第20話 頼むから 大人しくしてくれ リエラさん
グレゴリオの目配せで扉が開き、その中へと入る。
そのまま豪勢な廊下を進む。
なんだか違法な雰囲気がぷんぷんする場所である。
雰囲気も良くない。見張りの人間もいるが、明らかに堅気の人間ではなさそうだ。
ところどころで、筋骨隆々の筋肉ダルマが「へっへっへ」と笑っている。
怖い。
さらに、歩いている途中でも、グレゴリオの弁舌は止まらない。
「世の中には、2種類の人間がいるんだ」
「………2種類ですか?」
「そう!! 選ばれし特別な人間と、そうでない人間。そして、君は明らかに前者だ。前者は、後者をどう扱ってもいいんだよ」
と、いたいけな子供に、ナチュラルに選民思想を植え付けてくるグレゴリオ市長。
まあ、要するに、グレゴリオ兄さんが案内してくれたここは、高位貴族の子息専用の遊び場で、グレゴリオ兄さんのお話にすっかり影響を受けた作中のクズトス少年は、「僕ちんは権力があって特別なんだ………!!!」と俄然、その気になってしまう。
控えめにいって、最低の市長である。
まあでも、たしかに、グレゴリオの弁舌はめちゃくちゃにうまかった。
――自分は特別なんだ。
確かに、高位の貴族の子弟は多かれ少なかれそんな特権を持っている。
そんな人間の意識をくすぐるかのような話っぷり。
そして。
なおも、「君は選ばれし者だ!」と演説してくるグレゴリオの横で歩きながら、正直、俺は緊張していた。
つまり、これまで俺は、クズ行為を回避しようとしてきたのに、今回はイベントを進めるために、あえて女性や遊びに溺れるクズな坊ちゃんを演じなければならないのである。
だからこそ、俺はリエラに、「好きなだけ『あ~ん』をしても構わない」と、前もって許可を出していた。
もちろん、かと言って、クズ坊ちゃんムーブをやりすぎれば、そのまま、『ざまあ&死亡』直行ルートなので、俺はヒロインのイーリスに嫌な印象を持たれつつ、
「あれ? こいつ、実はちょっといいやつなのでは??」という良い印象も与えたかった。
そう。
つまり、結論。
めちゃくちゃ面倒くさいことになっていた。
「――さあ、特別な君にふさわしい場所だ」
案内され、部屋の前に立つ。
扉の向こう側からは、談笑する声が聞こえた。おそらく、俺と同じような貴族のバカ息子のたまり場なのだろう。
つらい。
なぜ、キラキラのうるさい場所を逃れられたと思いきや、もっとえぐい遊び場に連れてこられなきゃいけないのか。
さっさと終わらせよう、と俺は思った。
このイベントをさっさと消化し、これからは真人間として生きていく。
曇りなき、360度どこから見ても恥ずかしくないモブに。
横を見れば、グレゴリオはかすかに笑っていた。
おそらく、グレゴリオはこちらを見下しているのだろう。
乗せられやすい、貴族のガキだ、と。
俺は今のところ、それに乗るしかない。
――リエラ、頼むぞ。
俺は後ろに控えるリエラに目配せをした。
この計画には、リエラの協力が必要不可欠だ。
「あ、あぁ。そこにいるメイドかい?? 気にしなくていい」
グレゴリオはどうやら、俺がリエラのことを気にしている、と考えたらしい。
「何か不利な噂があったら、僕も握りつぶしてあげるよ。ランドール公爵家の次期当主とリヨンの市長。僕らの力があれば、何も恐れることはない」
ニヤニヤとグレゴリオが語りかける。
そんなグレゴリオに、
「僕は特別………??」と俺は、最大限の演技をしながら答えた。
イメージとしては、グレゴリオの演説に感銘を受けた貴族のバカ息子、である。
「その通り……!! このメイドも、君の好きなようにできるんだよ」
囁くようにして、グレゴリオが手を広げた。
グレゴリオのテンションは絶頂だった。
まさしく、クライマックス。
グレゴリオはきっと俺を堕とせた、と思っているのだろう。
「………………」
が、俺はひたすら微妙な気分になっていた。
本来であれば、俺はここで感動して、作中のクズトスっぽく、
「僕ちんは特別なんだ………!!」とグレゴリオに心酔したような演技をするはずだった………。
だが、俺は目撃してしまったのである。
俺とグレゴリオが向き合うその後ろで、「このメイドも、君の好きなようにできるんだよ」と言う発言を聞いたリエラが、小さくガッツポーズを作っていたのを。
「…………あ、あぁ」
結局。
俺が、そちらに意識を取られたせいで、
「………そ、そっかぁ。僕は、特別だったんだなぁ~~」
と、なんだかすごい気が抜けた発言になってしまった。
………リエラよ。
俺は、結構まじめにやっているんだ。
こっちだって、最終的に"ざまあ"で死ぬのだけは避けたいのである。
だからさ。
頼むから、このシリアスな雰囲気で、ガッツポーズはよしてくれないかい???
周りは、敵だらけ。
しかも、ここに集められたのは上昇志向の強い、貴族の馬鹿息子ばかり。
そんな中、俺はなるべく原作通りにイベントを進めつつ、将来的な"ざまあ"につながらないよう、努力しなければならない。
そんな非常に高難易度な任務の中――
「………大丈夫かなこれ」
グレゴリオに聞こえない様につぶやく。
本来、唯一の味方で、一番心強いはずのメイドが、一番心配なんだが……。
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