第51話 仮面の村
自信を失いかけていた彼女にエールを送り、
「世界を救うのは君だぜ」「君もやればできるよ」アピールをしたところで、俺はハーフェン村へと潜入していた。
村に入るに当たって、仮面を取り外す。
服装もちょっと目立つが、運良く夜だし、みんな騒いでいるから、それほど目立っていない。
そうして俺は、村へと入っていった
いた……のだが。
「うわぁ………」
俺の目の前には、信じられないような光景が広がっていた。
なんでだ、と問わずにはいられない。
なんで…………
「………なんで子どもたちが、仮面???」
◆
楽しそうに笑顔を浮かべ、遊ぶ子供たち。
そしてその子たちの頭の上には、木で掘ったお面のようなものがある。
灰色の仮面。
間違えなく、ジェネシスのトレードマーク(仮)である。
しかも、
「ね、ねえ。それどこで手に入れたのかな……?」と聞いてみると、
「作ってもらったの!!」と元気よく答えてくれた。
なるほど。
ハーフェン村にいるプロの木彫り師が、作ってくれているらしい。
おかげで、子供たちのお面は、俺の仮面よりも数段にかっこよかった。
さらに、村の中央に進むたびに、俺はダメージを受け続けていた。
なぜなら――
「やっぱジェネシス様だよなあ。ハーフェンに来た盗賊を事前に予見していたのは、ジェネシス様だけらしいぜ」
「あぁ、騎士団の動きも遅かったしな! しかも自らは表に出ないってのが痺れるぜ!」
「あぁ。うちの村も救ってもらえたんだ!! 今日は飲み明かすしかないな!!!」
………これである。
道理で子供たちがお面を被ったりしているわけだ。
村人たちは、口々にジェネシスのことを褒めたたえる。
俺は共感性羞恥心に耐えながら、道を進んだ。
そうして、村の中央の広場に着いた。
集まる人だかり。
俺は突然声をかけられた。
「おや、アンタも話が聞きたいのかい???」
「え??」
「いやいや、わかっているよ。仮面の英雄・ジェネシスの話を聞きたいんだね」
「あ、いや別に俺は――」
いいから、いいから、とやけに圧の強いおばさんに連行され、俺は広場にいる群衆の後ろに連れてこられた。
「今から始まるよ、楽しみにしておきな。ジェネシス様第1の配下――エンリケ様のお話だ」
「……………………は?」
絶句した俺が、無言で待っていると、やがて聴衆は座り始めた。
おかげで、この身長でも真ん中にいる男の姿が良く見える。
「エンリケさん!! じぇ、ジェネシスとの出会いを詳しく………!」
「ほぅ………それを語るとするか」
そう言って、片手に酒を持ちながら渋い感じで話しだすのは、俺もよく知った男だった。
というか、エンリケだった。
「まあ、俺とぼっちゃ………ではなく、ジェネシスとの出会いは意外に最近なんだ。まあ、場所は言えねえが、とある時、俺はとある男と会った」
などど、具体性ゼロの話を偉そうに語り始めるエンリケ。
ていうか、お前、今坊ちゃんって言いかけたろ。
「正直、最初はなんだこいつ、って思ったよ。生意気な野郎だってな。でも、この俺の蹴りを奴は受け止めたのさ」
「うおおお」とか「やっぱ何度聞いてもすげえ!」という聴衆の声が聞こえた。
なるほど。
俺はやっとこの狂気の村の正体がわかってしまった。
きっとこの村で人助けをしたエンリケは、誘われるがまま宴会に出席、その勢いでこうやって俺の――ジェネシスのことを語り始めたのだろう。
それが回り回って、村中に伝染した、と。
………金をもらうな、だけではなく、「宴会に出るな」とか「変なうわさ話をするな」とかもよくよく言いつけておくべきだったかもしれない。
俺はなんとも微妙な顔でかっこよさげに語るアホを眺めいてた。
「あいつはいい眼をしていたよ」
そう言って、辺りを見渡すエンリケ。
エンリケの眼が、仮面を外していた俺を捕らえる。
「そうそう。ちょうど、そこの小僧みたいな生意気な眼で俺を見てやが――ん?」
「……………………」
俺とエンリケの眼があった。
無言。
ようやく、エンリケも俺に気が付いたらしい。
「…………あぁ、なんだその皆の衆」
急に気まずそうにエンリケのトーンが下がった。
「そ、そのちょ、ちょっと用事ができた気がするぜ!」
「えぇ~」という残念そうな村人の声。
俺は、そんなエンリケに笑顔で手を振った。
それから、村の外を指し示す。
――村の外で、お話をしようか、と。
◆
「で?」
村の外の森らしきところで、一旦落ち合った俺は、エンリケに説明を求めていた。
「いや、坊ちゃん。悪かったって。村の連中が、どうしても宴会を催したいって言って聞かなくてよ」
「それにしては、気持ちよさそうに話してたけどな」
