第48話 その瞳は、かく語る。


 終局。

 

 崩れ落ちるバルドに、ほっと安心するイーリス。


 そして、俺も仮面の下で安堵していた。

 やっと終わった、と。


「大丈夫か?」とイーリスに尋ねる。


「え、えぇ……」


 彼女も問題がないようだ。

 将来のメインヒロインを助けることができ、俺は一安心していた。


「そうか、なら」


 きっともうすぐ騎士団も到着するはずだろう。

 後は騎士団に、この【絶影】のバルドの引き渡し、イーリスの安全を確保。


 そうしたら俺はエンリケと合流し、街に戻る――


 やっとこのクソ長い夜も明けるときが、来たのである。



 すると、その時。



「貴様ァ……」と俺の下の方から声がした。


「………【絶影】か」


 俺の一撃を食らったバルドは立ち上がれないようだったが、眼だけは爛々とこちらを見ていた。


「お前に面白いことを教えてやるよ」とつぶやくバルド。

「なに?」


「クックック、確かに認めよう。仮面を被り、人知れず他人を救う。美しく気高い行為だ……だが」


 そう言って、男は顔を歪めた。


「――貴様のその行為に果たして意味があるのか??」


「なにが……」

「そちらのお嬢ちゃんは何か思い当たることがあるようだな」


 俺が振り返ると、イーリスは無言で顔を青くしていた。


「そう!! お前は知っているはずだ、貴族の腐敗をなあ!!! 俺は雇われの身で、この計画にさほど詳しいわけじゃないが、それでも色々耳にしたよ。例えば、贅沢に溺れた貴族のガキとかなあ!!!」





 こうして、バルドが語り出した。




 バルドが語った内容は、こうだ。


「メイドに『あ~ん』してもらわなきゃと言っていた貴族のバカなガキがいる」


 俺じゃん、と俺は思った。


「接待を受けたただけで、自分たちが特別だと勘違いしているバカなガキ」 

 

 俺では?と俺は思った。


「しかもそんな奴に限ってなあ!! 公爵家の息子なんだよ。信じられるか??」


 完全に俺だわ、と俺は思った。



 そこまで言った男が、つまり、と嘲笑う。


「お前が影から世を救おうとしても無駄なんだよ!!!ジェネシス!」


「……たしかに、そうです」と後ろからも声がした。


 イーリスである。


「その男の言うことはすべて事実……悔しいですが」


 そうして悔しそうに顔を歪めるイーリス。


「……………………」


 おかしい、と俺は思った。

 いや分かる。まだ、バルドにチクチク言われるならわかる。


 が、なぜ助けたというのに、俺は後ろからもチクチク言われなきゃいけないのだろうか。

 

 そして、2人とも悪口を言っている自覚がないのが怖い。

 ウルトス=バカな貴族のガキ=俺=仮面の男、という方程式は俺しか知らないのである。


「クックック、この世界に救う価値はない!!」

「たしかにそうかなのかも……」


 相変わらず、勝手なことを言いまくる2人。

 それでもって、やり玉に挙げられるのは俺の表の顔。


「――で」


 反射的に、俺から魔力が漏れ出た。

 あまりにも度を越した誹謗中傷に、俺は反射的に口を開いていた。


「それがどうした?」

「えっ」

「なッ!!! だから………貴様のやっている行為は――」


「もう一度聞く」


 無意識のうちに、効率よく抑えていた魔力が漏れ出る。


 が、俺にも言いたいことは山ほどあった。


 死亡フラグにまみれているんだぞ、こっちは。

 勝手なことばかり言うんじゃない、と。


 顔を上げる。

 

「――だからどうした?」


 要するに、逆ギレである。 

 





「必要なのは行為だ」 


 俺は淡々と答えた。


「俺は、誰が何を言おうと、絶対に自分の信念を曲げない」


 そう。


「――それこそが、俺の義務オブリージュ


 そうだ。

 俺はなんと言われようと生き残る。 


 俺は、クズの運命を変えるんだ。





「くっ、なら」


 と、俺のことばを聞き、悔しそうに顔を歪めたバルドが口を開いた。


「……なら、俺を殺せ!! 敗北した者を殺すのが理だ!!」

「…………えぇ」


 なんでこいつ、そうなるんだろう。

 俺はドン引きしていた。


 モブらしさを追い求めている俺にとっては、殺人なんてNG中のNGである。

 いや、相手が死ぬほど強かったらうっかり、みたいなのはあるかもしれないけど、基本的に殺してやろうとなんて思っちゃいない。


 というわけで、目の前で、


「殺せぇ!」と叫ぶメンヘラを微妙な表情で眺める。


「……………………」


 俺は無言でバルドの眼を見続けた。


 殺さないから、と。頼むから騎士団に捕まってくれ、と。


 こうなったら、我慢比べである。



 あ、ヤバい。

 動きすぎたせいで、仮面がズレてた。





 ◆


 

 ジェネシスを見上げる。


「俺を殺せ!!」と声を上げたが、ジェネシスは無言でこちらを見ているだけだ。


 ――が、


(待てよ………)

 

 バルドは、あることに気が付いた。

 

(まさか、こいつ……)


 ジェネシスからは不思議なほどに、血


(まさか、こいつ、俺のところに来るまでの間、誰1人として手を懸けてこなかった………のか??)


