第43話 その強さは、誰がために
「っ!《ファイアー・ボール/火球》!」
魔力を込め、放つ。
だが、
「なるほどな」
――届かない。
イーリスの放った魔法はすべて男の影によって阻まれていた。
自由自在に動く影によって、火属性の魔法がかき消されている。
(嘘でしょ……)
こんなに遠いはずがない、とイーリスは思っていた。
「ハァハァ……」
いくら努力しても、届かないのか。
いくら頑張っても、自分の力はこの程度のものなのか。
呼吸が荒くなる。
(ダメ……相手に吞まれては、相手が誰であろうと私は――)
そうだ、闘わなくては。
自分が生き残るために。
「うあああああああああああああっ」
やるしかない。
イーリスは再び魔力を集め始めた。片っ端から。もうどうなってもいいから――
「さて、残念なお知らせだが――」
が、そんな絶望するイーリスに追い打ちをかけるかのように、男が言った。
「俺は、あの【鬼人】と闘ったことがある」
「――は?」
「3日戦ったが、どうも決着がつかなくてね。お互い満身創痍だった。それ以降、俺は全てを絶つ影、と言われるようになった。【絶影】のバルド、と呼ばれる所以さ」
「そん……な……」
目の前が真っ暗になる。
確かに、冒険者などが己の強さを誇示するのに有名な人物を上げて、「俺はこいつと同等だ」と言うのはよくあることである。
それにしても、
「あの……【鬼人】と同等の実力……!?」
エンリケ。
その名はイーリスも知っていた。
Sランク冒険者がギルドを辞める、というのは往々にある。
でも、それはあくまでも、国から功績を認められて領地をもらったり、騎士団に加入したり、魔法使いとしての腕が認められて学院入りした、とかそういうレベルである。
傍若無人過ぎて、ギルドを追放されたなんて、イーリスの知っている限りでもほとんどない。
つまり、それだけイカれている。
元Sランクの怪物。
イーリスはエンリケを、そう結論付けていた。
そして、この男、バルドはそれと同等。
勝てるのか。
イーリスの心の中に、どす黒いものが広がっていく。
(私なんかじゃ――)
強さ、という唯一の誇りすらも消えそうになる。
が、
その絶望がイーリスを包み込む前に、ある音が聞こえた。
最初に気が付いたのは、バルドだった。
「ん?」
不審そうに顔を歪める男。
遅れて、イーリスも気が付く。
カツン、という足音。
その音が、徐々にこちらに近づいてくる。
「誰だ? この部屋には近づくなと言ってあるはずだが――」
また、カツンという音。
やがて、イーリスは後ろに人の存在を感じた。
「逃げて!!!」
その瞬間、後ろにいる人物が、敵か味方かもわからないのに、思わずイーリスは叫んでいた。
正直言って、イーリスはボロボロだった。勝てるはずもない。
けれど、自分以外は助かる可能性がある。
だからこそ、彼女は叫んだ。
「あいつが狙っているのは私!!」
いいから逃げてくれ、と。
それは、イーリスができる精いっぱいの強がりだった。
危険性を告げる。
あの男は、悪名高き――【鬼人】それと同レベルなのだ、と。
だから、どうか助かって、と。
「なるほど」
後ろから聞こえた声は意外なほど若く聞こえた。
「エンリケクラス、ということか」
「ええ、そうよ、だから早く――」
――が、声の主は予想外な方法に出た。
「よく、頑張ったな」
そう言って、イーリスの肩をぽんぽんと軽くたたき、彼女の前に立つ。
「……え」
イーリスは、虚を突かれた。
男は奇妙な灰色の仮面に、漆黒の衣装を身にまとっていた。
仮面の男のわけのわからなさもそうだが、なぜこの男は、自分の前に立つのか。
まるで、自分が代わりに闘う、とでも言うかのように。
「……誰だか知らないけど……死ぬ気??」
イーリスは震えながら尋ねた。
「いや、死ぬ気はない」
男が断じる。
「でも、私をここで助けても何のメリットもないわよ……私は、妾の子で……」
そうだ、妾の子だ。
自分を助けても――
がしかし、それすらも男は否定する。
「メリット云々の話じゃない」
「でも、だって、あの男は………域外魔法、人智を超えた魔法の使い手で………」
「あ、そうなの?」
男の口調は軽い。
傍から見たら、イーリスは、この男は馬鹿なのではないか、と疑ってしまったことだろう。
「まあでも、それも一切関係ない」
が、しかし。
イーリスは気が付いてしまった。この人は違うんだ、と。
敵の脅威に気が付いていないわけではない。
(逆……なんだ……)
男の堂々たる姿勢。
