第27話 第2の秘策


 全身筋骨隆々の強面のおっさんに、「この普通のガキがぁ!!!!!」とお褒めの言葉を頂いてから、少し経った。


 すごい、本当にすごい。

 俺は感動していた。


 あのおっさんは俺の真の姿、つまり、モブらしさを認めてくれたのである。


 半端ではない観察眼。俺の師匠と言っても過言ではないかもしれない。

 そのくらいのナイスガイであった。  


 最後らへんは「………ヒッ!!」とか言って完全におびえた眼をしてこちらを見てきたが、きっとエンリケの強者ムーブに恐怖を感じてしまったのだろう。


 その気持ち、わかるよ。


 まあまあ付き合いの長くなっている俺でも、時たま、ぞくっとさせられる瞬間があるのだ。

 初対面の人間には、きっと刺激が強すぎたのだろう。




 そんなこんなで、強面のおっさんから勇気をもらった俺は、薄暗いクラブを出て、本館の方へと移動していた。


 そして、本館に入った俺を待ち構えていたのは――


「うぅ……ウルトス……これからもランドール家を頼むぞぉ……!!!」

「ハイハイ、父上。続きは屋敷で聞きますよ」

「う、ウルちゃん………久しく見ない間に、こんなに立派になってぇ………」

「母上も、べろべろじゃないですか。そもそもお酒が強くないんですから、ご自愛ください」


 ハイ。


 父上、母上は完全に出来上がっていた。

 これだけべろべろになっても、暴言を吐いたりしないのは、さすが父上と母上と言ったところか。


 本当に品はいい。人柄はめちゃくちゃいい。

 これで脇の甘ささえなかったら、原作でも大活躍できたのに………。


「しかし、すげえ規模だなこれは」と父上を担ぎ上げたエンリケが言う。


「まあね。世間が予想する、貴族のどんちゃん騒ぎ、ここに極まれりって感じだしね」


 周りを見渡すと、眠りこけている貴族は多数いた。


 そもそも、まともな貴族は会議後、すぐに領地へ戻ったり夜会を早々に切り上げていたらしい。

 父上と母上は、人が良すぎるあまり残ってしまった、と言うことだろう。


「よし。これで、お父上と母上は確保だな」

「で、坊ちゃん。続きはどうするんで?」

「そうだね。一旦、屋敷に戻ろうか」


 それから、俺は本館の出口を目指した。


 もちろん、こうしている間にも、グレゴリオの手先らしき連中が、ちょいちょい、


「き、貴様ら………! 勝手な真似を!」とか言って絡んできたのだが、父上を装備して身動きがとりづらくなっているはずのエンリケに一蹴されていた。


 あまりにも、あっけなく散っていく男たち。


「んん~~おかしいな」


 ………どういうことだ? 


 俺は薄々勘づき始めていた。

 弱い、グレゴリオ陣営が弱すぎるのである。


 だが――


「ありがたい」

 

 歩きながら、思わず笑みがこぼれる。


 そう。

 


 正直、このリヨンで様々な工作をするにあたって、一番懸念していたのが敵対組織、つまり、グレゴリオ陣営の強さだった。


 原作では、主人公のジーク君は、後半にグレゴリオとぶつかる。

 市長としての表の顔と、裏ではリヨン随一の闇ギルドを掌握するという強大な敵役のグレゴリオに、主人公は苦しめられることになるのだ。

  

 ――が、ここで1つの疑問が出てくる。


 そう。

 原作後半のグレゴリオ陣営の実力は実際プレイしてみて、それなりに推測できるのだが、そもそも、それは今から何年も後の話である。


 つまり俺は、このリヨンの時点でのグレゴリオ陣営の実力が全く分からない。


 原作でも、主人公は盗賊相手にボコボコにされるだけだし、別にプレイヤーが直接、この時点でのグレゴリオ陣営と対決できるわけでもないから、相手の実力が全くと言っていいほど読めないのである。


 俺にわかっているのは、この時点では、ジーク君の父親、騎士団長のレインが一番強いということくらいだろう。

 それ以外はなんにもわからない。

 

 しかもさらに困ったことに、この世界にはレベル、と言うものが存在しない。

 だから、こっちはざっくりとしか相手の強さを判断できないのである。


 例えば、俺とエンリケの戦闘力は同程度で、そのエンリケとグレゴリオ陣営のチンピラ共だったら、エンリケの方が強い。

 

 ……と、まあこういう風に、なんとなくでしか強さを把握できないのだ。



 が、ここで嬉しい誤算が生じていた。


 俺は、目の前を見た。


「く、クッソ………! なぜこれほどの男が紛れ込んでいるッ!!」とか威勢のいいことを言いつつ、エンリケと言う元Fランクになすすべもなくやられていくグレゴリオ陣営のみなさん。

 

 そう言えば、先ほどのおっさんもあり得ないほど、あっさりエンリケにやられていた。


 きっと、あれは本当に弱いのだろうな、と俺は思っていた。

 多分、あの弱さだと冒険者とかではなく、本当にただ顔が怖くて、ごつい感じのチンピラとか、売れない劇団員とかを適当にスカウトしてきたんだろう。


 そう、つまり――

 

 原作のグレゴリオの組織は結構強かったのだが、この時点だと、割と人材不足なのだ。だからこそ、こんな弱い奴らが大挙しているのである。


 まあたしかにな、という感じがする。

 むしろグレゴリオは、このリヨンの事件を機に、一気に勢力を拡大したいところだったのだろう。



 となれば、だ。

 


 ニヤリ、と笑みが漏れる。


 いける。


 ――そうだ、全ての破滅フラグを破壊しつくし、今こそ、モブへと回帰するとき。


 俺は速度を速めて、屋敷へと戻っていた。




♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




 屋敷へと戻った俺は、リエラに両親の世話を頼んでいた。リヨンの屋敷にはちゃんと使用人もいるし、問題はない。


 今まさにグレゴリオは、盗賊の手引きをしたり、それを自分の手柄にしたり、と言った仕事に忙しいので、こちらに来ることはないだろう。


 そもそも、ランドール家は公爵家である。

 いかに、グレゴリオとはいえ、直接適う相手ではない。だからこそ、数年間かけてこれほどの策略を編んできたのだ。


 そして。


 俺は、屋敷の自分の部屋へと足を踏み入れた。 

 そこに鎮座するのは、俺がわざわざ領地の屋敷から持ってきた荷物である。


 なぜ、これが必要だったのか。


 これこそが、俺の秘策、第2弾。

 

 俺は荷物の中身を手に取った――

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