第36話 夜襲 side:村の少年


「……はぁ、はぁッ!」


 走る。

 息が切れそうになる。肺が痛む。


 が、少年は構わず走った。

 目の前にある木を横切り、するりとかわす。




 少年は今、森の中へと逃げ込んでいた。

 

 ハーフェン村。

 そのリヨンの近くにあるその村は、魔物の脅威からも逃れた平和な村だった。


 そのはずだった。


 ――つい、先ほどまでは。

 

「な、なんであんなことに……!!!」


 必死に走りながら、少年は思った。







 少年が異変に気が付いたのは、夜になってからだった。


 たしかに、ここ一週間は、近くにある街――リヨンで貴族の会議が開かれるらしく、滅多に見れない貴族のご令嬢が村に泊まるというハプニングもあったが……、何事もなく、普段通りだった。


 そして、夜。


 予定より早めに領地に戻ることにした貴族の令嬢、イーリスに村人が別れを告げ、彼女が出て行ったほんの少し後、ふとそろそろ村人が寝ようとしたときに奇妙な集団が現れた。



 ――剣を持った、黒衣の男たち。


 無言。

 誰1人として会話もない男たちの集団は、無言で村を囲うようにして現れた。


 明らかに、ただ者ではない。


 その剣吞な雰囲気に、いち早く気が付いた少年の父は「お前だけでも逃げろ!!」と口にした。


 村の裏手の森に走れ、と。



 その瞬間、少年は脱兎のごとく逃げだした。

 それが正しいかどうか。そんなものはわからない。


 早めに動いたのが、功を奏したのだろう。

 少年はかろうじて村が包囲される前に、裏手に森に入ることができた。



(一体、なんでこんなことに!!!)


 最後に振り返った時に見えたのは、赤い炎。

 燃え盛る村はどうなっているのか。


 数人は別々の方向で、村を同時に逃げ出したようだった。

 が、両親も含めた大多数の村人は逃げ遅れている。


 もしかしたら、父と母は、いや、村全体がどうかなってしまうのではないか、という恐怖が少年を襲った。






(誰か……!! 誰か……!!!)


 訳も分からずに少年は森の中を走っていた。

 ふと、少年の胸に思い浮かんだのは、よくある英雄譚だった。


 きらきらと輝く美しい鎧を着た精悍な顔立ちの英雄が、絶望的な状況に陥った人々を救う。

 そんな、夢物語。


 普段だったら、「何をバカなことを」と一蹴するはずだったが、そんな夢物語を必死に望むほどに少年は追い詰められていた。


 もはや、何でもいい。


 騎士団はどうか? 

 例えば、騎士団の英雄レインとか。数々の魔物から人々を救った英雄。


 が、そんなのは無理だと心の中ではわかっていた。


 リヨンの街までは、まだまだ距離がある。 


 そんな都合よく、騎士団が現れるはずがない。  

 そんな都合よく、自分たちが救われるはずがない。

 



 祈りは、届かない。


 そう。

 

 


 少年は、この事件の後、ハーフェン村の数少ない生き残りとして、残りの生を後悔とともに全うするはずだった。



 

 が、




 ――運命は、交差する。










 ドンッ、という鈍い音が響く。


 それは後ろの追手を警戒しようと、少しの間、少年が正面から目を離したすきに、何かとぶつかった音だった。


「ッ……!」


 ぶつかって倒れる。

 すると同時に、「いってぇ!!」という声が聞こえた。


 ……声???


 声。それはすなわち、人。

 人がいる。


「……ッ!! す、すみません」


 そう言いながら、少年は跳ね起きた。

 自分の願いはかなったのだ、と。


 そう。

 眼の前には、きっと精悍な顔立ちの騎士団の英雄が、清く正しく美しい、理想の英雄の姿が――


「……あれ?」

「あん? どうした??」


 月明かりの中、目を凝らして見る。


「……………………」


 目を凝らした少年の視線の先にいたのは、ありえないほど怪しげな男だった。


 ぼさぼさの髪。

 衣装は普通だが、だらしなく着こなしているせいで汚く見える。


 そして、「おいおい。勝手にぶつかってきて、急に黙りこくるなよ、小僧」という品のない言葉遣い。


(も、もうダメだ……)


 終わった、と少年は思った。


 自分だって、本当に騎士団の誰かが来ると思っていたわけではない。


 でも、目の前にいるのは、うだつの上がらなさそうな風采の男。


 それは、あんまりじゃないか、と。


(い、いやでも)


 が、少年は思いなおした。


「僕は、マシューと言います!! この先にあるハーフェン村の村長の息子です。今、村が何者かに襲われていて……」


 マシューは必死だった。


 正直、この時間にこの森にいるなんて変人もいいところだ。

 が、しかし、この機会を逃すわけにはいかない。


 この機会を逃せば――


「お願いします!!! できる限りの謝礼は払います!! 一緒にリヨンの街まで連れて行ってって……え?」


 少年の言葉が止まった。


 なぜなら、目の前の男は、


「よっし、ってことはハーフェンはこっちの方向か。いやあ、助かったぜ」と言いながら、すたすたと、まるで買い物にも行くようなノリで歩き始めたからである。


 あり得ない。

 いやいや、


「ちょ、ちょっと待ってください!! 相手はどう見積もっても40人以上いました!」


(死ぬ気か……この人!?!)


 少年も必死に説得する。


 たしかに、どちらかというと眼の前の男は、騎士団というよりは、盗賊寄りの怪しげな格好をしているが、それでも大事な人手だ。

 ここで見つけたのに、逃せるわけがない。


 が、怪しげな人物は、


「おう、そうか。忠告ありがとうな」と、手をプラプラと振るだけ。


(ぜ、全然響いていない………!!)


 絶望的な気分だった。

 村の命運は、まさに自分の双肩にかかっている。


 それなのに、それなのに。

 自分は特大の変人を引き当ててしまったらしい。



 やがて、「よし」と言って、目の前の男が走り出した。



「あぁもう……!!!」


 走り始めた男を追って、少年も引き返した。


 もう追手は迫っているはずだ。リヨンの街まで早く行かなきゃいけないのに、なんで自分はこんなことをしているのか。


「というか僕も、追いかけられていたんです!! まだ追手がいると思います!!!」


 そう言いながら、男を追う。



 ――が、ふと違和感を感じた。

 


 あっさりと走り始めたように見えるが、


 あっという間に、もう眼の前から消えてしまった。


(一体なんなんだ、この人!?)


 訳も分からず、少年は必死に後を追った。






―――――――――――――――――――――

 

 

マシュー

→ハーフェン村の村長のイケメン息子。マッシュヘアーの少年。本来、かなり悲惨な境遇だが、偶然エンリケと会えたことで運命が変わり始める。



謎の男

→エンリケさん。元の顔立ちは悪くないが、いかんせん見た目に全然気を使っていないため、よく「小汚い」呼ばわりされる。序盤に主人公に、絶対Fランクだろ、と思われたのもこのせい。

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