第29話 社会不適合者の中の社会不適合者
「………坊ちゃん。アンタ、それだけ苦労しても、表には出ないってことか?」
時は真夜中。月の光が屋敷の中にも入り込んでくる、という素敵な時間帯に、俺はなぜかむさい男――エンリケと向かい合っていた。
そして、なぜかエンリケは神妙な顔で尋ねてくる。
「本当にいいのか? 市長の陰謀を阻止し、盗賊の襲撃から人々を守る。それをやったのが、かのランドール公爵家の嫡男だって知ったら、誰もがこぞって坊ちゃんのことを褒め称えるぜ。将来だって、安泰だ」
俺は首を振った。
エンリケ、違うんだよ。
「名声なぞ必要ない」
「じゃあ、なぜ!?」
堪えきれないといった様子で言うエンリケ。
が、俺はきっちり言い聞かせた。
「前にも言っただろう。これが俺の義務であり、すべてだ。この行為で、救われる命がある。ならば、俺は誰にも知られなくても構わない」
そう。
ここで頑張れば、俺が最終的に殺されることなく、まっとうにモブ人生を生きられるだろう。
具体的には俺の命が救われる。
「本気か?」
じっとこちらを見てくるエンリケ。
俺は、そんなエンリケに爽やかにほほ笑んだ。
「――もちろん、本望だ」
力強く言い切る。
「そう、か………」
ふぅ、とエンリケがため息をつく。
「………坊ちゃん」
そして、一瞬の沈黙の後、エンリケが何かを思い出すようにして話し始めた。
「俺はギルドにいたときから、嫌な依頼は断り続けてきた。むかつく貴族や、足元を見る商人ども。ギルドの受付嬢にどれだけ頼まれても、な」
「………えぇ」
なんかシリアスな表情で始まる、突然のエンリケの告白。
が、俺はドン引きを隠せなかった。
え、それやっちゃうの??? と言う感じである。
俺自身、ギルドに詳しいわけではないが、そんな依頼の断り方ができるのは、ギルドでも屈指の実力者だけだろう。
現代日本で例えると、仕事をしないくせに仕事を選ぶ、とか、試験の成績もよくないのに宿題すら出さない、とかそういうレベルだろうか。
エンリケは、強者ムーブが好きな一般的Fランク冒険者である。それがそんな断り方をしてたら………
「気が付けば、俺はギルドを追放されていた」
「でしょうね」
思わず食い気味に答えてしまう。
そりゃそうだ。
実力がないのにそんな感じだったら、そりゃ追放されるよ。
「ち、ちなみに、周りの冒険者の反応とかは………?」
「周りの冒険者だぁ? あぁ、やつら、どいつもこいつも俺から眼をそらしていたなあ」
「………うっわ」
「はっはっはっ、何だいその反応は。俺に気後れしないやつは、久しぶりだよ」
やばい。
完全に、周りにも引かれてる。
が、エンリケはそんな俺の様子に気が付くことなく、「だがな」と楽しそうに続けた。
「俺は初めて、誰に依頼されているわけでもなく、他の誰でもないアンタと一緒に暴れたい、と思ってる」
「え、エンリケ………」
手を出してくるエンリケ。
「と言うわけでよろしくな。坊ちゃん、いや」と、ここまで言ってエンリケは笑っていた。
眼をギラつかせた獰猛な笑み。
「なあ――ジェネシスよ」
「お、おう」
渋々手を握る。
とりあえず、エンリケはやる気になってくれているらしい。
こいつ、まあ悪い奴じゃないんだけどな………。
俺自身、あまり社会になじめているわけではないが、さすがは「社会不適合者の集まり」と揶揄される冒険者ギルドを追放された男である。
この事件が終わったら、マナーの一般常識でも一緒に勉強させてやろうかな、と俺は思った。
そして、
「しかし、ジェネシスか。初めて聞いた名だが、どこか心に突き刺さるいい名だ……」
「そ、そっか。よ、よかったな。頑張って考えた感があったよ……」
どうせもう一生使わないはずの黒歴史の名前だが、厨二病的にもお気に召してくれたらしい。
リヨンの街はかなり大きい。
屋敷を離れた俺たちは、急用だと言って馬車を捕まえていた。
運がいいことに、今日は貴族の魔物対策の会議があったからか、遅くまで馬車が動いていたらしい。それから、街の検問を超える。
そこからは、身体強化で速度を上げる。
襲撃を受ける村は、少し山側の方に方角にあるので、さっさと走った方が早い。
走りながら、エンリケが俺に聞いてくる。
「じゃあ、俺はその村、ハーフェンに行けばいいんだろ? それで盗賊の襲撃から村人を救う、と」
「そうそう」
あんまり人助けって柄じゃあないんだがな、と頭をかくエンリケ。
「で、ジェネシス。そっちはどうする?」
「俺は別の用事があるから、迂回して、そちらに向かう」
「別の用事??」
どこだそりゃ、と顔をしかめるエンリケに向けて、俺はさらっと言い放った。
「あぁ――未来の英雄の顔を見に」
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