第30話 ――待っていたよ、主人公
「ふぅ………」
息を落ち着かせる。
エンリケと別れた俺は、ラグ村の近くの山道で、目的の人物を待ち構えていた。
月明かりがあるとはいえ、この辺はリヨンの街中よりは暗い。
そんな道に潜む、黒づくめの変態。
逆の立場だったら絶対嫌だな、と思いつつ、俺は目的の人物を待っていた。
原作通りであれば、ジーク君はハーフェン村の危機を知り、居ても立っても居られず、村人の静止を押し切って、こっちの道を通るはずだ。
ちなみに、本来、ジーク君にこの世の厳しさを教えてくれることになる盗賊Aは、もう少し先の方で俺によって昏倒させられている。
少し経って、急ぐ足音が聞こえた。
「クッ、早く行かないと………!」
ぜぇはぁ、と急いでこの場に現れた人物を見て、俺は密かに感動していた。
俺の目の前には、まだあどけない表情の少年がいた。
可愛い系のイケメン、と言ったところだろうか。女子といっても通じそうな少年である。
ジーク君、本名ジークハルト。
ラグ村に住む何の変哲もない少年――
と言うのは嘘で、言わずと知れた『ラスアカ』の主人公。
魔法の使えない彼が、実力主義の魔術学院に入学し、可愛い女の子と一緒にサクセスしていくというのが『ラスアカ』のだいたいの流れだろう。
このように、大きなお姉さまからも人気があるイケメン主人公。だがしかし、彼も『ラスアカ』登場人物の例に漏れず、イカれメンタリティの持ち主である。
そんな少年に、「やあ」と声をかける。
「……ッ! 誰ですか」
そういって警戒心をあらわにするジーク君。
俺は手を広げ、ジーク君に挨拶した。
あくまでも友好的に。
なんといっても将来の救世主なのだ。
いやいや。
「――待っていたよ、ジーク君」
そんなことを言いつつ、俺は原作での2人の邂逅を思い出していた。
主人公ジークは、高慢な貴族のウルトスと魔術学院で出会う――
『いいか! 君もランドールの高貴なる家名を聞いたことがあるだろう??? 僕ちんはランドール公爵家の嫡男、ウルトス様だ! 学院は高貴なる者の学び舎。君みたいなどこの馬の骨とも知れない平民が来ていいところじゃないんだよ』
『学院で必要なのは、家の格などではないはずです。現に僕は平民ですが、試験にも合格しています! そして何より、自身の誓いのために、僕は学院に行く必要があるんです!』
『クックック………君、ジークと言ったかい?? ラグ村といえば、たしかリヨンの近くだったねえ〜〜リヨンの市長グレゴリオは君たちも知ってるだろう? あれと僕ちんは仲が良くてね。僕ちんの力を使えば、君を退学させるぐらい造作もないことなんだけどな~~。どうだろう、ラグ村の税率だけ急に上がったり、とかね』
『本気で言っているんですか………?』
う、う〜〜ん。
思い出してなんだが………く、クズだ。しょうもなさすぎる………。
明らかに、難癖のオンパレード。
しかも、完全に騙されて実権を奪われかけているのにも関わらずグレゴリオの名前を出し、その意向を鼻にかけるという最悪の愚行である。
もっと言うと、ジーク君は英雄レインの息子。どう考えても、私怨で税率を勝手に上げていいわけがない。
案の定これで苔にされたクズトスは、様々な方法でジーク君やメインヒロインを陥れようとする。ヒロインを無理やりさらったり、どうでもいい場面でこいつのせいで何回もゲームオーバーになったり……。
その結果、クズトスはプレイすればするほど、腹が立ってくるというかなり不愉快なキャラクターに仕上がっていた。
クズトスが画面に映るだけでも「気分が悪くなった」という健康被害を訴える声も相次いだので、これはもうマジもんである。
「待っていた………? それに、なぜ名前を!?」と、クズトスの愚行を思い出して自分でダメージをうけていた俺の耳に、ジーク君のつぶやきが聞こえた。
が、その質問には答えない。
「ハーフェンのことを聞いたのかい? たしかに、盗賊が来ているのは本当だよ。早く助けに行かなくてはね」
「なら……どいていただけますか?」
「そうだねえ。どいてあげたいのは山々なんだけど。残念ながら、このジェネシスは君を通すわけにはいかないんだよ」
そう言って、俺、こと謎の人物ジェネシスはゆっくりと魔力を肉体に集中させる。
「ジェネシス………」
こんな怪しい人物に対して、ジーク君もしっかり構えをとっていた。
さすがは英雄である父に憧れているだけあって、こちらがやる気満々なのに気が付いてくれたようだ。
ありがたい。
「申し訳ないが、ここを通すわけにはいかない。どうしても通りたい、というのであれば――」
手を広げ、こちらも構える。
「このジェネシスを、倒してからにしてもらおうか」
なぜ、俺が戦うことになったのか。
いや、俺も最初は盗賊に倒されそうになったジーク君をさっくり救出するつもりだった。
だがしかし。
ふとある考えに代わっていったのである。
あれ、俺が戦った方が早いのでは? と。
だって、そうだ。
盗賊は大して強くないし、それと闘うくらいだったら俺がジーク君と闘い、レベリングを手伝った方が効率がいいだろう。
これは一回、ジーク君が絶望を味わい、再起する物語である。だったら、俺が安心安全に未来の英雄をエスコートしたほうがいい。
と言うわけで、俺は迫りくるジーク君の拳を眺めていた。
いい拳だった。シンプルでまっすぐ。
きっと村の間では、いい線をいっていたのだろう。
が、しかし。
俺はジーク君にもっと強くなってもらわないといけない。村では一番だ~レベルでいられても困るのである。
「ジーク君」
優しく言いながら、踏み込んできた主人公の動きに合わせる。
「その程度かい???」
「なっ!!!」
主人公の向かってくる力をも利用しながら、カウンターを決める。
ちなみに、今回はカウンター中心で行こうと俺は決めていた。
同じボコボコにするでも、こっちから殴りかかるよりはカウンター主体でいった方がまだマシな気がするし………。
「………ッ!!」
俺の拳が、主人公の腹に突き刺さった。
「なんだ」
一歩も動いていない俺と、悶絶する主人公。
そんな主人公に向けて、俺は言い放った。
「――英雄志望は口先だけかな?」と。
………ごめん。
ごめんなさい。
後日、学院で再会したら、こっそりレアアイテムの隠し場所とか、これから裏切るやつとか、何となく教えてあげるから許して。
俺は内心謝り倒しながら、向かってくる主人公を待ち構えていた。
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