 あり得ない。

 バルドは思った。


 誰にも知られず、誰にも称賛されずに、人を救う。

 

 そして。

 その上、この仮面の男は、敵すらも救おうとしているのか。


「……なぜだ……?」


 思わず、バルドは尋ねてしまった。


「なぜそうまでして己の信念に準ずることができる!?! なぜそこまで尽くして見返りを求めない!?! なぜ……そこまで、正しくいられるんだ!?!」


 地面に這いつくばりながら、バルドは己の疑問をぶつけた。

 仮面を被り、誰にも知られず闘い続ける。どんな腐敗があろうとも、己の信念を曲げない。


 いったいどんな信念だ。


 あの強さは普通ではない。一体、どれほどの鍛錬を積めば、そのような高みに到達できるのか。


 影の域外魔法を得た自分ですら、闇ギルドの犬に成り下がって、敗北の末、這いつくばっているというのに。

 


 疑問を叩きつけたバルドの目。

 それを、ジェネシスは静かに見下ろす。





 気が付けば、男の仮面が少しズレていた。

 そのおかげで、下から見上げるバルドには、眼の部分がよく見えていた。


 ジェネシスの、澄んだ燃えるような瞳。



 

 その瞳は、バルドを真っ直ぐに貫く。



 そして。



 ――その透き通った眼差しは、「お前もその答えを知っているはずだ」と無言で、語っていた。



「………そん………な」


 思わずつぶやきが漏れる。

 

 ジェネシスは、己の信念を守って戦いに向かっている。

 なら、俺は??

 

 一体、俺は何のために闘っている???

 なぜ苦しみながら、俺はたった1人で影の魔法を習得した??


 俺は、俺は――



 



 ◆



 俺とバルドの無言にらめっこが5分ほど経ち、もうそろそろ観念してくれたんじゃないか、と思い始めたそのとき。



 ――瞬間、外からものすごい圧力を感じた。

 この莫大な魔力量に、一糸乱れぬ統率ぶり。


「チッ」


 最悪だ、と俺は思った。

 どうやらくだらないことをしているうちに、本命が来てしまったらしい。


「騎士団……!!」


 イーリスがつぶやく。


「……………まずいな」と俺も仮面の下でため息をついた。


 今一番、来てほしくない相手である。


 あの魔力の感じからすると、確実にメインキャラの一角である英雄・レインもいるだろう。


 バルドがメンヘラぶりを発揮していなかったら今頃、アジトの表の木にでもバルドをつるして、おまけにイーリスを適当に置いておいておけたのに……。


 マジでどうしよう。

 





 ――が、その時。



「ふん、ジェネシス。貴様もまだまだ甘いな」

「………?」


 グハァッ、と俺に斬られた部分を抑えながら、立ち上がった男がいた。


 何を隠そうバルドさんである。


「さっきまで魔力を上手く隠していたのに、バレたな。これに懲りたら相手の挑発に乗らない様にしろ」


 俺のような挑発にな、と笑うバルド。


「バルド………」


 立ち上がったバルドには悪いが、今更なんなんだろうか、と俺は思ってしまった。

 まさかもう一回やりたいとでも言うのだろうか。


 今はバルドをどう騎士団に捧げれば、ことが一番穏便に収まるのかを考えている段階だ。

 正直言って、メンヘラの相手をしている暇なんて――


「ジェネシス。行け」

「は?」

「別の出口を教えてやる。だからそこから逃げろ」

「え?」


 カンの鈍いやつだ、とバルドがよろよろと剣を持つ。


「――俺が騎士団とやり合う。そのすきに、貴様はそこの娘を連れて逃げろ」


 

 この時、俺が思ったことはただ1つ。






 

 こ い つ は 一体 な に を 言 っ て い る ん で し ょ う か ???




――――――――――――――――――――――






バルド

→「お前の正義には意味がないんだよ!」的な言葉の攻撃を仕掛けるが、そもそも自己保身のためにしか戦っていない主人公には1ミリも響かなかった。主人公に見つめられたことにより、彼の心にはある変化が……?


イーリス

→本人を目の前にして陰口を叩いてしまう。


主人公の眼

→キラキラしている。眼もきれい。



※「最近展開遅いよ!」的なコメントやレビューを見かけました。


申し訳ない。。。

これは、作者の筆力の問題っす(´;ω;`)

ここからはテンポを上げていくので、楽しんでもらえると嬉しいです\(^o^)/




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