第49話 男の覚悟(※ただし、あまり伝わっていない)



「別の出口を教えてやる。だから、そこから逃げろ」

「え?」


 俺はそういうバルドをまじまじと見なおした。


「だって、お前………」


 バルドは俺の一太刀を受けており、傷も深い。

 今だって、傷口を抑えている。


 だが、


「情けは無用だ、ジェネシス」と言ったバルドは、なぜか晴れ晴れとした顔をしていた。


「クックック、俺も、かつてはお前と同じだったのかもな。こう見えて、誰よりも真っ直ぐに正義を求めてたりしていたのかもしれん」


「【絶影】……」

 

 俺は、バルドの異名を呼んだ。

 お前はさっきから何を言ってるんだ? という疑問とともに。


「その名は捨てた。もはや、俺はただのバルドだ」


 何か、覚悟を決めたように、バルドが語り出す。 


「ずっと長い間、暗闇を歩いていたような気がするよ。どうやら俺は、本当に大事なものを忘れてしまっていたらしい。大事なものはすぐ近くにあったっていうのにな

 ――ジェネシス。仮面を被りし、影の英雄。皮肉なものだ。お前という光が、影にいた俺に、かつての自分を思い出させてくれた」 


「…………………」

「…………………」


 沈黙。



「……………そか」


 ダメだ。全然、意味が分からない。

 あまりにもポエムが過ぎる。光と影とか、英雄とか、暗闇とか。


 エンリケと同等という評価は間違っていなかったらしい。

 きっとこのバルドは、ストレートに強者ムーブをしてくるエンリケとは違い、意味深でかっこよさげなことを言いまくる、というこれまた面倒くさいタイプの厨二病である。


 俺自身も、イーリスに意味深なことを言いまくる、という戦法を仕掛けたことはあるが、実際自分がやられてみると、こんなにも訳が分からなくてストレスが貯まるものだとは……。




