第31話 眠れ 未来の 英雄よ side:ジーク


「――英雄志望は口先だけか?」


 そう言われ、頭に来たジークは拳を振るった。


 が、その拳はあっけなく空を切る。


「なんでッ………!!」


 一歩も動かずに、こちらの攻撃を、まるで何事もなかったようにいなす仮面の人物を見て、ジークは、目の前の光景はひょっとしたら夢なんじゃないか、と思い始めていた。


(なんで、届かないんだ……!!)




 父、レインは小さいころから、ジークのあこがれだった。


 強く優しい父。

 大都市のリヨンの騎士団長ということもあって、中々会う機会も少なかったが、会うたびに稽古を頼んだりしていた。


 もちろん、父に勝てたことは1回もない。


 それでも、ジークは信じていた。きっとその差はいつか縮まる、と。

 この差は、いつか縮めることができるものなのだ、と。




 ――だが、現実はどうしようもないほど非情で、どうしようもないほどあっけなかった。





「いい拳だ」と仮面の人物が言う。


 ジークと向かい合う仮面の人物は、異様な格好をしていた。


 顔にあるのは、灰色の仮面のみ。少し眼の部分が空いているが、その眼からは何の感情もうかがえない。

 そして、少し古風な貴族の衣装。


 だが、この男の何よりも異様な点は格好ではなく、態度にあった。


 奇妙なほどに、丁寧だったのだ。


「さあ。ジーク君、どこからでもかかってきていいよ」


 ジーク、という自分名をを知っているし、その上なぜか親しみまで感じる優しい口調。


 だが、その口調とは裏腹に、その強さは圧倒的な暴力性を伴っていた。


「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 拳が、空ぶる。

 ジークが突進した勢いそのままに、すかさず相手の反撃が来る。


「…………クハッ!!!」


 突き刺さる拳。

 全身に、衝撃が伝わる。


 その拳から伝わるのは、差。

 圧倒的なまでの、格差。


(こんなに、遠いはずがないだろ……!!)


 意識が飛びそうになりながらも、ジークは立ち向かう。


 自惚れていたわけじゃない。

 でも、自分はこれまで努力してきたはずだ。


 来る日も来る日も、努力してきた。


 才能はない、と父にすら言われた。

 なぜなら、ジークには魔力がほとんどなかったからだ。


 どれだけ人を救うための強さを求めようとも、魔力がなければどこかで頭打ちになる。


 普通に生きていけるんだから、魔力もないのに冒険者だの英雄だとかに憧れるのはやめておけ、と村のみんなに馬鹿にされても、ジークは必死に努力してきた。


 誰にも負けないほどの努力。


 それが、それだけが……ジークのプライドだった。

 だからこそ、自分はそこで負けてはいけない……はずだった。


「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ジークは吠えた。

 己を鼓舞し、仮面の男にとびかかる。


 だが、その瞬間、顔面に熱いものを感じた。

 

 勢いが殺される。

 横から蹴られ、そのまま、流れるように吹っ飛ばされた。


「いいねぇ」と言う仮面の男は、悠々とこちらを待っている。


 あくまでも、待ちの姿勢。

 言い訳の必要もないほど、圧倒的な実力差だった。


(こんなんじゃダメだ)

 

 しかも、ジークの心には焦りがあった。


(早く行かないといけないのに………!!)




 ――そもそも、ジークがここに来たのは、隣村・ハーフェンに盗賊が襲撃してきた、と言う事実を知ったからだった。


 ハーフェンにはついこの間仲良くなった、イーリスと言う名の少女がいる。貴族だからと鼻にかけることもせず対等に接してくれた、正義感あふれる珍しい少女。


 だからこそ、ジークは気が付けば、身体が動いていた。

 ハーフェンに行かなくては。




 ――が、届かない。


「うんうん、いいね」


 拳も蹴りも何もかもが、届かない。

 届くイメージが、湧かない。


「悪くない、悪くない」


 地面に、叩きつけられる。 


 心を黒々としたものが塗りつぶしていく。


 自分が目指していた道は、こんなにも先が見えない道だったのか。こんなにも、頂きは遠かったのか。


「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 もはや、言葉にならない声を上げて、ジークは仮面の男に向かっていった。








 何度反撃を食らっただろうか。

 気が付けば、ジークは地面に伏していた。


 頭がかすみ、何も考えられない。


「ふぅ………そろそろか」と頭上から声がした。


 眼の前から、光が消えていくのが分かった。

 ここで自分は死ぬのかもしれない。


 が、認められなかった。


「──誰が」


 が、それだけは認められなかった。


「こんな所でぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 力を、振り絞る。


 諦めてはいけない。

 そう、ここで折れてしまったら、自分は自分で無くなってしまう。

 

 だからこそ。


「――諦めてたまるものかァァァ!!!!!!!」


 その瞬間、身体中から一気に力が噴き出た。 

 跳ね起き、地面を蹴って、瞬間的に仮面の人物に肉薄する。




 ──おそらく、その一撃は最高のタイミングだった。



 敵は油断しきっていた。

 そこに、これまでにないほどの理想の一撃。


 極限にまで追い詰められた肉体は、いまだかつていないほど研ぎ澄まされていた。


(いける!!!)


 ジークは確信した。

 

 拳が、仮面の男に迫る。

 その拳は、勝負が終わったと思って油断していた仮面の男に届く、


 

 はずだった………。






 ――が、次の瞬間。



 



 

 必死に飛び掛かったジークの目の前で、あろうことか、仮面の人物は怯えるでもなく、恐怖するでもなく、拍手をしていた。


「なっ………!!」


 こらえきれない、という喜悦が漏れているのが、はた目にもわかる。


「すごい……」


 目の前の人物から溢れ出る、絶賛。


「すごい、すごいよ!! ジーク君!!!!!」



 そして。


 次の瞬間。


 確実に当たると思った一撃は空を切り、謎の人物は一瞬にして目の前から消えていた。


「は………」

 

 理解が、できない。


 すると、「ジーク君」という楽しそうな声が、後ろから聞こえた。


 ぞわりと、寒気が走る。


「いやいやまさか。魔力による身体強化にまで追い込まれるとは驚いた。やっぱりすごいなあ」


 絶望。

 後ろから聞こえてくる仮面の男の発言によって、ある事実に気が付いたジークは、震えが隠し切れなかった。


(嘘……でしょ……)


 この人物は、今まで魔力なしで戦っていたのだ。


 ジークには魔力ほとんどない。

 


 魔力はいわば、動力源。魔力を身体強化に用いれば、それだけで飛躍的に戦闘力は伸びる。


 後ろの男は、それを今まで使っていなかった。

 それはすなわち、この男は、さらにもう一段階、いやもう二段階も上があるということ。


「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 もはや、形もへったくれもなかった。

 振り向きざまに拳を振るう。


 ――だが、その一撃が届くことはなかった。


「いやいや、本当にすごいよ。君はもっと強くなれる」と仮面の人物が言った。


 そして同時に感じたのは、首への衝撃。


「……カハッ」

「だから今は――」


 視界が狭まり、意識が遠のいていく。


「――眠れ。未来の英雄よ」



 とんだお笑い草だった。


 あれだけ必死になったのに、自分は何も守れていない。

 仲良くなった友人も守れず、ただただ地面に伏しているみじめな敗北者。


 本当に自分は、口先だけの英雄志望だった。



 ――そんな自分が、未来の英雄………???

  

 楽しそうに告げられたその言葉は、ジークの耳にこびりついて離れなかった。



――――――――――――――――――――



 謎の強敵によって闇落ちさせられる系主人公ジーク君。

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