第42話 領域外の魔法
イーリス・ヴェーベルンの今日という日を振り返れば、ひどい一日だった、と言う他ない。
イーリスは、わざわざ辺境の領地から、この大都市リヨンを訪れた。頻発する魔物対策のために、である。
彼女だって多少は期待した。
何か、貴族の集まる会議で、少しでも対策を進めることができるのでは、と。
がしかし、会議は機能していなかった。参加していた貴族の主な目的は、パーティーで散々騒ぐことだったようだ。
しかも、頭の悪そうな貴族の子息たちがこっそり行く先を着けてみたら、まさかの怪しげな場所。
そこで会ったウルトスとかいう公爵家の嫡男も、それはそれはひどかった。
後ろには顔を真っ赤にしたメイドを控えさせ、「お前を妾にしてやろう」という発言。
臨界点。
――その言葉は、イーリスにとって地雷だった。
妾の子ども、という出自。
それに負けないために今まで必死で努力してきたのに、ウルトスの言葉は、その努力を嘲笑うかのようだった。
「貴族の矜持」はここまで落ちたのか、と思わず手まで出してしまった。
そして、たまらず街を出たイーリスは、お世話になったハーフェン村を通った。
村人に挨拶をし、別れを告げる。
もう夜も遅かったので、村に泊まっていた時に仲良くなった隣村の子・ジークと、もう一度会えなかったことを悲しみつつ。
そうしてイーリスは、領地に帰る、つもりだった。
――が、
村を出て少し経った瞬間、イーリスが乗っていた馬車は見知らぬ男たちによって襲撃され、気が付けばイーリスは、このアジトにいた。
◆
連れてこられたのは、洞窟の中の施設だった。
イーリスの前には気だるげに座り、眼をつむる男。
(いける)
絶体絶命の状況下だが、イーリスはそう思っていた。
男は油断している。周りに一緒にいた男たちも、「目的地に変な男が出た」と、慌てたようにどこかに去っていった。
気絶したふりをしたイーリスは、冷静に辺りの状況を観察していた。
(きっと、いけるはず……!)
イーリスは己の強さにそれなりの自信を持っていた。
――魔法には、それぞれ位階がある。
学院に入学して少し経った生徒が使えるのが、初歩的な第1位階の魔法。
学院を卒業するまでに、第3位階の魔法を使えるようになれば、まずまずだ、と言われている。
現在使えるイーリスの最大火力は、【炎】の第3位階魔法。
そう。
イーリスは類まれなる才能によって、学院入学前にして、第3位階の炎魔法の行使を可能にするまでに至っていた。
油断なく鍛えた才能の塊。それが、イーリスだった。
(――私の炎は、すべてを貫く)
慎重に辺りを探る。
拘束されていたロープは、すでに切ってある。
そして、体内の魔力は注意深く、慎重に練り込んである。
後は隙を見て、自分の最大火力を叩き込むだけ。
そう、勝負は――
(今、この瞬間ッ!!!!)
拘束を解き、一気に走りかかる。
イーリスは目を閉じる男に近づいた。
呪文を唱える。
体内の魔力を術式へ。
「《イクスクルーシブ・ブラッド/爆裂する散花》――」
【火】属性の第3位階の魔法。
ただでさえ、火力の高さで知られる【火】の魔法。
そして、このイーリスが得意とするこの魔法は、第1位階のファイアーボールより有効距離は少なく、相手に近づく必要はあるが、その分、威力は絶大だった。
「ん?」
男がいまさら目を開ける。
遅い。
もうすべてが終わっているのだから。
――が、
「………………ッ!」
瞬間、イーリスの背筋を寒気が走った。
はじかれたように、後ずさる。
「へえ、俺の魔法に気が付くか」
「……なにが」
正直言って、男の様子に何も変化はない。
先ほどと同じように、座ったまま。
が、猛烈に嫌な予感がしたイーリスは、瞬間的に、自分の進路を変更していた。
「いやいや、見事だ。見事だよ、お嬢さま」
男がそう言って拍手をする。
「あと2秒判断が送れていたら、今頃、そのきれいな肌に傷がついていただろう」
「どうも」
そう言いながら、必死にイーリスは頭を回転させていた。
男がふわりと立ち上がる。
イーリスは目を凝らした。
男の周りは、別に何の変哲もない。
男の周囲は黒い影ができており――
(……影???)
おかしい。
違和感。
よくよく影を見ると、男の足元の影は、まるで動物のように、うごめいていた。
「っ……………!!!」
「俺の魔法は自動防御式でね、便利なんだが――気が付かぬうちに相手を切り刻んでしまうのが難点だよ」
ウソだ、と言いたかった。
こんなことがあるわけない。
自動で動く魔法???
