第52話 『月』のグレゴリオ


 『ラスト・アルカナム』。

 略して、ラスアカ、という18禁ゲームには、世の中二病患者どもを熱狂させるシステムがあった。


 それが、アルカナ、と呼ばれるシステムである。


 タロットを構成する22枚のアルカナ。

 作中に登場するメインキャラクターには、それぞれ対応するアルカナが割り振られていた。


 例えば、今は不遇真っ最中だが、最終的になんやかんやで覚醒し、ルートによっては普通に王位奪還するイーリスだったら、『女帝』のアルカナが。


 例えば、今は普通のもやしっ子だが、常人には思いつかない狂気の素人として、愚かな修業をひたむきに続け、最終的にはラスボスすら打ち倒すジーク君には、『愚者』のアルカナが。


 という風に、アルカナ持ちのキャラクターは、それぞれの性格を象徴するようなアルカナを持つ。



 まあ要するに、基本的にアルカナが対応しているメインキャラクターは、大体一筋縄ではいかないので、モブ人生を目指すなら避けた方がいい、というわけである。



 ――が、極めて面倒くさいことがあった。

 


 この事件の主犯格であるグレゴリオも、いわゆるアルカナ持ちなのである。



 

 ◆



 グレゴリオ。

 リヨンの市長にして、一見仕事のできそうなさわやかなイケメン。


 正直言って、グレゴリオは直接的に強いわけではない。腕っぷしなら俺でも勝てるだろう。

 バルドよりも弱い。明らかに。


 だが、グレゴリオの面倒くさいところは、そこではない。




 彼は周囲の人々の心をくすぐり、強大な組織を立ち上げ、最終的に主人公の前へと立ち塞がる。



 しかも、それだけのことをしておいてなお、この男には特に何の目的もない。


 強いて理由を言えば、暇だから。

 小さい頃からなんとなく心に隙間があったグレゴリオは、要するに暇つぶしの相手を探していたのである。


 面白そうという理由だけで、街を掌握し、支配しようとする生粋の享楽主義者。

 

 敵キャラの中には、主人公に倒されると急に物分かりが良くなることもあるが、このグレゴリオだけは配下にしても隙あらば主人公を裏切ろうとする。

内政キャラとしては非常に有能でありがたいのだが、ちょっと目を離した隙に反乱を企てる、という暴れん坊っぷりを見せつけてくれる。


 ちなみに、その整った容姿と、絶対にプレイヤーになびかない狂気の悪役っぷりから、意外なことに人気キャラクターの常連でもあった。




 ――が、現実世界で考えたら、これほど面倒くさい相手はいない。



 そう。

 グレゴリオと言う男は、数いるキャラクターの中でも、間違いなく出くわしてはならない狂人なのである。



 だからこそ、俺はこのイベントが始まってすぐに、グレゴリオのところに殴り込むなんてことはしなかった。

 下手に動いたら最後、一生狂人に粘着されることになるから。







 ――奴のアルカナは『月』。

  

 アルカナの意味は、




 文字通り、悪役としてはこれ以上に無いほどの質の悪い狂人。

 それこそが、グレゴリオだった。



 ◆





「ジェネシスよぉ。そいつどうすんだよ」


 俺の話を聞き終えたエンリケが見るも嫌そうな顔で言った。


「話聞く限り、とんでもなくヤバいだろ、そいつ。俺の嫌いなタイプだ。少なくとも、俺たちのような暴力でどうこうするタイプとは、とことん相性が悪そうだしな」

「大丈夫だ、策がある」


 なぜ、『俺たち』と脳筋グループに俺がくくられているのかがわからないが、返事をする。


「俺たちが≪明るい夜≫側の人数自体をかなり削っている。だから、付け入る隙はあるはず」


 そう。


 いかにグレゴリオとはいえ、自分の手持ちの戦力が削られて、現状、動きにくくなっているだろう。

 グレゴリオからしても、愉快ではないはずだ。


 しかも、俺には、イーリスを華麗な話術で翻弄したりと、それなりに交渉が得意だという自負があった。

 



「なるほどな」と、真剣な顔のエンリケが頷く。

 

「相手側の人数が少なくなったことだし、グレゴリオのいる市庁舎ごと解体して一気に下敷きにするつもりか。いいぜ、俺好みの策だ」


「…………………あのさぁ」


 俺は思った。こいつは、脳みそだけじゃなくて魔力も筋肉でできているのではないか、と。

 あまりにもひどすぎる。

 それでは、俺がとんでもない、話も通じない化け物みたいじゃないか。


 もうダメだ。

 この男と一緒にいるとますますモブ人生が遠のく気がする。



「あのなエンリケ」と俺は呆れながら口にした。


 辺りを見渡す。


「もうほぼ、早朝だぞ。そんなことしたら近所迷惑だろ?」

「あぁ。言われてみりゃ、そりゃそうか」

「だろ?」



 俺は確信していた。


 手駒の尽きかけたグレゴリオ。そしてこれ以上関わってほしくない俺。


 しかも、今回はいくらジェネシスの姿をして対峙しても意味がない。

 そもそも、俺は、俺だけじゃなくランドール家自体に興味を持ってほしくないのである。


 そう。

 つまり俺がやるのは――



「仮面を外して、本来の姿で1対1で穏当に話し合う。紅茶でも飲みながらな。あくまでも主導権はこちらにあるはずだ」


 そして、もはや一生付きまとわれないように、不可侵条約を結ぶ。

 これしかない。


 今まさに、俺の運命を決定付ける会談が始まろうとしていた――




―――――――――――――――――――――



グレゴリオ

→爽やか狂人市長。ヤバい。


主人公

→近所迷惑は許さない。


『22のアルカナ』

→『四天王』、『七つの大罪』、『七福神』など数字が入っている集団を色々考えた末に決定。カッコいい。

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