仮面の男は、敵があの鬼人と同等だと、敵の強さを認識してもなお、自然体を保っているのだ。
「でも、なんで……」
もはや消え入りそうな声でイーリスは言う。
だって、そうだ。
なぜ助けてくれるのか。
自分を助けたところで、何も得られることなどない。
リヨンでもそうだった。
助けてほしい。
そう願っても聞き入れてくれなかった。
ランドール公爵は、まだ好意的に聞いてくれたが、援助を頼んでも大多数の貴族は「差し出せるものはなんだ?」といやらしく顔を歪めるだけだった。
そう。
自分には差し出せるものなど何もない。
自分なんかを助けても――
男が口を開いた。
「――君が、助けを求めるように見えたから」
「……え?」
その仮面から漏れたのは、呆れるほどに甘い理由。
助けを求めている人がいるから、助ける。
どこまでもシンプルで、どこまでも甘っちょろい理想。
誰もが成長するに連れ、捨ててしまうようなそんな理由。
「……そんなの……」
あるわけがない。そう言おうとしたイーリスは、ふと、とうの昔に忘れていた祖父の言葉を思い出していた。
『――イーリス。君は誰よりも才に恵まれている』
「……あぁ」
『――だからこそ、その強さは他人のために使いなさい』
「……あぁ!!」
祖父はいつも言っていた。
ノブレス・オブリージュ。
それは力を持つ者の義務。力を持つものは他者のために闘う。
他の誰でもない、他人のために
――その強さは、他人のために。
仮面の男は悠々とバルドの方へと歩いていく。
「なん……で?」
もはやイーリスの眼差しは、仮面の男の後ろ姿だけに注がれていた。
——『
そして。
「さて。選手交代だが、構わんだろ?」
「フン、逃げられるチャンスを逃す、か。くだらない」
バルドと仮面の男が向き合う。その様をイーリスは心配そうに見つめていた。
理由は簡単だ。
こちらが押しつぶされるようなどす黒い魔力を噴き出すバルド。
が、仮面の男からは何も感じない。
そう。魔力も何もほとんど感じない。
「教えておくぞ小僧!!! 戦場では他人のために動いたやつから死んでいく――何のメリットもない戦いに興じて、何になるッ!!!!!」
バルドが突っ込む。
イーリスはその一撃を必死で追った。
が、
「えっ」
イーリスの眼に映ったのは、平然とその一撃を受け止める男の姿だった。
◆
激しい剣戟の音が、辺りに響く。
イーリスは目の前の戦闘に信じられない思いをしていた。
魔力の量は人それぞれ、生まれつきだ。
そして、魔力の量が多ければ多いほど、身体から漏れ出す魔力の量も多い。
だから傍から見ても、重苦しい魔力を振りまくバルドの方が、魔力量も多く有利に見える。
(なのに……)
仮面の男を目で追う。
切り結び、身体を入れ替え、まるで舞踏するように剣を振るう2人の男。
が、嘘でしょ、とイーリスは思った。
徐々に、
「押し……てる????」
押しているのは、魔力をほとんど感じられない、仮面の男の方だった。
切る、斬る、きる。
己の影をも防御として扱えるのだから、単純に言って、バルドの方がはるかに有利なはず。
だが、しかし。
「シッ……!」
仮面の男が剣を振るい、男の剣が、影で防がれた。
「ッ……!! 貴様ァ!!」
が、影でかろうじて防げているが、バルドはその速度に追いつけていない。
自分でも押されているのがわかっているのだろう。バルドの顔が歪む。
押されている。
なぜ、と冷静になった頭で、イーリスは考えた。
どう考えてもバルドが有利な……はず
(待って、まさか)
ふとイーリスの頭の中に、ある仮説が思い浮かんだ。
あり得ない。
だけど、そうじゃないと説明できない。
「――そんな魔力の運用方法、あり得るの……???」
――――――――――――――――――――――
イーリス
→強気な性格からは想像しにくいが、ほぼ独力で第3位階の炎魔法を習得した才女。頭がかなり回る。あまりにも頭の回転が早すぎて深読みしすぎるのが難点。
バルド
→かつてのエンリケとの戦闘は伝説級。エンリケがパワータイプだとしたら、テクニックに秀でたタイプ。
優れた剣技に、自動で防御するという【影】の域外魔法を組み合わせて戦闘を行っており、白兵戦では無類の強さを誇る。
イーリスの祖父
→孫娘に貴族としての心構えを説くが、なんか余計なことを言ってしまったような気がしないでもない。
主人公
→後ろ姿だけはいい。
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