「まあ、だけど見てくれや。盗賊の奴らは全員、始末したし、今だって結構、良い足止めになってるぜ?」
ほらよ、と言うエンリケに促されるまま、村の方を眺める。
すると、
「いやだから、我々は盗賊がいるとの連絡を受けて……」
「盗賊? 奴らはみんなぶっ倒れたよ!! そんなことより、いいから、ジェネシス様の仮面を買いな!! 健康長寿に、家内息災。商売繁盛だよ!!!」
「え?いや、だから、おたくの村の祭りに興味があったんじゃなくて、通報が………」
というやり取りがされていた。
真面目そうな騎士たちが、おばはん1人にやり込まれている図である。
というか、さっきの圧が強いおばさん、俺の仮面になんという効果を付属しているのだろうか。
「おい、どうするよ。ここの村、ちょっと陽気すぎるぞ。レインさんたちは気になる魔力があるって、敵の本拠地を直接探しに行ってしまわれたし………」と困惑した表情で話し合う騎士たち。
「な? 一応、ジェネシス。アンタのいる方に行くはずの騎士を多少は足止めしてあるのさ」
「あぁ、なるほど」
離れた所から、騎士たちがカツアゲされ掛けているのを見つめがら、俺は納得していた。
エンリケが盛大に村を巻き込んだ結果、盗賊が来た!と通報を受け到着した騎士たちが、この訳の分からない熱狂に足止めを食らっている、と。
まあ、原作だと騎士たちは、「俺たちは守れなかった……」と、死屍累々のハーフェン村の中で崩れ落ちるという、まあまあ後味の悪い結果を迎えるので、ここでカツアゲされるくらいの方が良かったのかもしれない。
生きている村人にカツアゲされるくらい、なんとでもないはずだ。
「じゃ、じゃあその、仮面を2枚ずつ………」
あ、さっそく仮面買わされてやがる。
「な? いい感じだろ?」と笑うエンリケに対し、はぁ、とため息をつく。
「まあ、結果オーライだけどさ」
が、俺は嫌な予感がしていた。
「これ伝統の祭りとかになったらいやだぞ、マジで………」
そう。
どう見たって村人はノリノリすぎた。完全に仮面の英雄・ジェネシスを信頼しているようである。もし、万が一、この祭りが毎年開催されたりしたら………
もし、そうなったときは――公爵家嫡男として絶対に、この祭りを叩き潰してやろう。
いかなる権力を使っても。
俺はそう誓った。
――が、この時の俺は知らなかった。
酒に酔ったエンリケが語った余計な内容によって、村人はもう完全に村を人知れず救った仮面の英雄・ジェネシスと、その刃となって村を守った部下・エンリケに心酔しきっていたということを。
そして、毎年のごとく、この祭りが開催されるようになり、この地域一帯の有名な祭りとして成長していくということを。
さらに、毎回、招待客として、俺はこの『仮面祭』に招待され続けることとなり、自分が生み出した
この時の俺は、知る由もなかったのである。
◆
――少しして、俺とエンリケは、リヨンの街へととんぼ返りするため、平原を疾走していた。
相変わらず、魔力をガンガンに消費させつつ進むエンリケに、あくまでも静かに進む俺。
「で、あとは市長だけか」
そんな時、エンリケが口を開いた。
「だいたいよ。で、そもそも、そいつは何がしたいんだよ? なんか理解できねぇんだよなあ。貴族の評判を落とし、闇ギルドを動かし、果ては騎士団に協力する善良で有能な市長のふりをして、自分の名を上げる」
エンリケが言った。
なんか、遠回りじゃねえか?と。
「あぁ、そうだな」
エンリケの見立ては間違ってはいない。
「というか、やつは何も考えてないよ」
「あん? それはどういう――」
「奴にとって、これはただの暇つぶしさ」
そう。
俺が知っているグレゴリオであれば、きっとそうだ。
『ラスアカ』における、ネームドキャラの悪役。
『月』のグレゴリオは、そういう男だった。
――――――――――――――――――――
主人公
→黒歴史鑑賞会に毎年呼ばれることになる。いつか仮面祭を叩き潰そうと画策中。
エンリケ
→主人公の黒歴史を大公開した。悪意がない分厄介。『仮面祭』には毎年招待されるものの、「へっ、俺の役割は終わったよ」とクールに参加を辞退。
グレゴリオ
→爽やかなイケメンクズ市長。
騎士団の騎士たち
→騎士団の中でも実力が低い方なので、アジトの方ではなく村に行かされた。バルドと交戦することはなかったが、オバサンに無事敗北。
仮面祭
→人知れずハーフェン村を救った英雄を称えるための祭り。祭りのクライマックスには、リヨンの街から来た多数の劇団員(本物)による仮面の英雄を称える劇も開催される。約一名を除き大好評の模様。
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