第32話 結局のところ、何も知らない素人が一番怖い件について


 ――崩れ落ちる主人公。


「よっと」


 俺は、その身体を丁重に抱きとめた。

 いやぁ、と一息つく。


「やっぱ主人公怖いなあ………」


 ぼんやりと満天の夜空を見上げながら、俺は先ほどの激戦を思い出していた。






 ジーク君が来る→俺が迎え撃つ、というあくまでも紳士的な戦闘は、ものの十分で終わった。


 原作の初戦闘の相手である盗賊は、「ヒャッハー!」みたいな感じだったが、俺は、とてもじゃないがそんな態度はとれなかった。


 なるべく丁寧に、友好的に。


 だって、ジーク君は救世主、未来の英雄だ。




 『ラスアカ』というゲームは、難易度が高い。


 特に後半の難易度は鬼畜である、とまで言われていた。

 後半なんて、Sランク冒険者並みの戦闘力があって、ギリギリついてこられるかな??? レベルなのである。


 名のあるSランク冒険者が出てきては、一瞬でかませ犬になる、という修羅の世界。


 ちなみに、ただでさえ鬼畜な内容なのに、クズトスのくだらない妨害せいでゲームオーバーになるというルートも多々あり、「ゲームのキャラクターなのはわかっているが、こいつだけは許せない。不愉快だ」とネット掲示板でプチ炎上していた。



 ………ま、まあ、それはさておき、そんな世紀末中世風異世界ファンタジーの中を、トップクラスのメンタリティで生き抜いていくのが、我らがジーク君である。


 彼は凄い。


 18禁ゲームという特性もあって、周りのメインヒロインやあんなことやこんなことをできたりもするのだが、二股攻略がバレて、ヤンデレ化したヒロインに刃物を突き付けられても、「いやあ、だって僕2人とも好きだし」という会話の選択肢が平気で出てくる男である。


 もちろん、プレイヤーはドン引きした。

 え、大丈夫なの???と。

 明らかにナイフ刺さりかけてるけど、大丈夫なの????と。


 そして、そんなジーク君は序盤こそ他のキャラよりも特徴がないが、後半に行けば行くほど半端ではない進化を見せる。

 最終的に覚醒した暁には、片手でSランク冒険者を葬れるようになるんだから、意味が分からない。


「さて、と」


 未来の英雄様をその辺に寝転がしておくわけにもいかないので、なるべくよく眠れそうな場所を探す。なんかこう………いい感じにふかふかしてそうな部分を探してうろつく。


 そう言えばと思い、俺はつぶやいた。


「……最後も怖かったしなあ」




 正直言って、俺はだいぶ楽観視していた。


 俺――ウルトスの身体能力は高い。元々あった才能に加え、エンリケとも何回も訓練をしている。


 だから、俺は思っていた。

 まあ、そうは言っても、魔力は使わずに済むだろう、と。


 魔力とは一種のブースターのようなものである。身体強化に魔力を回すだけで、数段戦闘力が上がる。


 ジーク君はまだ英雄にあこがれる、ただの村人だ。


 だからこそ俺は、魔力を使う予定なんてなかった。


 が、しかし。

 最後に飛び起きたジーク君の一撃には、魔力による身体強化を使わずにはいられなかった。


 ――血走った、獣のような眼。


 完全にゾ―ンに入っていた。あれは戦士の眼。

 少なくとも、幼少期にしていい眼差しではない。


 作中では、戦闘で追い込まれれば追い込まれるほど強くなる、という生粋のバーサーカーのような主人公だったが、ここでもそれは変わっていなかった。


 ………うん。


 というか、結構ギリギリだった。

 あのままパンチをもらって、当たり所が悪く気絶なんかしたりしたら、そのままボコボコにされていただろう。


 思わず背筋が寒くなる。


 さすがは主人公。

 恵まれた貴族の血筋を持っているのに、これだけアドバンテージがあるのに、冷や汗をかかせられるってヤバすぎる。


「この辺かな」


 やっと見つかった木の株みたいなところに、俺は恐る恐るジーク君を横たえた。


 しばし無言で、可愛い顔をした少年を見つめる。


 ちなみに、このゲーム。

 主人公に女性も選べるが、ほぼ見た目は変わらない。


 ただ女性を選ぶと、メインヒロインたちと友人として普通に仲良くなる、といういたって普通の展開になってしまうので、主人公の性別は、男のジーク君が圧倒的大多数だったが。


 すやすや眠るジーク君。

 が、そんな美少年を見て、俺はごくりとつばを飲んだ。

 

 しかも――


「これだけのセンスがあって、まだまだ発展途上か」





 そう。

 この世界を「魔力」という視点で見ると、人々は3つの層に分かれる。

 

 1.魔力がない層(ジーク君)

 2.魔力を扱えるけど、魔法は使えない層(エンリケ、クズ市長など)

 3.学院で学び魔法を使える人間、主に貴族層(俺、イーリスなど)


 という感じである。


 ちなみに、域外魔法は3の中でも例外的な存在なのだが……、まあそれは置いておくとして。


 要するに、ほぼほぼ、この位階は変えることができないのだ。


 魔力は生まれつきだから。

 それは、この世界の理。絶対的なルール。


 が、しかし、である。

 このルールを超越する怪物がいた。


 何を隠そうジーク君である。


 なんと、ジーク君は幼少期のこの敗戦をきっかけに、その辺の旅人に聞いた聞きかじりの知識といかれた執念で、自らの体内で魔力を意図的に枯渇・増幅させる、という世の魔法使いが聞いたら、「え?? なに、死にたいの??? 自殺志願者???」みたいな狂った練習をし始める。


 もちろん、そうは言っても、魔力を魔法に変換させる技術は習得していないので、その結果、「魔法は一切使えないのに異常なほど魔力の高い」という化け物クラスの村人が誕生するのである。


「……………いやぁ」


 改めて見ても、ヤバい。

 素人って本当に怖い。


 試しに俺も、カルラさんに、


「こういう方法ってありですかね?」と聞いてみたところ、


「そ、そんな方法死んじゃう………!!! 私が何でも助けてあげるから、なんでも言うことを聞いてあげるから、辛いときはずっとそばにいてあげるから……!!! だからこそ、そんな真似だけはやめて………!!」と涙を浮かべられた、ということからも修行のヤバさが伝わるだろう。


 クズトスは、完全に敵に回してはいけないイカレ素人を馬鹿にしてしまったのであった。





 俺は、ジーク君を寝かせると、ハーフェン村の方へと歩き始めた。

 お目当ての人物は、もうちょっと先で転がっているはずだった。


 しかし、先ほどの戦闘、思い出すだけでも恥ずかしい。


「調子に乗って、俳句みたいなこと言っちゃうしなあ……」


 完全に主人公と闘って、テンションの上がっていた俺は、「眠れ、未来の英雄よ」となんだかこっぱずかしいフレーズを口に出していた。


 良くないな。うん、良くない。


 そんな厨二病ワードを口にしてしまったのは、主人公の強さに乗せられたからだろうか。それとも、最近四六時中一緒にいる元fランク劇団員のせいだろうか。


 もうちょっと後者との付き合いを見直してもいいんじゃないかな、と考えつつ、俺は昏倒させた盗賊に会いに向かった。

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