第24話 次なる1手



「ね、眠くなってきたな…………」と、周りの皆さんが口々に言い出し、急に寝始めてから少し経った。




 ――さて、と。

 

 俺は眼を開けた。

 周囲は、先ほどの騒がしさが嘘のように静まり返っている。


「よいしょ」


 ソファーから立ち上がり、首をゆっくりと動かす。

 辺りを見渡すと、見事に全員眠りこけていた。

 

 まさしく、貴族のバカ息子たちが遊び疲れた後、としか見えない。

 

「リエラ。起きてる?」

「はい」


 俺の後を追うように、リエラも立ち上がった。


「これ、大丈夫なんでしょうか??」

「ああ。どうせ寝てるだけだから、安心していいよ」

「はぁ……しかし、よくわかりましたね。ウルトス様――これから薬が仕掛けられる、とすでに予測し、眠ったふりをするとは」


「大したことじゃないよ。あと、夜会の方でも多分同じことが起こってる」


 俺は目の前の眠りこけている人々を避け、扉の方へと向かった。


 本当に大したことではない。

 

 ――なにせ原作知識だからな。





 リエラと共に扉を抜け、廊下へと出た。


「おう、坊ちゃん」


 その瞬間、暗闇から声を掛けられた。

 あぁ、この緊張感のない声は――


「なんだエンリケか。あれ、見張りの人は?」

「あぁ、ここの施設の人間か。ほとんど外に出ちまったなあ。残りの奴らは片づけておいたぜ」


 暗闇からぬっと出てきたのは、元Fランク冒険者にして、天才的演技力の持ち主――エンリケだった。

 さすがはFランクとはいえ、元冒険者。


 ここの施設の見張りを排除してくれていたらしい。施設の場所を指示していたのは俺だが、ありがたいものだ。


「しっかし、すげえよなあ」とエンリケが感心したような声を上げた。


「このリヨンで、これから盗賊が出るとはな」

「まあね」


 それを読んだ坊ちゃんもすげえなあ! とはしゃぐエンリケを見ながら、俺は今後のイベントの展開を思い浮かべていた。




♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 リヨンイベ。


 主人公とメインヒロインのイーリス、そしてかませ悪役(俺)の運命が大都市で交差する、と言う重要なイベントだ。


 まず、主人公ジーク君とイーリスが出会うが、イーリスはリヨンで出会った貴族のクズっぷりに絶望。さっさと帰ろうとする。


 ここまでが戦闘パートの前座で、これはクリア済み。


 ――が、しかし。 

 ここから事態が急変する。

 

 帰ろうとするイーリスが、村を通った際、なんと盗賊の一団に襲われてしまうのである。

 本来、リヨンほどの大都市の付近は、きちっと防衛がされており、盗賊が急襲することなんてありえない。


 だが、そんな"まさか"が起こってしまう。


 そのまま、盗賊に攫われてしまうイーリス。


 隣村の異変に気が付いた主人公ジーク君も盗賊に立ち向かうが、所詮は村の少年。

 盗賊相手にボコボコにされてしまう。

 

 ――絶望しながら意識を失う少年。


 しかも、タイミングも悪かった。


 なぜなら、リヨンの街で盗賊対策の指揮を執るはずの貴族たちは、みな夜会で酔いつぶれて寝ていたからである。

 



 そんな中、危機一髪でジークを助けたのは、滅多に会わない父親のレインだった。


 街の騎士団長だった彼は、リヨンの市長グレゴリオの協力を取り付け、イーリス奪還に向けて動き出していたのだった。


 そんな彼は基本的に超が付くほどの高スペックなので、獅子奮迅の立ち回りで盗賊を撃退。

 見事、イーリスの安全を確保して、生還を果たす。


 というわけで、この事件がきっかけとなり、主人公ジーク君は強さに憧れ、イーリスは自分を助けてくれた英雄レインに憧れることになる。



 2人の運命は、やがて魔術学院で交わる――




 ………だが、嬉しくないことに、俺たち高位貴族はめちゃくちゃ叩かれることになる。

 

 当たり前だ。


 夜会で薬を盛られたとはいえ、贅沢な遊びをしまくって肝心なところで役に立たない貴族など嫌われる要素しかないだろう。


 ちなみに、ここでクズトスや他のバカ息子たちの秘密のお遊びも、なぜかばれてしまう。


 こうして、始まりの街リヨンでの出来事は、貴族への不信感と市長への期待感とつながるのであった。

 

 と、ここまでがリヨンのイベントになるのだが…………




 

 質問:このイベントで名を上げたのは誰でしょう???


