第39話 タダ働き

「よ、よくわからないが、逃げろ! いいから!村を離れろ!!!」


 我先にと避難する村人たちを無視して、黒づくめの男たちがじりじりと、一定の距離を保ったままエンリケに近づいてくる。


 その数は――ゆうに40を超えるだろう。



 気が付けば男たちは、まるで輪のようにエンリケを囲んでいた。


 それは、檻。

 決して敵を逃がさない、という檻。


 冒険者といえど、数には勝てない。


 ――が、


「へぇ、有象無象のやつらよりも、俺1人を先に処理したほうがいいって判断か。間違っちゃいねえよ。褒めてやる」


 エンリケは平然と、自分を無言で囲む黒尽くめの男たちを待っていた。


 もちろん、エンリケとて油断していたわけではない。

 エンリケは冷静に計算していた。


 完全に訓練された動き。一糸乱れぬ連携。冷徹に任務を遂行するという意志。


 しかも、


「おいおい、魔法を使えるやつまでいんのかよ。暗殺専門ってことは【風】当たりか?」


 属性まで指摘するが、相手の男たちは答えない。

 

「ふぅん、なるほどねぇ」


 冒険者時代に培った感覚で、この集団の強さはある程度わかる。


(こいつら――A、いや、集団戦の厄介さで言ったら、Sはあるか)




 なるほどな、とエンリケは納得した。

 頭の中の情報を整理する。


「事を起こす誘導役がリヨンに潜み、訓練されたお前らが本隊………」


 指折り数える。


「そんでもって、最後にアジトに強えやつが控えてるって寸法か」


 そう。

 しかも、エンリケは同時に強い魔力の残滓を嗅ぎ分けていた。


 

 おそらく、自分と同等の強さ。


 と、ここまで来て、あることにエンリケは気が付いた。


「あぁ、別行動ってのはそういうことか」


 天を仰いで、誰ともなしにつぶやく。


(そういうことか。坊っちゃんが、捕まった嬢ちゃんを助けに行く、と。その間に俺が、こいつらの相手をするんだな)




 しかし、


 エンリケは「はぁ」と大きくため息をついた。


 いくら坊ちゃんに任されたとはいえ、正直いって、相当に面倒な相手だった。

 Sランククラスを相手に、しかも、タダ働きだ。


 『タダ働き』。


 それは、エンリケがこの世で2番目に嫌いな言葉である。

 普段であれば、とてもじゃないが、こんな面倒事なんぞに首を突っ込みはしなかっただろう。


 


 が、


「なんか、気に食わねえんだよなぁ」


 そう言って、エンリケは辺りを見渡した。

 エンリケのイラつきの原因はただただ、シンプルだった。


 ――なんで、お前ら。素人相手に遊んでんだ、と。



 別に、エンリケは聖人君子ではない。

 騎士団みたいに「平和を守ろう」だの、「人々を救いたい」とかいう暑苦しい人種とは真逆のタイプだ。


 弱いやつがどうなろうと構わない。

 エンリケ自身はそう思っている。もちろん、今も。


 だが、


「別に戦いたきゃ、ダンジョンに行きゃいいだろ。魔物の討伐だっていい。冒険者は命懸けだからなァ。ギルドの名簿は年中無休で余ってるぜ。それなのに、その辺の素人相手に遊んでいるのが気に食わねえんだよ」


 目を閉じ、息を吸う。

 エンリケは、その一点が、その一点だけが気に食わなかった。 


「――それだけの強さを持ちながら。なあ、


 そう口に出すと、ピリピリと何かがエンリケの肌を焦がした。

 肌を突き刺すような感覚。


 それは、エンリケ自身の魔力だった。


 身体から漏れ出したこちらの魔力に気が付いたのだろう。

 俄然、男たちも戦闘態勢に入る。


「………シッ!!」


 弾かれたように、先頭にいた3人がエンリケに迫ってきた。


 ――地を這うような斬撃。

 

 早く重い。

 その必殺の一撃は、空気を読めずに乱入してきた愚かな英雄気取りの冒険者を一刀両断にする







 ………はずだった。






 エンリケが、無造作に剣を振るう。


 それだけで、


「んなッ………!!」


 今まで冷徹に動き続けた集団に、動揺が走った。

 気が付いた時には、エンリケの前に男たちが倒れていた。


「ったくよぉ、人生ってのは不思議なもんだなあ」


 そんな目の前の集団の動揺も気にせず、エンリケはため息をついた。


「弟子を取る気もなく、誰かに仕えるなんぞ考えたこともなかったこの俺様が、誰かさんの命令でタダ働きだ。本当に、人生わかりゃしねぇ」


 剣を構える。


 ――さあて、やりますか。


 そう言ったのを口切りに、エンリケを中心に、魔力が溢れ出した。



 それは、荒れ狂うほど、理不尽な魔力。

 それは、目を背けたくなるほど、暴力的な魔力。



「んなッ」


 浮き足立ち始めた男たちに、エンリケは優しく笑いかけた。


「――あぁ、心配すんな。魔力を魔法に変換する技術なんざ持っちゃいねぇ。そんな育ちが良くなかったもんでな。俺ができるのは、この魔力を身体強化に回すだけだ」


 が、明らかに男たちは気が付き始めたらしい。

 追い込まれたのは自分たちかもしれない、と。


「……クソがッ!!!」 


 男たちが何事か唱えた。


 次の瞬間、エンリケの眼の前に咲き誇る、色とりどりの光。


「【強化付与エンチャント】か」


 【強化付与エンチャント】。

 要するに、エンリケはただ己の魔力を身体に回しているだけである。


 それに対し、【強化付与エンチャント】は魔法による身体強化。

 エンリケのような雑な身体強化よりもはるかに効率がいい。


 だからこそ、相手が【強化付与】を唱え始めたら、さっさとその魔法を中断させるのがセオリーとされている。



 が、しかし、エンリケは動かない。

 それどころか、相手を待っていた。


 やがて、男たちも準備を終えたようだった。

 

「おいおい、【強化付与】も我流じゃなくて、結構しっかりした感じだったな。なんだ、まじめに学院とか通っていたクチか?」


 男たちは、エンリケの軽口にすら乗ってこない。


 まあいいさ、とエンリケは改めて、男たちを見渡した。


「冥土の土産に教えてやる。俺の名はエンリケだ。あと、この後、予定がクソほど詰まっててな」


 そこまで言ったエンリケは、嗤いながら口を開いた。




 ――さっさと来い。遊んでやる。




 瞬間、男たちが飛び掛かってきた。 

 四方八方から迫る斬撃は、素人目には感知すらできないだろう。


【強化付与】が施された肉体による斬撃は、エンリケの肉体をバラバラに―――




「雑魚が。食前の運動にすら、なりゃしねえ」


 素人相手に遊んでいるから、そうなんだよ。


 かわしもせず、エンリケは目の前の男を頭蓋から両断した。 




―――――――――――――――――――――――――――――――――


エンリケ→主人公の余計な茶々がなかったおかげで、強者ムーブが成功。元Sランクの貫録を見せつける。


男たち→割と強かったが運がなかった。





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