第18話 張本人



 ――翌日の夜。


 俺は、ざわめくパーティー会場の中にいた。


 貴族の夜会。


 リヨンの街の中で、一番豪勢な屋敷で催されたそれは、まさに圧巻だった。

  

 両親が言っていたように、最近、リヨンでは貴族が集まる会議があったらしい。

 その会議自体は終わったのだが、暇を持て余した貴族たちが、この夜会に多く参加している。


 ぎらつくシャンデリアに、見るからに高級そうな設備の数々。


 この場いるだけで、モブから遠のく気がする。良くない、本当に良くない。




 そして、そんなただでさえ自分の主義と合わないパーティー会場で、さらに俺の気を重くさせる存在がいた。


 なぜなら――

 

「ランドール公爵。そろそろ、ご子息をご紹介して頂いても?」

「あぁ、こちらが私の倅です。ウルトス、こちらはリンドーア子爵で………」


「どうも、お初にお目にかかります」


 紹介されたので、そう言って、俺は恭しくリンドーア子爵にお辞儀をした。


 そう。

 さっきから、こういう貴族から送られるお世辞が凄いのである。


 リンドーア子爵も同じタイプの貴族だったようで、俺が挨拶するなり、


「おぉ……何たる立派な挨拶………!! さすがはランドール公爵家の1人息子、と言ったところでしょうなぁ~~!!」


 と、でかい声で割と無茶苦茶な褒め方をしてきた。


「………………」


 いや、嘘臭すぎる。挨拶が立派だからって……。

 俺は今すぐ出口に直行したくなった。


 しかし、リンドーア子爵は止まらない。


「これはもう、あれですな!! こんな賢そうなご子息がいたら、将来は安泰でしょうなあ!!!!」


 よく他人の家のガキの挨拶の仕方で、将来が安泰かどうかわかるものだ。


 まあでも、確かに今のところ、俺は目立たない様に両親の後ろにくっついているだけなので、挨拶くらいしか褒めようがないのかもしれない。


 そして。

 さらに、もっと言うと、こんな感じのがひっきりなしに続くのである。


 父親がランドール公爵という超ビッグネーム故か、とんでもない頻度で話しかけられている。


 作中でも、主人公のジーク君が貴族とのつながりを持つために、夜会に参加!!!


 という場面もあったのだが、いつもワンタップで終わらせていたので、こんなに大変だとは思ってもみなかった。


 やっぱ、ジーク君すごいな……。


 早く世界を救ってくれ。

 そしてついでに俺のことも、この目が痛くなりそうな会場から早く救ってほしい。



 すると、俺のげんなりとした様子を感じ取ったのか、

 

「ウルトス様……大丈夫ですか?」とリエラも小声で心配してきた。


「大丈夫だよ」

 

 実際、貴族同士の腹の探り合いに、うんざりとしていたのは本当だが、俺にはどうしてもここにいなければならない理由があった。


 おそらく、ゲームに事が動くのであれば、そろそろ相手の方から接触してくるはずだった。





 そうして。

 なんやかんやで紹介された人数が20人を超えたな、と思い始めたところで、ある声がした。


「いやいや、ようこそお越しくださいました。ランドール卿」


 声がした方を向くと、爽やかな風貌をした30代くらいの男がいた。


 これまでの貴族とは違い、それほどゴテゴテした服は着ていないが、どこか気品を感じられる男である。


 男が深々と礼をする。


 男が現れた瞬間、周囲の方から、ひそひそと静かな囁き声が聞こえてくる。


「あれが、グレゴリオと言う男か……」

「……かなりの切れ者らしい。噂に寄れば、ランドール公爵とも懇意にしている、とか」




 そんな男に、父、ドミニクが待っていたとばかりに近づいた。


「ああ、グレゴリオ!! 良かった良かった。主催者の君が見つからなくて困っていたんだよ」


 それから、男を俺に紹介する。


「ウルトス。こちらは、グレゴリオ――リヨンの市長だ。本当に仕事熱心で、リヨンが安定しているのは彼のおかげだ。最近では、魔物の大量発生のせいで、領地にいない私に代わって色々仕事もしてくれている」


「いやいや、こちらこそ会えて光栄ですよ、ウルトス様」


 初めまして、という男は爽やかに笑っていた。


「市長なんて呼ばれているが、私はもともと商家の出身でね。お父上には取り立ててもらった御恩があるのですよ」


 と、手を差し出してくるグレゴリオに、俺も


「初めまして」と挨拶を返した。


 いや。


 正確に言えば、「初めまして」ではない。

 俺はこの男を知っている。


 なぜなら、ゲーム内で何度か見た顔だからだ。

 


 ――グレゴリオ。


 まあ、クズトス本人も幼い頃から充分にクズになる素質が見え隠れしていたが、


 本編で、クズトスがあれほど家柄を鼻にかけ、ただの村人である主人公に嫌がらせをしまくる、というどうしようもないクズになるきっかけを作ってくれた張本人である。

 

 あと、彼はリヨンの市長だが、ぶっちゃけランドール家の弱体化をガッツリ狙っている。


 そして、我が父上と母上はそんなグレゴリオ君に全幅の信頼を置いている真っ最中、というわけである。


 リヨンの政治に口を出すだけじゃ飽き足らず、ランドール家にも口を出してくるなんて……。


 父上の説明にもあった通り、本当に仕事熱心で素晴らしい市長だ。

 感動で涙が出てくる。




 ――が、しかし。


 同時に俺は、やつを目の前にして、本当にすごい演技力だ、と感じずにはいられなかった。


 爽やかな笑顔に、立ち振舞い。


 クズトスを調子に乗らせ、作中でも主人公と敵対するような人物には到底思えない。

 

 もしや、あのエンリケと同等の演技力なのではないか?


 もはやエンリケのことを、「間違えて冒険者の道を選んでしまった俳優」くらいに考えていた俺は、


 思わず、目の前に現れたグレゴリオの演技力も、エンリケ基準で評価していた。



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