 一見、この事件で名を上げたのは、自らのクビ覚悟で立ち上がった英雄レインのように思えるが、レインは全く権力に興味はない。


 そう。

 この事件で称賛を一手に浴びたのは、



 グ レ ゴ リ オ 市 長 で す。



 つまり、全部あの市長のせいである。


 いやあ、何度見ても素晴らしいマッチポンプ、自作自演だ。

 そりゃ市長が裏から手を回してたら、盗賊を引き込めるだろう。


 さらに、グレゴリオは普段から贅沢もせず、遊びもしない爽やかなイケメン市長で通っている。

 

 そして何なら、貴族の夜会で薬を仕掛け、その堕落っぷりを密かに噂を流していたのも、この市長である。 


 こうして、自身の基盤を確保したグレゴリオは、着実に力を貯め続け――


 貴族をも凌駕するリヨンの支配者として、原作の後半で主人公勢とぶつかることになる。





♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「……って、やっぱりよくないな」


 と、ここまで原作を思い返していた俺は、そう呟いた。

 うん、どう考えても良くない。


 どうしてこんな危険なキャラで序盤からかち合わなきゃいけないのか、これがわからない。

 リヨン以外でやってくれよ、と思う。

 

 さらに、俺が前に両親について心配していたのも、これである。


 不覚とはいえ、ランドール公爵は緊急時に役に立たなかった。いくらこれまで頑張っていたいい領主とはいえ、評判が落ちるのは早い。


 そうして激務が祟り、両親は命を落としてしまう。


 ……申し訳ないが、それは許せない。 


 両親はいい人だし、何より俺の人生の目的はモブである。


 ――モブには、悲しい過去なんて必要ないのだ。


 モブの両親は普通に生きていているべきだ。悲しい過去を背負うのは、主人公勢だけでいい。


 俺の両親には、あと50年くらいは領主をやってもらいたいし、何ならもっと領主向きな妹、弟を産んで、せいぜい幸せな老後を過ごしてほしい。



 ふぅ、とため息をつく。


 すべては我がモブ人生のため。


 グレゴリオには悪いが、 


「――あまり、俺のモブをなめるなよ」






 気合を入れる。


 そして。


 よし、じゃあ行こうか、と2人に声を掛けようとして後ろを振り向くと、なぜかエンリケは気圧されたような顔をしていた。


「どうかしたのか?」

「い、いや、一瞬急激に魔力が高まったからな」

 

 理解できた。

 ちょっとモブにかける思いが強すぎて、魔力が漏れ出てしまったらしい。


「まあ、ちょっと頑張ろうかなと思ってね」

「そ、そうか。まあ坊ちゃんアンタなら大丈夫だ。剣術に限って言えば、俺の領域へと近づき始めている。そしてその魔力…………とんでもないことになるぜ」


 と、なぜか笑うエンリケ。


 どうやらエンリケは、俺を励ましてくれているらしい。

 まあ、確かに剣術の修行では、エンリケに近付き始めている、と言う予感はしていた。


 が、しかし。


 元Fランクに言われてもなあ、と言う感じがする。


 いや、あるよ。そう言うの見たことある。


 でも、そういうシーンって普通、めちゃくちゃな強者が「フッ、小僧。俺の領域に近付き始めているな」とか言うやつである。


「あ~~~~、うん、ありがとうエンリケ」


 ………これで、もうちょっと強ければなあ。

 せめて、Dランク位はあってほしかった、と若干冷めた目で俺はエンリケを見るのだった。


「ま、まあ気を取り直して………」


 俺はパン、と手を叩いた。


「じゃあ、リエラ。本館の方に行ったら、一緒にお父様とお母様を屋敷まで連れ帰ろうか? 力仕事ならエンリケもいるし、何か咎められたら全部僕の責任にしていいから。あと、これからに向けて、ちょっとしたい準備があるしね」


 そう。


 秘策第1弾・『とりあえず意味深なことを言いまくる』だけでは、もちろん俺は満足していなかった。


 ――

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