第38話 宴会 side:マシュー

「冒険者……」

「ま、正確には"元"が付くけどな」


 マシューは不安を隠しながら、対峙していた。


 ――冒険者。


 たしかに、助けにはなるのかもしれない。

 が、決しては油断できない存在だ。


「望むものは、金、ですか………?」


 マシューは恐る恐る聞いた。


 噂で聞いたことがある。冒険者の中には、莫大な報酬を要求するものもいる、と。

 

 ここが、治安の維持自体が目的の騎士団などとは違うところである。


 冒険者と依頼者との契約は、あくまでも一対一の契約。

 どれだけ法外な要求を突きつけられようが、その要求をのまざるを得ない場合がある。特に、今のマシューのように切羽詰まっている単なる村人なぞ、カモにされるに決まっている。


 マシューは顔を曇らせた。


「そうだなあ」と男がニヤニヤ笑う。


「ありったけの金を、たんまり頂くとするか………」


 あぁ、やっぱりな、とマシューは思った。


 この男は、見るからにお金がなさそうだった。

 きっと、とんでもなくがめついのだろう。果たして、村にあるお金で足りるかどうか………。 



 ――が、しかし、である。



「……あ、いやでも待てよ」


 楽しそうにしていた男の顔が、突然、渋い顔になった。


 途端、微妙な表情でぶつぶつと、つぶやき始める男。


「ついつい癖でたかろうとしたが、ジェネシスには金をもらうなって言われるんだよなあ………あぁ、面倒くせぇ」


(……ん????)

 

 理解が及ばないが、どうやらこの男は、"ジェネシス"なる存在に弱いらしい。


「え、あの、あまり話の流れが見えてこないんですけども………あの、お金はいらないんですか??」

「あぁ、そうだ小僧。ちと、こっちの事情でな」


 はぁ、とため息をつきながら男が答える。


「で、では何を……!」


 そう聞きつつ、マシューはまたも顔を暗くしていた。


 金は要らない。ありがたい話にも思えるが、そうではない。


 逆に、一体どんな無茶な要求をされるか。


 村人を全員奴隷にするとかそういう感じだろうか。

 たしかに、目の前のニヤニヤ笑う男からは、そのくらい要求してきそうな怪しさを感じる。



(もう、ダメだ。お父さん、お母さんごめんなさい……ハーフェン村は、僕の代で終わりです………)




 目の前が、真っ暗になる――




「あ~~、あれだな」


 なぜか男が、ボソッと言った。


「小僧。そのお前らは……でもしてろや」

「はい?」

 

 聞こえない。

 マシューは思わず聞き返した。


「………その、あれだ。てめえらは勝手に宴会でもしてろ」









 ◆



 時が止まる。



 

「………え、宴会ですか?? え、僕らがするんですか???」


 というか、その返事を聞いて、今度はマシューが当惑する番だった。

 どう考えても、意味が分からない。


 宴会? 

 ここで? このタイミングで?


 盗賊を撃退することができたら、宴会をしろ、ということだろうか。


「え、いや、宴会でいいんなら、ありがたいんですけども……」


 あまりにも意味が分からなかったが、混乱しながらもマシューは返答した。


「だとしても、その………こっちにデメリットがなさ過ぎて、もっとひどい要求をされるって思っていたっていうか」

「うるせぇ!!! 大人には大人の事情があるんだよ、小僧!!」


 文句あっか、と言いながら、こちらを威圧するように首を鳴らす男。


 が、あまり世に慣れていないマシューでさえ理解してしまった。

 あれ、この人、そんなに悪い人じゃないんじゃないか、と。


 現にその証拠に、男は、


「全くよぉ。何が宴会だよ。この俺様が、なんでこんなただ働きに近いような真似をよ……」などとぶつぶつ愚痴を言っている。


 マシューは展開についていけず、ぽけ~と目の前の男を眺めていた。

 金も要らず、終わったら宴会をしろ、とのたまう謎の男。


 というかそれは報酬でもなんでもないのでは? という気がしてならない。


 

 そして。


 気を取り直したらしい男から、「おい、小僧」と声を掛けられた。


「は、はい……!!」

「さっさと行くぞ、村の方向を教えろ」


 そう言うなり、男が走り出す。  

 マシューは懸命について行った。


 正直言って、頭の中の冷静な部分は、こんなうまい話があるわけない、と言っていた。

 着いて行きながら必死に尋ねる。


「ぼ、冒険者さん………村は救われますか?」


「ふん。バカか小僧」


 男が小馬鹿にしたように笑う。


 怪しい外見。

 品性のない言葉。どこからどう見ても、どこをどう切り取っても、こんなのが英雄な訳がない。


 ただの浮浪者だ。


 ――が、


「てめえは、宴会のメニューの心配でもしてるんだな」



 なぜか、マシューはこの男の背中に、なぜか英雄というもの存在をたしかに感じていた。






 ◆




 ハーフェン村。


 本来、リヨンの街の近くにある穏やかな村は悲惨な状態だった。


 燃える家。

 倒れる男。

 そして、村の中心部に集めた村人を無機質な眼で見つめる黒づくめの男たち。


 黒づくめの男たちがこれから何をしようとしているかは明白だった。

 男たちが短刀を構える。


「…………ッ!!」


 村人は自分たちに降りかかる運命に絶望した。



 実際、村人たちの直感は間違えなかった。

 

 ――本来、英雄のレインが駆け付けたとしても、それは少し後の話。


 何とか駆け付けることのできた騎士団でも、到着するにはまだ少し時間がかかる。

 あの騎士団であっても村人のほとんどを救うことは叶わず、この事件を機に、貴族の腐敗とそれにもかかわらずいち早く対応した市長と騎士団の名声が上がる、はずだった。




 そう。

 




 が。

 その刃が振り下ろされそうになった瞬間、そんな惨劇の場にふさわしくない、明るい、というよりかは、何も考えていなさそうな声が響いた。


「おぉ、やってんなぁ」

 

 村中の視線が、声のした方に向けられた。


 闇に目を凝らしたその先。

 その先から歩いてきたのは、剣をぷらぷらと持つ、だらしない格好の男だった。


「………………!!」


 黒づくめの男も、村人も誰もが声を出せない。


 ここにいる誰もがこう思っていた。

 一体、こいつは誰なんだ、と。



「――おいおい、なんだよ」


 我が物顔で乱入してきた男が、辺りを見回す。


「素人とはやり合うくせに、飛び入り参加の俺は受け付けくれねェってのか?」


 カッカッカ、と男が嗤った。






――――――――――――――――――――――――――――



エンリケ

→ジェネシスに(目立たない様に)金品の受け取りを禁止されているが、無料で助けてしまうと、元Sランクとしての沽券に関わると思ったので、必死に知恵を絞る。その結果、「宴会でもしてろや!」と驚愕の一言を放ってしまう。


マシュー

→怪しげな元冒険者に何を要求されるかと思い身構えていたが、「宴会でもしてろや!」という苦し紛れの発言に困惑中。






自分の話数の切り方が下手なせいで、近頃、マシュー君とエンリケ兄貴サイドの話数が多くなってしまいました……(´;ω;`)


いまから話数を見直すのもあれなので、今夜もう1話分投稿したいと思います。

これで次から主人公視点に戻って、区切りがちょうどいい感じになるはずです(たぶん)


まだ何も思いついてませんが、いまから帰りの電車で書きます。

対戦よろしくお願いします(´;ω;`)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る