第41話 君が、助けを求めてるように見えたから
「あいつが狙っているのは私!!」
俺はこの時ほど、仮面を被っていてよかったと思わずにはいられなかった。
なぜなら、この瞬間、俺は仮面の下で事態が一切飲み込めず、見事なほどにアホ面を晒していたからである。
「今なら間に合う、逃げてッ!! いいから!!!!」
「………………え、あぁ」
いいから早く、と彼女は焦っているようだった。
あれ、と俺は思った。
メインヒロインのイーリスは本当に強い。
原作での彼女は、当初、主人公を侮ってはいるが、その真の才能を片鱗を発揮させたジーク君に破れて以降は彼のことを好きになる、というツンデレ系ヒロインである。
そんな経緯もあって、割と幼少期のころから強く、戦闘では頼れるメンバーの1人。
ちなみに、ヒロイン連中でぶっちぎりに強いのはカルラさんだが、域外魔法を使える彼女はそのままだと強すぎると判断されたのか、彼女がパーティに入るときはだいたい薬とかを飲まされて調子が悪い時で、基本的に弱体化させられている。
可愛そうだ。
が、
――不信感。
そんな彼女が、こうまでして取り乱す相手。
視線をもう1人の男の方に送る。
向こう側に、ふらりと立った男は能面のような表情をしていた。感情が感じられない眼差しをした色白い男。
ほお、男がつぶやく。
「……珍妙な乱入者だ。村の方からは懐かしい魔力を、【鬼】の魔力を感じたのだが――貴様は誰だ?」
と、相変わらず感情の見えないトーンで男が尋ねてくる。
鬼??
何言ってんだこいつ。
が、俺がその声を聞いて、返事をする間もなく、
「逃げて!!今すぐに!!!」とイーリスがもはや悲鳴に近いような声を出した。
え、いや何が??と問おうとした瞬間、男は信じられないような行動に出た。
「まあ、どちらでもいい」
そう言いながら、男が自らの持っていた剣を、口の方に近づけていく。
「この俺を満足させてくれるのならな」
胸騒ぎ。
いやな予感がした。
「……ッ!!!」
俺の感情は、驚愕の一色だった。
いや、まさか、やめてくれ、という単語が口から出そうになる。
男はゆっくりと刃物を口に近づけていく。
やめてくれ、というかそれだけはやってはいけない。
我慢しきれず、俺は
「………………おいッ!!!!」と叫んだ。
――が、そんな俺の忠告も無視して、男は驚くべき行動に出た。
剣を顔に近づけた男は、そのまま、なんと剣をペロリ、と舐めたのである。
「……………………」
そして一言。
「クックック。血の味がたまらんな、次に相手をしてくれるのは貴様か???」
「――うっそだろ、おい」
俺の乾いた声が、辺りに響いた。
◆
いや、見たことあるよ、と俺は言いたかった。
なんか漫画とかアニメで、ちょっと戦闘狂っぽいキャラが、刃物を舐めるやつ。
「クックック、血がうずくぜ」とか言いながら。
――いや、見たことあるけどさ。
マジでやるやつがいるのかよ、と。
今時、こんなコッテコテやつがいるのか、と。
同時に俺は、このイベント戦が原作で省かれたわけを唐突に理解してしまった。
ダメだろ、これは……………………。
ちょっとシュールな笑い過ぎる。
「あなたも感じるでしょう? あの強さ」
相変わらず、振り向きもしないイーリスが言ってくる。
「……………あぁ、うん。ま、まあそうね」
強さ?
なのかはわからないが、だいぶアレな人間だということはわかってしまった。
いや、聞いたことがあるよ。
ワインの専門家が、テイスティングのために土を食べてみる、とか。
でも、俺は思う。
刃物でそれやっちゃあかんでしょ、と。
だから、とイーリスが続ける。
「逃げて!!今すぐ!!! 勝てない、絶対そいつには勝てない!!!!」
俺を置き去りにするかのようなイーリスの叫び声。
「そいつの名は、【絶影】のバルド!!!! かつて、あの【鬼人】エンリケとも渡り合った怪物!!!!」
男はピクリとも反応しない。否定も肯定もせず、こちらを見ている。
が、その反応は何よりも雄弁に語っていた。
イーリスの発言は本当である、と。
そして、こちらもそれに負けないくらい衝撃を受けていた。
「き、【奇人】エンリケだと……???」
瞬間、俺は辞書の「奇人」の定義を思い返していた。
『奇人』。
性格や言行が普通とは異なっている人。変人。
「……………………」
なんというひっどい二つ名だろう。
『ラスアカ』でも、もっとカッコいい二つ名はそこら中に転がっている。
例えば、氷の域外魔法の使い手、カルラさんは、【氷結】とか【審判者】とか呼ばれている。
なのに……なのに……、【奇人】エンリケ???
なんと言うことだろう。
エンリケが実力は微妙なくせして、ギルド内で、強者ムーブを行っている変人だというのはすっかり周りにバレていたらしい。
それにしてもひどい、悪口じゃないか、と俺は思った。
――が、しかし、である。
次の瞬間、俺はさらに恐ろしい事実に気が付いてしまった。
イーリスはなんて言っていた???
