第21話 2人目のメインヒロイン
マジで大丈夫かな、このメイド……。
――と、俺がリエラに一抹の不安を覚えてから、数時間後。
俺は貴族のクズ坊ちゃんたちのたまり場で、楽しそうに遊ぶ、という苦行を味わわされていた。
「いやしかし、最高ですね。ここは、何しても許されるし」
俺の向かい側の椅子に座っている貴族の馬鹿息子Aが、そう言っていやらしい笑みを見せる。
うん、クズだ。
「クックック……出されるものも豪勢で、口うるさく言う人間もいないしなあ!」
と、さらに、俺のちょうど右斜め側の椅子に座っている貴族の馬鹿息子Bが、そう言ってまたもや勝ち誇った笑みを見せる。
うん、どこに出しても恥ずかしくない立派なクズである。
しかも、このバカ息子たちは――
「この大都市、リヨンの市長までも、僕らの威光に恐れおののくとは思いませんでした」
「なあ。やっぱり俺たちは特別だったんですねえ!!」
「「ですよね、ウルトス様!!」」
「………あぁ………そうだな」と俺は頬をぴくぴくさせながら答えた。
これである。
つまり、この2人は完全にリヨンの市長グレゴリオが、自分たちの威光に恐れおののいて、こんなに接待してくれていると思い込んでいるのだ。
「クックック………まあやつが使い物にならなくなったら、捨てるだけですね」
「そうそう。所詮、やつは獲物。それまで搾り取ってやりますか」
と、いかにも小物そうに偉ぶるバカ息子×2。
いや、そんなわけがないだろ、と言う言葉が喉まで出かける。
利用されている哀れな獲物は、こっち側である。
グレゴリオはそんなに甘くない。
もっと正確に言えば、グレゴリオが原作に登場するのは、クズトスよりも後、である。
つまり、学院に出てくる中盤のうざい中ボスのクズトスなんかよりも、よっぽど強敵のキャラなのだ。
しかも厄介なことに、この2人はランドール公爵家より位が下と言うこともあって、俺にめちゃくちゃ同意を求めてくる。
「そ、そうだな………アハハハハ……搾り取ろうか……うん」と曖昧にヘラヘラ笑う。
まあ、それは置いておいて――
しかし、この秘密のクラブは乱れていた。
時たま現れる美人が際どい衣装で現れ、食事やお酒を提供してくる。
ちなみに、お酒を提供される度に、俺は「こんな安酒が飲めるか!!!」と言って酒を拒否していた。
こんなクラブで、べろんべろんになるわけにいかない。文字通り、冗談ではなく、俺の生死が懸っている。
そもそも未成年だし。
というわけで、俺が代わりに要求したのは「水」だった。
「こんな安酒じゃなくて、水をよこせ!!」と言い放った時のエッチなお姉さんの困惑した顔は忘れられない。
そりゃそうだ。用意された最高級の酒を「安酒」と称し、「水」を要求する。
もう、貴族のバカ息子とかではなく、単なるバカである。
とまあ、こんな感じで、頑張ってクズぶっていた俺だったが、
しかし。
俺を悩ませるのは、それだけではなかった。
俺を一番悩ませている存在。
それは――
「はい、あ~~ん」
何を隠そうリエラであった。
横に座るリエラに、「お口を開けてください」と促され、俺は果物を口にした。
(………ウルトス様)
その流れで、ひそひそと、リエラが耳打ちをしてくる。
(………なんだ)
(そろそろ、私の胸をお触り下さい)
「………………」
気が進まないが、無言で胸を触る。
あくまでも軽くタッチ。
すると、
「い。いけませんわ………!! ウルトス様ぁ」とリエラが大げさな様子を見せた。
「おぉ………!! 流石はウルトス様!!」
乱れる美人なメイドを見て、俄然上がる周囲。
ひそひそと、さらにリエラが耳打ちをしてくる。
(ウルトス様。では次は、私の胸をさらに激しく――)
「と、トイレに行ってくるッ!!!!!」
バアン!! と音がした。
俺が急いで扉を開け、リエラを連れて廊下に出た音である。
周りを見渡し、誰もいないことを確認する。
「………リエラさ」
「はい、なんでしょうか、ウルトス様」と首をかしげるメイド。
目の前のリエラは、不思議そうな顔をしている。
すごいなこのメイド、と俺は思わず感心しそうになった。
確かに、俺は頼んだよ。
頼んださ。
ここで遊ぶ貴族のバカ息子のふりをしなきゃいけないから、手伝ってくれ、と。
が、しかし、これはやりすぎである。
「えっ、でも、だいたい評判のよくない貴族の遊びって、こういう感じかと思っていたんですけど……」
リエラが首をひねりながら答える。
「いや、あのね………」
俺だって男だ。
女性の胸は嫌いじゃない。
が、だいたいこう言うのは、セクハラをされる側の女の子は嫌がるものだ。
どこの世界に、「私の胸をお触り下さい」と密かに指図してくるメイドがいるのか。
俺は指示されるままに胸を触るロボットか何かか???
とりあえず、俺は懇切丁寧にリエラに説明することにした。
「………と言うわけで、なるべく胸は揉まない方向でよろしく頼む。『あ~~ん』は好きなだけしていいから」
「なるほど、了解しました」
一応、リエラは納得してくれたみたいだ。
「よし。じゃあ、とりあえず部屋に戻ろうか」
「ウルトス様………」
真剣な目のリエラに呼び止められた。
「どうした?」
何か、あったのか。俺は身体を固くした。
「ウルトス様に触って頂いて――私……一生、身体を洗いません」
「………………」
頼むから風呂には入ってくれよ、と思ってしまった俺は悪くないと思う。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
そんな感じで、クズムーブを引き続き行う。
「平民はクズだ!」と言う話で盛り上がったり、「自分たちの家柄自慢」をしたり。
いや、最終的に、そのバカにしていた平民出身の主人公が、【空間】の域外魔法を発現させ、英雄になるんだから、世の中、分からない。
むしろ、主人公の取り巻きモブになりたい俺としては、今から主人公ジーク君の靴を舐めろ、と言われたら躊躇なく舐めるだろう。
貴族としてのプライド????
そんなもんはない。ないったらないのである。
そして、時たま、廊下に出るのも忘れない。
見張りの男たちに不審がられるが、構わない。
来るはずだ、と俺は思っていた。
きっと来る。
なぜなら、彼女は、これから来る彼女は、誰よりも正義感のある貴族だから。
――そうして、何時間か経ったころ、入口の方から声がした。
同年代くらいの少女の声と、男の声。どちらかと言うと、少女の声の方が怒っている。
「やっと来たか」
俺はリエラに合図をして、ゆっくりと入口の方へと行った。
入口を守るごろつきっぽい男が「何をっ………!!」と言うが、俺はそれを手で制す。
「揉め事だろう? 俺は、かのランドール公爵家の嫡男だ。俺が話を付けようじゃないか」
そう言って、外に出る。
外はもうすっかり暗くなっていた。
が、俺の目の前には、そんな暗闇の中でも、こちらをまっすぐ見据えてくる美少女がいた。
「ランドール・ウルトス………」
相手の方から声が漏れた。
「そういう貴様は??」
俺は白々しく聞き返した。
名前など、聞かなくても知っていた。
「イーリス・ヴェーベルン。ヴェーべルン男爵家の娘よ。あのランドール公爵家の跡継ぎともあろう人が、一体、こんな場所で何をしているの??」
――その眼は思わず、こちらが気圧されるほどの強さをまとっていた。
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