第25話 喰う者と喰われる者 side:見張りの冒険者


「………本当に楽な仕事だな」


 思わず笑みが漏れる。


 冒険者のギースは、ある施設の入り口の前にたたずんでいた。



 ――『冒険者』。


 それは、冒険者ギルドからの依頼を受け、仕事をする者の総称である。

 そんな冒険者の生業は多岐にわたる。魔物を討伐したり、要人の警護をしたり、など。


 そして冒険者になるには、身分は関係ない。

 村人でも犯罪者でも貴族でも、誰もが冒険者になることができる。


 ただ、冒険者になるのは簡単だが、誰もが冒険者として生きていけるわけではなかった。


 冒険者に要求されるのはシンプルである。

 たった1つ───純然たる『力』のみ。


 いかに高貴な身分であろうが、いかに人々から敬愛されようが、『力』がない者は冒険者として生きていくことはできない。

 逆にその力さえあれば、その門戸は誰にでも開かれている。




 では、そんな冒険者がなぜこんな場所にいるのか。


 ギースは薄く笑った。


(しっかし、こんな楽な仕事はねえな。


 冒険者としてのランク(位階)は簡単だ。

 

 初心者の登竜門と言われるFランクから、実力たしかなCランク、どこの国に行っても通じると言われるBランク。


 そして、完全に国中に名が知られるAランク。


 ギースのランクはC級。おそらく、実力としてはC級の下位くらいだろう、と予測していた。


 まあ年齢を考えれば、悪くはないが良くもない、と言ったところだろう。


 もちろん、一般人と比べれば自分ははるかに強い。

 いい暮らしを望んで真面目に依頼を受けたり、ギルドで後進のための訓練をしたりしていたら、余裕をもって生きていけるだろう。


 だが、ギースはそれで満足しなかった。


 もっといい暮らしをしたい。

 かと言って、これから健気にランクを上げようとしても無駄だろう。


 ギースも必死に努力を積み重ね、Cランクまで到達した。


 が、冒険者のランクは絶対。

 一個上のランクとの間には絶対的な差が存在する。


 分厚く、大きく、強大な壁が。




 そうして真面目にランクを上げることを辞めたギースが行きついた先は、より実りのいい依頼を受けることだった。


 ギースは冒険者ギルドのほかに、いくつかの闇ギルドに顔を出すようになった。

 つまり、闇ギルドから斡旋される、より後ろ暗い仕事を求めるようになったのだ。


 裏の仕事。


 明らかに魔物を討伐したりするよりは楽で、何よりも自分の強さ、『力』を誇示できる。


「クックック………」

 

 今夜の仕事もそうだった。

 リヨンで会議が開かれ、街には多数の貴族が集まっていた。


 そして、ギースにあてがわれたのは、いわゆる秘密のクラブの見張りだった。

 高位貴族の息子たちの遊び場。


 本当に、そこはひどいものだった。


 あるガキは、高級な酒を「安酒」と言い張り、水を要求する。しかもそれだけでは飽き足らず、隣に侍らせた美人なメイドに「あ~ん」と恥ずかしげもなく、食事を運ばせている始末。


(本当に、バカなガキどもだ)


 ギースは、自分たちを特別だと思い込んでいる哀れなガキどもをあざ笑っていた。


 酔ったバカ息子どもが「俺たちは偉いんだ!」とほざいていると、本当に世間を知らないのだな、と思うしかない。

 

(残念だが、お前らは嵌められているんだよ。ここは俺たちの領域だ………!!)


 ギースは笑いをこらえるのに必死だった。


 この哀れな獲物を。

 狩人に囲まれているとは知らないガキどもを。


「…………ん?」


 そこまで考えていたギースは、廊下の先を見つめた。


 誰かが近づいてくる。 

 眼を薄く凝らした先にいたのは、ガキと後ろに付き添うメイドだった。


 たしか――


(あれは、ランドール公爵家のガキだっけな)


 目の前に現れたのは、ランドール公爵家という、ここら一帯を治める領主の息子だった。親は貴族にしては真面目だ、という噂を聞いたことはあるが、その息子は本当にどうしようもなかった。


 メイドを侍らせたり、貴重な酒を安酒、と言っていたのもこのガキだ。


 数いる調子に乗ったバカ息子の中でも、一段と馬鹿そうな貴族のドラ息子。


 が、またかよ、とギースは思ってしまった。


 このガキはなんでか知らんが、時たま廊下に出てそのたびに、ギースたちに注意をされていた。

 

 ギースたち見回り組は、このランドール公爵家のガキを、「トイレにも一人でいけないガキ」と裏であざ笑っていた。


 ――しかし、


(面倒くせえな。睡眠薬が効かなかったのか?)


 そう。

 ギースたちは依頼人の命令で、すでに動き出している。


 どうやら、ギースの雇い主は、相当緻密な計画を練り込んでいたらしい。


 ここで騒ぐ馬鹿ども睡眠剤を盛り、次の計画へ。次はリヨンの郊外で一発事を起こすつもりらしい。

 おそらく、本館の貴族の夜会も同じような状況なのだろう。


 しかも、雇い主は、これからこのガキどもの所業を世間にばらすつもりらしい。

 たしかに、何か事件が起こった時に率先して動くべき貴族の息子が遊び惚けている、というのは世間から怒りを買うには、十分だろう。


 笑うしかない。

 この依頼次第で、自分にはありえない額が手に入る。

 

 そして。こんな絶好の好機を、このガキごときに邪魔させるにはいかない。


「クックック………お坊ちゃん。こんな夜分遅くに、どうしたんですか???」


 パキパキと拳を鳴らす。


 確かに、貴族と冒険者だったら、貴族の立場が強いだろう。

 が、しかしそれは平常時の話。


 今のようになれば、結局は強い奴が勝つ。


 そうだ、もはや計画の成就は近い………!!


「それを――」


 だからこそ、ギースはニヤニヤと笑って、己の力を見せつけるように、坊ちゃんに飛びかかった。


「それを、こんなつまらん普通のガキに邪魔されてたまるかよッ!!!!!」


 まさしく、必殺。

 油断していたわけでもない。  


 ギースの拳は馬鹿なドラ息子に突き刺さり、自分を特別だと勘違いした、馬鹿な獲物は恐怖に顔を歪めるはずだった。






 ――が、ギースは気が付くべきだった。





 少年の眼に、


 周りが眠りこけているという異常事態なのに、少年の落ち着きっぷりが、、ということに。




「なんだ」


 少年が呆れたように呟いた。


「――エンリケ。全然、片付けが終わっていないじゃないか」


 ギースが、「はぁ……!?」と言い終わる間もなく、


 少年の左側、薄暗い方から手がぬっと伸びてきた。

 そのままその手は、ギースの顔をつかむ。気が付けば、ギースの身体は完全に宙に浮いていた。


「………んなッ!!!」


 必死にもがくが、手が離れない。

 男の手は鉄か、なにかのようだった。全く動けない。


 手越しに伝わるのは、圧倒的な膂力。絶望的な戦力差。


 信じられなかった。この自分が。

 自慢じゃないが、それなりに裏世界ではやってきたのだ。

 

 冒険者としてだって、Cランクはある。


 相手がどんなであろうと、こんなやすやすと自分が一方的に持ち上げられるなんてことは――





 待てよ。



 ギースの脳裏に閃光が走った。

 自分は一体、何を相手にしているのか。


 今、何て言った??????


 気だるそうな少年の口から漏れた、今の言葉――


、だと……?)


 それは、絶対に関わってはいけない男の名前だった。

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