第22話 ご、誤解だ……


「イーリス・ヴェーベルン。ヴェーべルン男爵家の娘よ。ランドール公爵家の跡継ぎが、一体、ここで何をしているの??」


 こちらをまっすぐに見据える深紅の髪の美少女。


 彼女こそは、イーリス・ヴェーベルン。

 みんな大好きメインヒロインの1人で、セリフの通り、かなり貴族にしては正義感の強いタイプである。


 まあ、その正義感のせいで、ヴェーベルン男爵家は若干、貴族の界隈では浮いている、と言ったところか。



 ――正直、言おう。


 俺は作中のこのシーンが大好きだった。


 プレイヤーたちの前に姿を現したイーリスは、明らかに自分よりも格上の貴族であるクズトスに、一歩も引かないのである。


 まさしく高潔。

 

 とはいえお堅いだけではなく、ちゃんと好感度を上げればデレてくれるので、イーリスはヒロインの中でも、めちゃくちゃ人気だった。

 

 そして、だいたい『ラスアカ』の二次創作小説では、転生した主人公が幼少期のイーリスを救うのがお約束だった。

 

 …………クズトス???


 クズトス少年は、だいたいボコされることになるよ。言わせないでほしい。




「さあて、一体何をしているんだろうなあ」


 と、そんなおっかない美少女を目の前にして、俺は偉そうに答えた。

 作中のクズトスを思い出し、なるべくいやらしそうに笑う。


「クックック………」

「本当に、都の貴族というのは下衆ばかりね」


 イーリスがその美貌を歪めた。


「魔物対策もまともに話し合わず、夜はパーティー三昧ってわけ?? しかも、その臭い――中では大層楽しそうなことをしていらっしゃるのね」


 もちろん、皮肉を言われている。

 辺境の地の貴族である彼女からしたら、こっちの貴族は危機感が欠けている、と見えるのかもしれない。


「…………ッ!!」


 さらに、イーリスはリエラの服装の乱れに何か気が付いたらしい。


「後ろに控えているその子――」


 口にするのも嫌だ、という表情でイーリスが言った。


「侍らせたメイドを見ればわかるわ。見下げ果てたクズね。あなたが貴族じゃなかったら、今すぐ叩き切ってるところよ」


 そう言いながら、イーリスが剣に手をかける。

 冗談ではない。イーリス・ヴェーベルンの剣技は半端じゃない。

 

 現に、作中では、入学したばかりのジーク君では手足も出なかったほどである。


「………………」

 

 無言。

 辺りを静寂が包んだ。

  

 そして、今のところ、2つばかり問題が発生していた。

 

 まず、1つ目。

 なぜか知らないが、原作よりも俺は嫌われているような気がする。


 おそらく、リエラの存在だろう。


 イーリスの強い視線は、なおも続く。


「あなたたち高位貴族は、どうやら他人のことを、自分の意のままに操れる人形か何かと勘違いしているみたいね」

「………え、いやまあ」


 ご、誤解だ……。

 

 どちらかと言うと、指示通り胸を触らせられたのは俺の方で、意のままに操られた人形は、こっち側である。


 そして、2つ目。

 後ろのリエラからめちゃくちゃ殺気を感じる。


「……なんなのあの娘……ウルトス様に対して……不敬……傲慢」


 ぶつぶつと小声で不平が漏れているリエラ。


 おかしいな、と俺は思った。


 前も後ろも、敵しかいないのか???


 イーリスが俺の悪口を言う度に、背筋が寒くなってくるんだが…………。



 結果。 


「ま、まあアレだな…………!!!」


 事態がより悪化しつつあるのを感じた俺は、さくっとイーリスとの掛け合いを終わらせることにした。


「面白い。クックック………生意気な女だ、何なら俺の妾にしてやってもいいぞ」


 と、いかにも原作同様、小物っぽいクズ発言をして、イーリスを舐め回すようにして見る。

 


 同時に、俺はため息を尽きたい気分だった。

 こんなことを、正義感の強いヒロインに言ったらどうなるだろうか???

 

 いくら馬鹿でもわかる。 


 答えはもちろん――


「あ、貴方ッ………!!!!」と、激昂するイーリス。


 答えは簡単。

 ブチギレ確定である。


 一瞬で、深紅の綺麗な髪と同じくらい、イーリスの顔が真っ赤になる。


「……ッ!!」


 我慢しきれなかったのだろう。


 イーリスが一歩踏み込み、手を伸ばしてくる。剣に頼らなかったのは、一応彼女も自制していたからだろう。


 一応、元Fランク冒険者エンリケと修行した成果で、俺には彼女の動きがゆっくりと把握できていた。

 避けようと思えばいくらでも避けられる。


 が、俺は避けることなく彼女のビンタを食らった。


 パァン!と言う乾いた音が、辺りに響く。



 ――ここからが、腕の見せ所である。 



「う、うわああああああぁぁぁぁ!!」 


 と、俺は流れるようにして地べたにダイブした。

 そのまま、傍から聞くのも恥ずかしいほど、


「い、痛いぃぃぃぃぃいぃぃぃぃ!!!!!」と大声を上げて転げまわった。


「ぼ、坊ちゃん、大丈夫ですか!?」

 

 心配するリエラの声。


 それには答えず、俺は顔を抑えながら、しっかり指の隙間からイーリスを見ていた。


 どうだい、このイキりクズムーブは??

 散々煽っていたくせに、一発ぶたれた瞬間泣き始めるという美しいクズムーブ。


 そして予想通り――


「惰弱、脆弱……貴族としての矜持もなければ、強さもない。これが、都の高位貴族の姿なのね………」


 こっちにビンタした張本人のイーリスもあきれ果てていた。

 はあ、とため息をつくイーリス。


「私はお爺様から聞いていたわ。貴族はかつて、人々を守るために立ち上がった戦士だったって。でももう、理想の貴族はいなかった。だからもう、ここにいる必要も感じない」


 そう言って、彼女は背を向け、立ち去ろうとする。




 本来ならば、これで終わりだ。

 このまま、クズトスはクズのまま、イーリスに記憶されることになる。


 が、このまま返すわけにはいかなかった。

 

 ――すべては我がモブ人生のために。



 

「――待てよ」


 と、後ろを振り向く彼女に、俺は呼びかける。


「何かしら。あなたをビンタしたことだったら、追って沙汰は何でも受けるわ。今まで通り、権力を傘に好き勝手やれば?」

「いや、そうじゃない」


 去ろうとするイーリスに向かって、俺は立ち上がった。


「コインは表と裏からできている――そうだろう?」

「はぁ?」


 急に何の話を始めたのか、理解できないといった表情のイーリス。

 だが、俺は構うことなく続ける。


「光があれば影もある。影があるからこそ光が輝く。つまり、すべての物事には裏と表がある」

「一体何を言いたいの……!?」


 一体何を言いたいの? か。


 その疑問はもっともだった。

 が、俺はその疑問に答えられなかった。


 なぜなら……

 なぜなら…………

 

 俺の方も、何を言いたいのか、


 い ま い ち 意 味 が 分 か っ て い な か っ た か ら で あ る。

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