とんでもなく高度な魔法だ。
そして、動く影。
こんな魔法の属性、書物でも見たことはなかった。
そこから考えられる結末はたった一つ。
ほぅ、と男の口角が上がった。
「このバルドの魔法に気が付いたか。惜しい娘だ、あと数年も経てば、きっといい戦いをできただろうに」
間違いない。
イーリスは絶望と共に、口を開いた。
「――域外……魔法」
それは、この世で最も特異な魔法の呼び名だった。
◆
魔法――それは、生まれ持った魔力を使って、通常ではなしえない現象を起こす技術のことを言う。
もちろん、魔法の習得には時間もかかるし、それなりの教育施設に通う必要がある。
なので冒険者などは、魔力を持っていたとしてもそれを身体強化に回すだけ、という輩も多い。
しかし、王国の騎士団やどこかの領主の仕えるのであれば、やはり魔法を使えた方がいい。
というわけで、世の中の親は子供に魔力があるとわかると、その魔力を【鑑定】することになる。
その鑑定によって子供の属性を知るのだ。
そして、魔法には属性がある。
例えば、メジャーなところで言えば、火、水、土、風、雷だろうか。
これらは5大属性と言われ、かなりの花形だ。これらの属性を持てば、外れがない、とされている。
そのほかには、少し人数は減るが、召喚、生活関連の魔法など。
そして。
これらの魔法は、位階ごとに整理されていた。例えば、ファイヤーボールなら、【火】魔法の【第1位階】に属する。
つまり、使える【属性】と対応する【位階】で、相手が魔法使いなら、だいたいの力量を知ることができるのである。
――が、時たま、ごくごくたまに、鑑定してもその属性を把握できなかったり、異様な反応が出たりすることがある。
それこそが、『域外魔法』。
意味は簡単だ。
つまり、その魔法は人類が手にした魔法技術の領域の外にあるということ。
そう。
域外魔法は、文字通り領域外の魔法。
だから、そんな域外魔法の習得は、お世辞にも楽だとは言えない。
例えば、メジャーな属性だったら、それなりに指導方法が確立されていて、だいたいの人間でもしっかり勉強すれば、第1位階程度には到達することができる。
そもそも、対象の魔法自体の研究が進み、位階ごとに整理されているのだ。かなりのアドバンテージだと言えるだろう。
が、しかし。
域外魔法は違う。
そもそも人数が極端に少なく、その人固有の魔法なので、第1位階とか第2位階とかいう区分自体が存在せず、指導方法も何もない。
そう。
域外魔法は、己で何とかするしかないのである。
しかも、域外魔法は非常に時間がかかる。
メジャーな属性であれば、他の属性もサブとして使える人間も少なくはないが、域外魔法を本気で極めようとすると、他の属性に手を出している暇など一切ない。
そうして、必死に努力した末に、絶対に報われるとは限らない。
幸か不幸か、域外魔法に適性があったとしても、一生そのことに気が付くこともなく死を迎える人間も多数いるという。
それが域外魔法。
外れの属性。
が、それはあくまでも、極めていない人間にとっての話。
一度、域外魔法を極めた人間にとって、域外魔法は、まさしく人外の技術と化す。
つまり、これまでのデメリットがすべて反転するのである。
指導方法も何もない、というのはすなわち、圧倒的な自由度の証。
その人固有の魔法、ということはすなわち、戦いにおいて、情報戦において、絶対的なアドバンテージになりえるということ。
そう。
域外魔法は、鍛えれば鍛えるほどに、強さが増幅する特異な魔法。
◆
「そん……な……、域外の魔法……」
呼吸が荒くなる。
やがて。
「さて、本気を出すか」
なんでもなさそうにそう告げた男は、ぺろりと自身の持っていた剣を舐めた。
「………なッ!!!」
「気にしなくていい。俺の
男の身体から魔力が噴き出す。
この時、イーリスはやっと気が付いた。
男は全く本気を出していない。
――そして、それは、
イーリスとバルドと名乗る男に横たわる、歴然たる差を示していた。
―――――――――――――――――――――
バルド
→前話での刃物なめなめをイジりにイジられていたが、影を操るという己の域外魔法を極限にまで鍛えた、決して油断ならない真の猛者。刃物を舐めるのは、戦闘前の
イーリス
→勝気な美少女だが、バルドの圧倒的強さに絶望中。可哀そうで可愛いですね。
域外魔法
→経験値がめっちゃ必要な大器晩成型の魔法
※当作はちゃんとした悪役系異世界ファンタジーなので、魔法の設定らしきものもあります。決して脳筋魔力ゴリラが剣を振り回すだけの作品ではありません
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