢えず紅茶をすすることにした。


「あ、めっちゃうまい」




――――――――――――――――――――――



グレゴリオ

→暇を持て余していたが、ついに自分より上の狂人と出会い感動。


主人公

→紅茶を持ち、アットホームな雰囲気で会談しようとするも失敗。座ったソファーが、太陽が昇る東側にあったのが悪かった。


鎧の男たち

→グレゴリオの側近。重甲冑の騎士たち。生半可な冒険者ではとても太刀打ちのしようがないほどの圧倒的強さを誇る……が、紅茶を持つ少年に全滅。



※本日あと2話投稿して2章に蹴りをつけます。

仕事中をおサボりして職場で書きます。私は本気です。

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