第40話 恋愛心理学は侮れない


「いやぁ……」


 どこまでも続いていく岩肌を見ながら、あいつ、元気にやっているかな、と俺は不安に思っていた。


 あいつとは、もちろん、うちのエンリケのことである。


 正直言って、エンリケは何事にも乗り気で気のいいやつなのだが、俺のモブムーブと彼の目指す強者ムーブは、なかなか合わない部分がある。


 だからこそ俺は、今回だって別れる際に事前にきちんと言っておいた。

 

 ――エンリケ。頼むから、目立つような真似はするなよ、と。


 お金とか報酬とかいらないからな。

 マジで、いや本当に、と何回もくぎを刺したのである。


 本人は、


「命の危機を救ってやるのに、タダ働きってか?? おいおい、とことん甘ちゃんだな、アンタも」と、なぜかちょっと嬉しそうにしていたが……。


 あの男は割とズレているからな、と俺は思っていた。


 村中を巻き込んで、派手なことだけはやっていないと信じたい。

 

 や、やってないよな……????

 一瞬、俺の頭の中を嫌な想像がかすめた。


 大勢の村人にお礼にちょっとお酒をふるまってもらっているエンリケの姿。


 ま、まさかね。

 エンリケも俺の目立ちたくない、という趣旨を理解してくれているはずである。


 そんなことには、きっとなっていない。


 今頃、さっさと盗賊に化けた闇ギルドを殲滅し、さくっと村から離脱してくれているはずだった。




 ◆



 そんなことを考えながらアジトを探索する。

 アジトは洞窟に偽装してあるらしく、中々作り込まれていた。


 それにしても、結構広い。


 一体どれだけの準備をしてあるのだろうか。

 俺、というかランドール家に対して殺意高すぎないか????という気がしなくもない。


 やる気ありすぎだろ……。


「さて」


 かなり奥まで来たような気もするが、道なり的にはもう少しで行き止まりになりそうなので、構わず進む。




 そして。

 先ほどから、ちょいちょい雑魚劇団員が、


「てめえ、どこから来やがった!」などと言いながら曲がり角から現れたりもするが、そのたびに俺は、「失礼」と侵入した非礼を詫びていた。


「……ッぶほぉォォ!!!!」


 「失礼」の一言と共に繰り出される俺の一撃を受け、崩れ落ちる男。


 騒ぎを聞きつけたのか、もう1人、男が現れた。


「おい、なんでお前は倒れてる……ん? そのダサい仮面野郎は……ッぶほぉォォ!!!! って、ぐはァァァ!!!!」


 ちなみに最後の男には一発余計に殴ったが、決してお手製の仮面をバカにされた腹いせではない。

 たぶん。




 こんな感じで、先ほどから俺は相手を全員、殴るだけにしていた。


 というか、俺はそもそも今回の事件をどうにかした以降はモブに徹する覚悟なのである。


 片っ端から殺していく???


 いやいや、そんなモブがいるわけないでしょ、と言いたい。

 そんな大量殺人鬼みたいなイカれたモブがいるわけない。


 今回の計画は、


1. 主人公ジーク君を鍛える

2. 勝気なメインヒロイン・イーリスを救って、「実は君のことを影で思っているいい人もいるんだよ」アピール

3. グレゴリオ市長の計画をめちゃくちゃにして、なんとか諦めてもらう


 の以上3点がメインとなっている。

 いくら変な仮面を被っていたとしても、これ以上に目立つことは避けたいのである。

 

 というわけで、俺はなるべく殺さない方向で、優しく戦っていた。

 


 ――だが、しかし、同時にちょっと俺はワクワクしていた。

 

「まさかこの省かれたシーンを見ることができるとは……」

 

 そう。

 このイーリス誘拐事件のイベント戦は、原作では見ることができない。


 要するに、『ラスアカ』プレイヤーは、徹頭徹尾ジーク君視点でプレイするので、この時点でのイーリスと、敵と、それから間一髪のところで来るレインのやり取りがわからない。


 原作の時間軸において、イーリスのヒロインルートに進むと、後々、『幼少期の自分を変えた出来事』として、断片的に語られるくらいだ。

 

 だからこそ、俺は楽しみだった。

 


 ――カツカツ、と俺の足音が響く。


 

 この先にいるとかいう強いやつは、おそらくここを守るやつらのレベルからいっても、そうでもない。


 そして、そいつを倒し、俺はイーリスにこう告げる。

 君を助けに来た、と。


 そう。

 世の中捨てたもんじゃないぜ、的な。


 何なら、余裕があったら、


「そう言えば、あのランドール家の嫡男ウルトスは、ただ単に口が悪いだけらしいな」とか、


「実は結構優しくて、口が悪いのは愛情表現の一種なんだよな」とかボソッと告げればいい。


 ――そう。


 俺は知っていた。


 こういう類の噂は本人に言われるよりは、他人から聞かされる方がいい、と。

 

 例えば、自分に好きな人がいたとしても、直接好意を伝えるよりは、共通の知人などに、


「あいつ、実はお前のことが好きらしいぜ」と言ってもらう方が、恋愛対象として意識しやすいのである。 


 俺は現世の動画サイトで、調べまくった「~好きな相手を堕とすマル秘テクニック~」的な恋愛心理学の手法を駆使して、自分が生き残る気満々だった。


 ――カツカツ、という足音が止まる。


 目の前には、開けた空間。

 俺は大きなホールのような場所に着いていた。


 そして、人の気配。


「――よし、第二ラウンドだ」


 俺は足を踏み入れた。





 


 足を踏み入れた先にいたのは、2人の男女だった。


 俺に近い方にいて背を向けている1人は、赤い髪の美少女――イーリスなのだが……どうも様子がおかしい。


「はぁはぁ」という荒い息。


 よくよく見ると、背中も震えている。 

 夕方、ウルトスとして会った時に感じた、きりっとした美少女の印象はどこにもない。


「そこにいるのは誰!?」

 

 急に彼女が尋ねてくる。


「あぁ、待たせたな。俺の名は――」


 ジェネシスだ、とかっこよく名乗る前に、俺の名のりは中断させられてしまった。


 他の誰でもない、彼女の絶叫によって。


「誰でもいい!! やつの標的は私」


 そして、彼女が振り返りもせず叫んだ。


「今なら間に合う、逃げてッ!! いいから!!!!」





 一切状況が分からないが、取り敢えず、俺は思った。


 ――恋愛心理学のテクニックを披露するのは、もう少し後の方が良さそうだな、と。






―――――――――――――――――――――



主人公

→アジトに侵入中。恋愛心理学の聞きかじりのテクニックで、下がり切ってしまった自身の好感度を第三者を装って上げようとする。


イーリス

→窮地に追い込まれてそう。

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