「ふん、その沈黙………俺を置いておけない、とでも言うつもりか? とことん甘いやつだ」


 俺では埒が明かないと思ったのか、バルドが振り向いて、イーリスに声をかける。


「すまないな、お嬢さま。色々と悪かった。俺からの願いだ、このアホを外に連れ出してくれ。そこにある岩をどかせば、小さいが、道ができる」

「で、でも、あなたは……」

「頼む。一生の願いだ」

「わかりました……な、なら私が責任をもって、必ず!!」

「すまない、恩に着る。このバカは、未だに俺の心配をしているらしい。こいつをつまみ出してくれ。裏道を抜けたら、ハーフェン村の近くに出る」


 見知った魔力を感じたから、ハーフェンの方もきっと面白いことになっているはずだ、とバルドが笑う。


「行きましょうジェネシス。別れに涙は無用です!! 早く!!」と、なぜか俺を急かすイーリス。



「……そ、そうだな」


 なぜ、俺がバルドをめちゃくちゃ心配している、的な雰囲気になっているのかはわからないが、俺はある結論に達していた。


 少なくとも、これはこれでいいか、という結論に。


 まあ、考えてみれば、騎士団は正義の組織。

 そんな騎士団が、こんな負傷済みでボロボロの男を、寄ってたかってボコボコにするはずがない。


 これは、いわば自首である。

 バルドだって、もうボロボロなんだから大して戦う気もないだろう。

 平和に終わるはずだ。


 そんなことを考えながら、岩をどけると隙間に小さい道が見える。どこかに続いているようだ。

 その穴に先にイーリスが入った。


「さあ、ジェネシス。行きましょう………!」



 ――が。


 俺の眼は、とぼとぼアジトの入口の方へと向かっていくバルドに釘付けになっていた。


 いや、なんか……普通に可哀想である。



「――おい」と、俺は後ろ姿だけのバルドに呼びかけた。


「……なんだ」


 振り向きもせず、バルドが答える。


「……まあその、


 一応、これは俺の本心だった。


 たしかに、このバルドという男、変にポエミーだし、急に刃物を舐めたり、と若干神経を疑うような部分は多々あった。


 が、しかし。


 実際、戦って楽しかったのは本心である。

 俺は、戦いに喜びを見出すような脳筋ではないが……、とても楽しかった。



「……ハッ」


 一瞬の沈黙。

 虚を突かれたように、バルドが一瞬止まった。


「……あぁ、そうだな、ジェネシス。が――次にやったら勝つのは俺だ。覚えておけ」


 そうして、そんな言葉を残して、男は去っていった。


「いきましょう、ジェネシス」


 イーリスに急かされ、こちらもさっさと逃げるために動き出す。

 俺は、イーリスのあとに続き身をかがめながら、狭い通路を進んでいった。


 ――自首して色々終わったら、そのうちダイエットがてら、手合わせでもしてもらおうかな、と思いつつ。



 ◆




 出口。

 イーリスの後に続いて、長い長い抜け道を這って出た俺は、ようやく新鮮な空気にありつけていた。俺たちが着いたのは、小高い丘のような場所だった。


「ふぅ………やっと出れましたね」

「あ、あぁ………」



 がしかし、である。

 この脱出は、死ぬほど大変だった。


 何がというと、その原因はイーリスのお尻にあった。

 

 メインヒロインのイーリスは、普段から鍛えている、ということもあって、とてつもなくスタイルがいい。

 特に下半身。 


 しかも、俺たちが通ってきたのは、狭い小道。

 必然的に、俺は先を行くイーリスのお尻を延々と眺め続けることになっていた。


「………………ハァ」


 ため息をつく。


 正直言って、今夜の一番の強敵は彼女のお尻であった。伏兵は、思わぬところに潜んでいたのである。


 目の前で展開される、『尻』という名の圧倒的な暴力。

 ここまでせっかく、見ず知らずの仮面の第三者という体でやってきたのに、その俺の覚悟を台なしにするかのようなお尻。


 恐ろしい……。

 俺は煩悩を消し去るために、原作のお風呂シーンで出てきたレインとかいうゴリゴリマッチョのおっさんの上半身裸の姿を思い出し、必死に抵抗していた。





 そして。


 辺りを見渡したイーリスが、


「わぁ………!」と感嘆の声を上げた。


 イーリスにつられ、彼女の指さした方向を見る。


「ハーフェンの村、すごいことになっていますね」


 そう言って、穏やかに笑う彼女は美しく、普段であれば、思わず俺でもハッとさせられるほどだった。

 が、今の俺にはそんな彼女の美貌も目には入ってこなかった。



 なぜなら――


「賑やかで楽しそう……この時期の………お祭りでしょうか?」

「………………ソダネ」


 俺の目線の先では、盗賊に壊滅させられ、惨劇の舞台となるはずのハーフェン村から、「ぴ~ひゃらら」と、想像を絶するほど陽気な音楽が流れていたからである。


「………………………………」

 

 俺に去来する思いは、ただ1つだった。

 絶対に、






 エンリケ、と俺は心の中で呼びかけた。






 俺は確かにハッピーエンドにしてくれ、と言った覚えはあるが、こんなに面白おかしく騒いでくれと言った覚えはないぞ………。







―――――――――――――――――――――


主人公

→自分が脳筋だという自覚なし。


バルド

→夢に溢れていたかつての自身の姿を思い出させてくれた仮面の英雄に感謝するも、ちょっとポエミーな伝え方だったため失敗。この後、彼は、己の信念を思い出させてくれた男のために、満身創痍にもかかわらず、騎士団の精鋭たちと互角以上の戦いを披露するが、主人公には普通に自首したと思われている。


イーリス

→いいお尻をしている。


エンリケ

→諸悪の根源の宴会隊長。




※いつもコメントやレビューありがとうございます。

基本的に作者はカクヨム初心者なので、どんなコメントやレビューも、「ありがてぇぜ!!!」とか、「なるほど!!!そういう考えもあるのかよ!!!」と喜んでおります。

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