――あの、エンリケ、と肩を並べた怪物。
背筋が凍る。
すべてがつながっていく。
あのエンリケと肩を並べた、という発言。
そして、あの刃物をぺロペロと舐める、という衛生観念もクソもない厨二的行為。
すべてのピースが揃っていく。
たしかに。
俺は真実にたどり着いてしまった。
こいつも、
「なるほど、エンリケクラス、ということか」
「ええ、そうよ、だから早く――」
そして、俺は理解してしまった。
なぜ、イーリスがこれほど疲弊しているのかを。
要するに、ここに誘拐されたイーリスは危機一髪で拘束を抜け出し、この男と闘おうとしたのだが、実力的にも及ばず、さらに相手のすさまじい厨二病的行動で神経をすり減らしてしまったのだろう。
だろうな、と俺は思った。
正直言って、エンリケで慣れている俺ですら、刃物を敵の前でペロペロするなんてとてもじゃないが鳥肌が立ってしまった。
――もはや、なすべきことは決まっていた。
「だから早くどこかに行って――」
「よく、頑張ったな」
そう言って、イーリスの肩をぽんぽんと軽くたたき、彼女の前に立つ。
「えっ」
呆気にとられたような、彼女の顔。
だろうな、と思う。
こんな仮面のわけわからない男が急に出てきて、ねぎらうのだ。
が、そんなことを気にせず、俺は続けた。
大丈夫だ、と。
「……誰だか知らないけど……死ぬ気??」
「いや、死ぬ気はない」
呆然と立ち尽くすイーリス。
「でも、私をここで助けても何のメリットもないわよ……私は、妾の子で……」
「メリット云々の話じゃない」
「でも、だって、あの男は………域外魔法、人智を超えた魔法の使い手で………」
「あ、そうなの?」
固有の域外魔法を持っているとは、かなりレアである。なんでこんなところで未成年誘拐に従事しているのだろうか。
……が、まあいい。
「それも一切関係ない」
なんで、というか細いイーリスのつぶやきが後ろから聞こえてくる。
理由は色々あった。
が、ここで、ごちゃごちゃ言うのは無粋だろう。
「――君が、助けを求めてるように見えたから」
「……ッ!!!」
息を呑むような声。
……キザ過ぎたかな?
先ほどまで恋愛心理学のことを考えていたせいか、柄にもなくキザなことを言ってしまった。
が、まあ、いいや。
羞恥心に苛まれそうになったが、冷静に考えればこれを言ったのは俺ではなく、謎の仮面の男―ジェネシスである。
そう。
これで、このあと、「うわっ、ジェネシスとかいう男が来て、きもーい☆」とか言われたとしても、それは、決して俺ではないのである。
そう……決して。
◆
微妙に気まずい雰囲気の中。
イーリスが黙り込んだのを確認して、俺は意識をイーリスから男へと移す。
「さて。選手交代だが、構わんだろ?」
そう言って、剣を構える。
「フン、逃げられるチャンスを逃す、か。くだらない」
男、バルドは冷たい笑みを浮かべていた。そのまま男も剣を構える。
「己と相手との差も分からぬ蛮勇か、それとも何かの義務感にかられてか」
瞬間、相手の魔力が沸騰し、男が突っ込んできた。
「教えておくぞ仮面のガキ!!! 戦場では他人のために動いたやつから死んでいく――何のメリットもない戦いに興じて、何になるッ!!!!!」
圧倒的な初速。
魔力による身体強化を用いた斬撃。
たしかに、速くて強い。
初撃としては、満点だろう。
が、
「――見えてるぞ」
俺だって、このくらいの斬撃は見慣れていた。
他の中二病患者との修行によって。
カンッ、と。
剣同士がぶつかる甲高い音が響いた。
――次の瞬間、俺と男はつばぜり合いをしていた。
「ほう、この一撃を受け止めるか」と感心したような男の声。
そんな男に向けて、「それなら安心だ」と俺は笑った。
「なに!?」
残念ながらな、
「――こっちは徹頭徹尾、自分のためにしか動いていないんだよ」
――――――――――――――――――――――
主人公
→厨二病に免疫があるため、イーリスに代わり闘うことを決意。仮面のせいで小っ恥ずかしいことを言ってしまう。
バルド
→【絶影】。かの、【鬼人】エンリケと渡り合ったことで知られる裏世界の猛者。血に飢えた刃物ぺろぺろマイスター。
イーリス
→バルドに対してそこしれない絶望感を抱いていたが、わけのわからない仮面男の乱入に絶賛混乱中。
※いつも、★★★やコメント等応援ありがとうございます!
ちなみに自分は一度、週間ランキングを見て以来、基本的にはランキングを目に入れないようにしています。
そもそもランキングを見なければ、順位が下がったとしても分からないですからね!!!!!!!()
そして、やっと応募規定の10万文字を超えることができそうです。
次回以降もよろしくお願いします
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